第11話 瀬川の告白
冷たい夜風が吹きすさぶ中、斉藤は静かにコーヒーの湯気を見つめていた。瀬川 昇の訪問から数時間が経過したが、彼の話した内容は斉藤の心を掴んで離さなかった。山本教授が抱えていた恐怖、そして瀬川がそれを知りながらも止められなかった無力感――その全てが、今、斉藤の胸中で渦巻いていた。
「斉藤教授…少しお話ししてもよろしいでしょうか?」瀬川が口を開いた。
二人は、斉藤の研究室の一角にある小さなソファに腰を下ろしていた。瀬川の顔には深い疲労と共に、どこか決意を感じさせる表情が浮かんでいる。
「どうぞ。」斉藤は静かに応じた。
「山本教授と私が最後に話したのは、彼がこの発見に気づいた直後でした。」瀬川は深く息をつき、過去を振り返るように話し始めた。「彼は、最初はこの化合物が医療に革命をもたらすものだと信じていました。しかし、その特性に気づいた時、彼は全てを封印する決意を固めたんです。」
「封印…」斉藤はその言葉を反芻した。「それはどういう意味ですか?」
「山本教授は、この化合物が持つ危険性に気づき、それを誰にも渡さないようにしようとしたのです。特に、三宅部長や北川がこの発見に目を付けた時、教授は完全に孤立してしまいました。」瀬川は目を伏せ、続けた。「彼は私に何度も言いました。『これは、人の手に渡ってはならないものだ』と。」
「それで、あなたはどうしたのですか?」斉藤は瀬川の目を見つめながら尋ねた。
「私は…何もできなかった。」瀬川は言葉を絞り出した。「彼の説得を試みましたが、彼は私をも信用しなくなっていたんです。最後に彼が私に告げた言葉は、『もし私が消えても、この研究を絶対に世に出すな』というものでした。」
斉藤はその言葉を聞き、山本教授が抱えていた深い孤独と恐怖を感じ取った。彼は一人でその重荷を背負い続け、最終的には命を奪われることになったのだ。
「瀬川さん…それでも、あなたは山本教授の友人として、何かできたはずです。」斉藤は静かに語りかけた。
「そうだ、私は…」瀬川は悔しそうに拳を握りしめた。「彼を救うために、あらゆる手を尽くすべきだった。でも、私は恐れていたんです。もし、彼が間違っていたらと…」
「恐れていた?」斉藤は眉をひそめた。
「もし、彼の発見が世に出れば、それは確かに大きな危険をもたらすかもしれない。しかし、逆にそれを封印することで、我々が得るはずだった知識や進歩が失われることもある。」瀬川は迷いの表情を浮かべた。「私は、その二つの間で揺れ動いていました。そして、結局、何も決断できなかった…」
「その結果、山本教授は命を落とし、あなたはその責任を背負い続けているのですね。」斉藤は静かに結論を述べた。
瀬川は深く頷き、続けた。「だからこそ、私はこの真実を暴き出し、彼が何を恐れ、何を守ろうとしたのかを明らかにしたいのです。私にはその義務がある。」
斉藤は瀬川の決意を受け止め、その言葉に力強い信念を感じた。「瀬川さん、あなたが背負っている重荷は軽いものではない。しかし、真実を明らかにすることで、山本教授の死が無駄にならないようにすることができるかもしれません。」
「ありがとうございます、斉藤教授。」瀬川は深く頭を下げた。「私は、全てを話します。山本教授の研究について、そして彼が最後に残した言葉について。」
斉藤は静かに頷き、瀬川の言葉に耳を傾けた。それは、山本教授が最期に何を思い、何を恐れていたのかを解き明かすための重要な鍵となるはずだった。
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