第5話 アホトカゲと勇者レスター

「…………なんて?」

 このドラゴン、今なんて言った? 俺の聞き間違いか?

「だから、リリたんという存在に───」

「ごめんもう一回」

 嘘だろ? こんなドラゴンが、リリに妙ちきりんな敬称をつけてやがるぞ!?

「ぬぅ……じじいの如き耳の遠き小童だのう。よかろう! 貴様にもリリたんの素晴らしさを教えてやるからその耳をよくかっぽじって聞くが───」

 あれ? なんだか急にこの辺りの温度が上がったような……いや上がったどころの話じゃねぇ! なんだこの灼熱のような暑さは!?

「!!?」

 ど、ドラゴンが立っている周りの草むらが、いつの間にか赤くなってる!

 いや、それだけじゃない! このドロドロは……まさかマグマ!?

「……」

 リリの足下に、真っ赤な魔法陣が……まさか、これをリリが!?

「『インフェルノ・サークル』……この、アホトカゲ!」

「ま、待てリリたん! は、話せばわかあっつ!!」

「おいリリ! このドラゴンはいいとして、こんな場所でマグマなんか発生させたら……!」

 ここら一帯……村も全部焼け野原……灰塵と化すぞ!

「なんだと小童! 貴様、早くリリたんを止めぬか!」

「ちょっと黙ってろよアホトカゲ!」

 お前に構ってる暇はないぞ!

「私、さんざん言ったわよね? 変な呼び方をしないでって!」

「!?」

 リリの手を伸ばした場所が……歪んだ!? 手首までがその歪んだ場所に消えている! 何がどうなってんのかさっぱりだ。

「ふっ!」

 あ、リリの手首が出てき……いや、手首だけじゃなく、なんか長い杖まで出てきた!

「そ、それは……しんじょうヴェルフェニカ!? ちょ、リリたん!?」

 神杖ヴェルフェニカと呼ばれたその杖は、リリと同じくらいの長さがある杖で、持ち手の部分は木で出来ていて、先端にはデカい赤の宝石……その周りには鳥の翼のような金属の模様がある。

 魔法のことは全くわからない俺でも、あの杖はすげーっていうのはわかる。

「ふっ……甘いぞリリたん! そんな攻撃、飛んでしまえばどうということは───」

「上を見なさい、アホトカゲ」

「上? ……おおぉぉ!!?」

「な、いつの間に!?」

 俺はリリの杖に見入っていたんだけど、リリが『上を見ろ』っていうから俺も見たら……上空になんかバカでかい火の玉が無数にあった。

「『メテオ・レクイエム』。逃がさないわよアホトカゲ」

「ち、ちょっと待たぬかリリたん! 我だけでなく、我のまで葬るつもりか!?」

 え!? あのドラゴンの背中にまだ人が乗ってるのか!?

 あんなの、人がくらって生きてられるはずがない……!

「おいリリ! 止めないと巻き添えが───」

「大丈夫よアロン、アホトカゲ。ちゃんとあんたにだけ当てるようにするから」

「いや、お前……」

 そういう問題か?

「それに、ならこの程度、さばくのは簡単でしょ」

 彼? 彼って言った!?

 もしかして、あのトカゲの背中に乗ってるのって───

 と、ここでリリが杖を天にかざした。

「さあいくわよ! 覚悟しなさい!」

 その言葉と共に、ヴェルフェニカの先端の宝石が輝き出した。いよいよあの『メテオなんちゃら』をトカゲに向けてぶっぱなすつもりだ。

「ぬ……ぬおおぉぉぉぉぉ!」

 これは逃げ切れないと悟ったのか、トカゲは未だに残っている『インフェルノなんとか』の影響を受けていない地面に着地、そして両手と頭を地面に擦り付けた。

「わ、悪かったリリた……いや、リリ様! 我が悪かったからこのとおり許してくれ!」

「……」

 ドラゴン、まさかの土下座で許しを乞う。

 本で読んだことのあるドラゴンって、もっと気高くてかっこいいイメージだったのに、こいつはそれとめちゃくちゃかけ離れてるな。

 自分がまいた種とはいえ、恥も外聞もなく人間に土下座をするとは……。

「わかればいいのよわかれば」

 リリはヴェルフェニカを降ろした。それと同時に、発動していた魔法もスゥ……っと姿を消した。『インフェルノなんとか』の痕跡もない。

 あれ? ヴェルフェニカもない! リリが持っていたのに……どこに行ったんだ?

「やれやれ、相変わらず適わんな。あれだけの魔法を無詠唱で連続して放つなど……」

「え? 魔法って詠唱がいるのか?」

「……無知な小童め」

「なんだとこのトカゲ野郎!」

 こいつ、いちいち俺に突っかかってくるようになりやがって……!

