第7話 リリの殺気

 死を悟った俺は目を瞑り、両腕で顔を隠すようなポーズを取った。こんなんで防げるとは思っていないが、今の俺に出来る最大限の身の守り方だ。

「…………?」

 だが、いくら待てども『ストーンアロー』は飛んでこない。直前で逸れたか?

 恐る恐る目を開けると、『ストーンアロー』は俺の出した腕ギリギリで止まっていた。

「え?」

 どういう状況かまるでわからず、ぽかんとした顔で見ていたら、二つの『ストーンアロー』が俺の目の前で止まっている『ストーンアロー』と融合し、一つとなった『ストーンアロー』から今までとは比べ物にならない魔力を発している。オーラのようなものや、稲妻も見える。

 あ、『ストーンアロー』がゆっくりと回転を始めて、アホトカゲに照準を合わし───

「!!?」

 目にも止まらぬ速さでアホトカゲ目掛けて飛んでいき、そして……

「ふんっ……ぐぬぁー!」

 迎撃しようとしたアホトカゲの串を粉砕し、そのままアホトカゲの右腕を貫通した。

 アホトカゲは片膝をついて着地。右腕には三センチほどの穴が空いていて、そこから血が滴り落ちている。

「お、おい! 大丈夫かよ!?」

「ふ、ふん……我の心配など……この程度、

「は?」

 直後、アホトカゲの言ったように、血が止まり、傷が塞がり始めた。

「ど、どうなってんだ……?」

 直後、俺の頭の中にリリの声が響いて、アホトカゲの傷が治っていく理由を説明してくれた。

『アヴェムは超速再生があるのよ』

「超速再生?」

『そ。頭や心臓を吹き飛ばされない限り、アヴェムは医者要らずの身体なのよ』

「いや、吹き飛ばされても医者はいらないんじゃ……」

 それはつまり死を意味するから、死んだ後で医者がいてもどうにもならんからなぁ。

「ふん……細かいことを気にする小童じゃな」

 いつの間にか立ち上がったアホトカゲ。腕の傷は完治し、腕をぐるぐると回していた。

「……ん? お前、どうした?」

 確かにアホトカゲの傷は、もう何事もなかったかのように塞がっている。だけど、少しだけど汗をかいていて、肩もカタカタと震えているように見えた。

「な、なんでもないわ! ふん! 運動と超速再生を使ったことで腹が減った。なので我はまた屋台巡りに行く。ではな小童」

「お、おい! ……なんだよあいつ」

 アホトカゲはそのまま屋台がある方へと消えていった。


「……」

 アヴェムがアロンから遠ざかっている。これならもうあのトカゲがアロンになにかするようなことはないわね。

 そう思って意識をみんなとの会話に集中しようとしたところで、アヴェムの声が私の脳に直接届いた。思念通話ね。

 私は食事と、村の人たちとの会話を楽しみながら、アヴェムとの思念通話を始める。

『まったく……そなたにも困ったものだ』

『あれはあんたが悪いのよ。私の魔法をアロンにはね返そうとしたのがね』

『あれくらいではあの小童も死にはしないであろう』

 私の中にまた、黒い衝動が生まれてそれがだんだんと大きくなっている。

『……あの殺気には正直肝を冷やした』

 アヴェムがアロンから離れる前に震えていた理由……それは私がアヴェムにだけ殺気を放っていたから。

 私の魔法で村のみんなを……アロンを傷つけようとしているアホトカゲに、どうしても抑えが効かなかった。

『あんたがあんなことをしなければ、腹ごなしで終わってたのよ』

『誰もあんな殺気を放たれるなど思うまいて。この我を……神竜たるこの我を単騎で葬れる力を有しているそなたに睨まれては、離れるしかあるまいて』

 そう……このアヴェムは、こんなふざけたヤツだけど実は神竜。

 この世界でもっとも美しい場所と言われる聖地……エルベインで長い眠りについていて、魔王復活のおりにアヴェムも眠りから醒め、勇者が……レスターが来るのを待っていた。

 そして私たちの魔王討伐の旅の途中、エルベインに到着した私たちと同行するようになったんだけど……。

「……」

『む? どうかしたのかリリたん』

『……飛ばすわよ?』

『飛ばす? ……ぬおぉ!? ほ、本当にストーンアローを飛ばしてくるでない! しかもデカい!』

 アホトカゲを追尾していたストーンアローの反応が消えた。きっと撃ち落としたのね。

『はぁ、はぁ……毎度毎度、飛ばすなら飛ばすと事前に言ってほしいものだ』

『今回は言ったじゃない』

『あれは言ったうちに入らんぞ! 『殴る』と言う前に殴るのと一緒じゃて!』

『あんたと出会った頃のことを思い出してちょっとムカムカしていたのよ』


 このアホトカゲは、私を見た瞬間に、あの大きな竜の形態で私の名前を聞いてきたと思ったらすぐに顔を近づけてきて、『リリ……なんと可憐で美しい名前じゃ!』と言ってきた。

 まさか神竜がそんなことを言ってくるとは思ってもみなくて、私やレスター、他の仲間たちもポカンとしていた。

 だって神竜よ? もっと荘厳で神々しい感じをイメージしたのに、それは見た目だけで、中身は俗世にまみれたヤツだった。

 そういうのってもっとこう……仲間になってしばらくしてから打ち明けるものだと思ってたのだけど、こいつは初めて言葉を交わしてからものの数秒で内なる自分を解き放っていた。

 呆気にとられながらも私はアヴェムに名前を告げると、『リリ……リリか。い名だ! だとすると……リリたんじゃな!』と、いきなり私にあだ名をつけたことで、さらに私たちはポカンとしてしまった。

 調子に乗って『リリたんリリたん』と連呼されたことにキレた私は、アヴェムの鼻先に火をつけた。

 そしたら『熱い熱い!』とのたうち回り、それで自分の眠っていたあの聖域を半壊させてしてしまった。

 確かにあの時はキレていたけど、力は加減していた。

 相手は神竜だし、こんなの絶対に効かないと思ったんだけど……。

 その時から思ったの。

『こいつはアホだ』と。


『そなたと出会った頃か。あれは良き出会いであった』

『あんたが変なことを言わなければね』

『ひどいのぉ。共に魔王を倒した仲ではないか。色々な話を聞かせてくれたではないか』

『そうね。その時にアヴェムにも話したじゃない。私がこの魔王討伐の旅に出ると決めた理由を』

『……うむ。ひとつは自分に課せられた使命を果たすためであったな』

『ええ……』

 力に目覚め、遠いご先祖さまの記憶が私の中に流れてきた時は、どうして私がって思ったことも一度や二度じゃなかった。

 でも目覚めた魔王は徐々に力を取り戻し、この世界を蹂躙し尽くすことをご先祖さまの記憶から、そしてレスターからも言われた。

 旅に出るかはもちろん悩んだ。

 でも決意するまでほとんど時間はかからなかった。

『そなたが旅に出たもうひとつの理由……それは───』

「やあ、リリ」

 突然後ろから声をかけられ、村の人たちとの会話も、アヴェムとの思念通話も一度ストップする。

 振り返ると、そこにはレスターが立っていた。

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