第14話 迫り来る脅威
夜明け前の薄暗い空が徐々に明るみを帯びてきた頃、斉藤と高村は大学の研究施設に急行していた。彼らの車は静かなキャンパスの中を抜け、まだ人影のない道を滑るように進んでいく。遠くに見える研究棟のシルエットが、朝焼けの光に照らされ始めると、二人は無言のままその建物を見据えた。
「教授、山本教授が最後に残したものがこの中に…」高村は言葉を切り、深く息を吸い込んだ。「本当に守りきれるのでしょうか?」
斉藤はハンドルを握りしめたまま、目を細めて前方を見つめた。「それを守るためにここに来た。彼らに先手を打たれるわけにはいかない。」
車を駐車場に停め、二人は研究棟の入り口に向かって足早に歩き始めた。斉藤は内心、ここで全てを終わらせる覚悟を決めていた。山本教授が命をかけて守ろうとした研究成果を、彼の意志に反して悪用させるわけにはいかない。
「高村君、まずは施設内の警備を確認しよう。」斉藤は静かに指示を出しながら、無線機で施設内の警備に連絡を取った。しかし、応答がない。嫌な予感が胸をよぎる。
「応答がない…」高村が無線機を手にして再度呼びかけるが、やはり何の反応もなかった。「教授、これは…」
「彼らがすでに動いているかもしれない。」斉藤は冷静さを保ちながらも、警戒心を強めた。「時間がない。急ぐぞ。」
二人は研究棟の扉を慎重に開け、中へと足を踏み入れた。薄暗い廊下は静まり返っており、人の気配は感じられない。だが、その静寂がかえって異様な緊張感を漂わせていた。
「研究室は2階の奥にあるはずです。」斉藤は記憶を頼りに、施設のレイアウトを思い浮かべながら進んだ。「山本教授が最後に研究を行っていた場所だ。」
高村は銃を手にし、斉藤の後に続いた。廊下を進むたびに、足音が不気味に響き渡る。ふと、二人は遠くの階段の上から微かな物音が聞こえるのに気づいた。金属が擦れるような音だ。
「誰かいる…」高村は囁くように言い、階段を指差した。
「慎重に行こう。」斉藤は静かに頷き、二人は音のする方へと向かった。階段を上りながら、彼らは音が徐々に大きくなっていくのを感じた。そして、2階に到着すると、廊下の先にある研究室のドアが半開きになっているのが見えた。
「待ってくれ。」斉藤は高村の腕を掴み、静かに耳を澄ました。中から低い声で何かが話されている。二人はさらに慎重に足を進め、ドアの隙間から中を覗き込んだ。
そこには、予想通り三宅と北川が立っていた。彼らは山本教授の研究ノートを手にしながら、何かを議論しているようだった。高村はすぐに突入しようと身構えたが、斉藤は彼を制止した。
「まだだ。彼らの計画を聞き出す必要がある。」斉藤は声を潜め、二人の会話に耳を傾けた。
「これで全てが揃った。」三宅は満足げに言った。「山本が残したサンプルは、この研究室の奥の金庫に保管されている。これさえ手に入れれば、我々の計画は完璧だ。」
「だが、時間がない。」北川は焦りを隠さずに言った。「斉藤がここに来る前に、全てを片付けなければならない。奴がこれに気づけば、全てが水の泡だ。」
「奴が来る前に片付けるつもりだったが、遅かったようだな。」斉藤はその瞬間、研究室のドアを押し開け、堂々と二人の前に姿を現した。高村も銃を構え、すぐに続いた。
「斉藤…!」三宅は驚愕の表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻した。「ここまで来たか。しかし、もう遅い。」
「全てが遅すぎたのは君たちだ、三宅。」斉藤は鋭い目つきで三宅と北川を見据えた。「山本教授が守ろうとしたものを、君たちが手に入れることはない。」
「そう思うか?」北川は冷笑を浮かべながら、懐から何かを取り出した。それは、小型のリモコンのような装置だった。「これを見ろ、斉藤。今、全てを吹き飛ばすことだってできるんだ。」
「何だと…?」高村がそのリモコンに目をやり、動揺を隠せなかった。
「この施設全体が爆薬で囲まれている。」北川は冷酷な声で説明した。「私たちが手に入れられないのなら、全てを消し去るだけのこと。君たちが引き下がるなら、この装置を止めてやってもいいが、どうする?」
斉藤はその言葉を聞き、冷静に状況を判断した。彼らが本気で施設を爆破する意図があるのか、それとも単なる脅しなのかを見極めなければならない。しかし、そのどちらであれ、彼らをここで止めるしかない。
「君たちは山本教授の研究を破壊することで、何を得るつもりなんだ?」斉藤はゆっくりと、しかし威圧的に言葉を紡いだ。「その化合物が世界に何をもたらすのかを、本当に理解しているのか?」
「理解しているさ。」北川は短く答えた。「それが持つ可能性も、そして危険性も。だが、これを手にした者が世界を支配することになる。私たちがその力を得ることを阻もうとする者には、死をもたらすだけだ。」
「それが、君たちの選んだ道か。」斉藤は一瞬の間を置いてから、鋭い目つきで北川を睨みつけた。「ならば、私はそれを止める。」
その言葉と同時に、斉藤は北川に向かって一歩前に出た。北川がリモコンを操作しようとした瞬間、高村が素早く反応し、彼の手元に狙いを定めて銃を撃った。リモコンは北川の手から吹き飛び、床に転がった。
「何を…!」北川が驚いて叫び声を上げたが、その時には斉藤が彼に飛びかかり、彼を押さえつけていた。高村も三宅に向かって突進し、彼を取り押さえた。
「これで終わりだ。」斉藤は北川の手をねじり上げながら冷たく言った。「君たちの計画は、ここで幕を下ろす。」
高村は三宅を完全に制圧し、無線で増援を呼んだ。施設の外からはサイレンの音が聞こえ始め、警察の車両が次々と到着しているのがわかった。
「お前たちに…何がわかる!」北川は地面に押さえつけられたまま、最後の抵抗を見せようと叫んだ。「世界はこんなにも残酷なんだぞ!力を持たなければ、何も守れやしないんだ!」
斉藤はその言葉に一瞬の同情を感じたが、すぐにそれを振り払った。「君が選んだのは、破壊の道だ。だが、山本教授が守ろうとしたのは、命と科学の未来だ。それを忘れてはならない。」
やがて警察が研究室に突入し、北川と三宅は完全に拘束された。斉藤と高村は、彼らが何を守ろうとしていたのか、そして何を失おうとしていたのかを静かに見守っていた。
「終わったな、教授…」高村は深い息を吐きながら言った。
「いや、まだだ。」斉藤は冷静に答えた。「山本教授が残したサンプルを無事に回収し、それを正しい手に渡すまでは終わらない。」
斉藤は研究室の奥にある金庫に向かい、その中に保管されているサンプルを確認した。彼は慎重にそれを取り出し、丁寧に封を施した。
「これが、山本教授が守りたかったものだ。」斉藤はそのサンプルを手に取り、静かに言った。「そして、彼が命を懸けて守ろうとした未来だ。」
研究室の外で、夜明けの光が差し込む中、斉藤と高村は全てを終わらせる決意を新たにした。真実は明らかにされたが、その代償はあまりにも大きかった。しかし、彼らは山本教授の意志を受け継ぎ、未来のために進むべき道を歩み始めた。
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