第5話

 二人が居なくなった病室はすごく静かで、心なしかライトが薄暗く感じた。冬なのに雨の日が多かった。その環境のせいか、私は一度だけ「死にたい」という言葉を口にした。

「夏凪…? どうしてそんなこと…」

 目に涙を浮かべたお母さんは、私の言葉に失望した様子だった。

「まだ、わからないじゃない。余命なんて当てにならないんだから」

 必死に励まそうとする言葉も、全部がお世辞のように、決まり文句のように聞こえた。

「また放射線治療も再開するし、きっと、」

「根拠ないこと言って期待させないでよ!」

 私は、そっと布団を掛けてくれたお母さんの手を振り払った。

「まなちゃんも、やーくんも、あんな元気だったのに…私もあぁなるんだって、そう思ったら…」

 怖くて仕方がなかった。死ぬのが怖かった。もういっそのこと死んでしまいたいくらい、いつ来るかわからない死を待ち続けるのが怖かった。その夜はお母さんの腕の中で大泣きした後、泣き疲れて寝てしまった。


 次の日目を覚ますと、目の前には目を腫らしたお母さんがいた。

「おはよう、夏凪」

 私が目をこすりながらゆっくりと起き上がると、お母さんは一冊の本を手渡した。

「夏凪には幸せでいてほしいからね。だから、わがままなんでも言いなさい。なんでも聞くから」

 お母さんから渡された本には『人生ノート』と書かれていた。四百ページもある分厚い本だけど、中は真っ白なページばかりで。一番最初のページにだけ文章が書かれていた。


『あなたの人生が一冊の本だとしたら

     最後の一行には何を書きますか』


「その本、今朝本屋で見つけたの。自由に使って。日記みたいにしてもいいし、やりたいことたくさん書いてもいい。残りの時間を最大限楽しめるように、もしよかったら使ってね」

 鼻声で話すお母さんの目が潤んだ。

「お母さんごめん…ごめんなさい」

 せっかく産んでくれたのに癌になってしまったことも、「死にたい」と言ってしまったことも、何もかもが申し訳なく感じた。

「謝らないで、夏凪が謝ることじゃないよ」

 お母さんは私の頬を優しい手でそっと撫でた。

「泣いてたら時間がもったいないね」

 そう言うお母さんもぼろぼろと涙をこぼしていた。

「お母さんだって泣いてるのに」

「そうね、だめな母親。もう泣くのはやめにしましょう」

「じゃあ、どっちがたくさん笑えるか勝負しよ」

 私は涙を拭うと、にっこりと笑った。小さい頃、寝付きが悪かった私は、よくお母さんと「どっちが早く寝られるか」という勝負をしていた。

「お母さんだって負けないぞ〜!」

 そう言ったお母さんもにっこりと笑った。

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