「トカゲではない! 我はドラゴンだ! それもただのドラゴンではなく───」

「まあまあ、ここで口喧嘩しても不毛なだけだし、そろそろ村に入ろう。アヴェム」

 どこかから男の声が聞こえてきた。

 この声は……聞いたことがある。それも三年前。

 ということは……!

 俺が声の主が誰なのか確信を持つとほぼ同時に、さっきリリが現れた時の青い魔法陣が現れ、再度強い光が辺りを包む。

 そして光が消えると、魔法陣があった場所には……頭頂部を手で抑えている一人の男が立っていた。

 風になびく金色の髪。

 切れ長の目、高い鼻、端正な顔立ち。

 間違いない。こいつは勇者……勇者レスターだ。

 それにしても、服は……なんか軽装だな。青と白を基調とした服を着ている。

 腰に携えている剣は……なんかすげー。金色の鍔は、羽みたいになっている。

 あれで魔王を討ち取ったのか? 刀身も見てみたいぜ。

 それにしても、なんで頭なんか抑えてんだ? ハゲてもいないだろうに……。

「レスター。え、頭どうしたの?」

 俺の疑問をリリが聞いてくれた。

「いやぁ、アヴェムが土下座のために急降下した時に、結界に頭をぶつけちゃってね」

 ああ、あの時のか。

 さすがの勇者様もあれには反応しきれなかったみたいだな。本当に一瞬でリリにひれ伏してたからな。

「ちょっと、大丈夫!?」

「ああ、大丈夫。すぐ治ると思うから回復魔法をかけるまでもないよ」

 勇者とリリの自然なやり取りを見て、ちょっと胸の奥がチクリと痛んだ。

 三年間一緒に苦楽を共にしていたから、あれが普通なんだろうけど……。ちょっと、見るの嫌だな。

「三年ぶりだね。久しぶり……アロン」

「……え?」

 俺が下を向いている間に、勇者がいつの間にか俺のそばにやってきて挨拶をしていた。

 俺が気を取られていたからなのか、足音が聞こえなかった。

「な、なんで、俺の名前……」

「三年前、リリがここを立つ時に最後にリリを呼んでいただろ? それで君のことは覚えていたんだよ」

 そう言って勇者はにこりと笑った。

 腹も立たない完璧な容姿に、三年前の、勇者にとったらあんな些細な出来事を覚えている記憶力、そして魔王を討伐した強さ……どれをとってもモテる要素しか兼ね備えていない、この世界の英雄。

「そ、そうなんだ……」

 リリは、こいつが好きなのか……?

「おいレスター。早く村に入ろうぞ。我は少々疲れた」

 横からアホトカゲの声が聞こえてきた。人が悩んでいるのに、間の抜けた声で言いやがって。

 ちょっと文句言ってやるか……。

「ん!?」


 声がした方を向いたんだが、アホトカゲの姿はなく、そこにいたのは長い白髪を風になびかせている長身のイケメンだった。


「誰だお前!!」

「何を言っておるか小童。我はアヴェムだ」

「いや、お前……ドラゴンじゃ……?」

「人間の里に入る際は人型になるわ。それにあの姿では魔力の消費も激しいのでな。おかげで腹が減ったから小童、村を案内してくれ」

 言うだけ言ってアホトカゲは村へ歩いて行った。

 ……なんかあいつ不機嫌じゃなかったか?

「ま、待ちなよアヴェム! ご、ごめんよアロン。根はいい奴だから!」

「あぁ……いや」

 勇者もアホトカゲを追いかけて行ってしまった。

「アロン」

 俺が小さくなるアホトカゲと勇者の背中を見ていると、後ろからリリの俺を呼ぶ声が聞こえた。

 それと同時に、少し強い風がふく。

 さっき久しぶりに口喧嘩をした声音とも、怒ってアホトカゲに魔法を打ち込もうとしていた声音でもない……とても、優しい声音だ。

 俺がリリのほとんど聞いたことがない優しい声音にドキドキしながら後ろを向き、リリを見ると、リリは俺に満面の笑みを見せて、こう言った。


「ただいま、アロン!」


「っ!」

 リリの綺麗な紅蓮の髪が、そして服が風に揺れる。

 リリの……三年ぶりに帰ってきた好きな女の、大人になった笑顔を見て、俺の心臓はドクンと高鳴る。

 そして、つられて……かはわからないが、俺もさっきまでリリやアホトカゲと言い合っていた毒気が抜けた気がして、気づけば笑顔になっていた。

「おかえり……リリ」


 村の入口で警戒していた大人たちは、勇者とリリの姿を見ると一斉に飛び出し、大いに喜びあった。

 リリは母親のサフィさんと強く抱きしめ合い、父親のカーグさんはそんな二人を抱きしめていた。

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