第6話 山本教授の過去と対立

斉藤と高村は、都内の一等地にそびえ立つ製薬会社のビルに到着した。周囲の喧騒とは一線を画すかのように、ビルの前には静かな雰囲気が漂っている。巨大なガラスの扉を押し開け、二人は受付へと向かった。天井の高いロビーには、どこか無機質な冷たさが感じられ、まるで訪問者を拒絶するかのような威圧感が漂っていた。


「三宅部長にお会いしたい。」高村が静かに受付に告げた。


受付の女性は、無表情でパソコンに入力を行いながら、しばらくの間何も言わなかった。やがて、軽く頷いてインカムで何かを伝えた後、二人に向き直った。「三宅部長は会議中ですが、すぐにお時間を作るように伝えます。こちらで少々お待ちください。」


斉藤は、何も言わずにロビーの一角にある椅子に腰を下ろした。高村もその隣に座り、無言で受付の様子を見つめていた。時折、社員たちがビル内を行き交うのが見えたが、彼らの動きはすべて規則的で、感情が感じられない。まるで、全員が機械の一部となっているかのような印象を受けた。


数分後、三宅 一樹が現れた。彼は堂々とした足取りで二人の前に立ち、軽く頭を下げた。その表情には、どこか冷ややかな笑みが浮かんでいるが、その奥に隠された本心は見えない。


「斉藤教授、そして高村刑事、お二人が私にお会いするとは珍しいですね。」三宅は落ち着いた声で言った。「お話を伺いましょう。」


「少しお時間を頂きたい。」斉藤は無駄のない口調で言った。


三宅は頷き、手で示しながらエレベーターへと二人を誘導した。エレベーターの中は、鏡張りで内部が広く感じられたが、その無機質な空間がかえって緊張感を高めた。誰も言葉を発することなく、エレベーターは静かに上昇していった。


三宅のオフィスは、ビルの高層階に位置していた。部屋の壁一面には、業績を示すグラフや新薬の宣伝ポスターが飾られている。机の上は整理整頓され、必要な書類以外は一切置かれていない。そこには、彼の完璧主義と冷徹さが如実に表れていた。


三宅はデスクの後ろに座り、斉藤と高村に向き直った。「それで、お二人は何のご用でしょうか?お忙しいでしょうに。」


斉藤は、三宅の表情をじっと見つめた。その瞳には、すべてを見透かすかのような鋭さが宿っている。「山本教授の件について、お伺いしたい。」


三宅は軽く眉をひそめたが、すぐに冷静な表情に戻った。「山本教授…残念なことでしたね。彼とは長い付き合いでした。大学時代からの仲間であり、共に多くの研究をしてきました。あのような形で亡くなったのは、本当に残念です。」


「残念とは、どういう意味ですか?」高村が食い下がった。


「彼は非常に優秀な研究者でした。私たちの研究分野において、彼の貢献は計り知れません。だからこそ、彼が自ら命を絶つなんてことが信じられませんでしたよ。」三宅は、まるで悲しんでいるかのような口調で言ったが、その目は冷たかった。


斉藤は、その言葉を静かに受け止めたが、すぐに切り返した。「三宅さん、山本教授との間に何かトラブルはなかったのでしょうか?」


三宅は一瞬だけ視線を外したが、すぐに斉藤を見返した。「トラブルですか?いいえ、特に思い当たることはありません。もちろん、研究者同士の意見の食い違いはありましたが、それはどこにでもあることでしょう。我々は共に高みを目指していたのです。」


「しかし、最近の研究では意見の対立が激化していたと聞いています。」斉藤はさらに追及する。


「それは、どのような情報ですか?」三宅は笑みを浮かべたが、その笑みにはどこか挑戦的な色が感じられた。「教授との間に、確かにいくつかの意見の相違がありましたが、それが彼の死とどう関係するのか?」


「例えば、教授が関わっていたあるプロジェクトについて。製薬会社の新薬開発に関連していたことはないでしょうか?」斉藤は間髪を入れずに問いかけた。


三宅の表情が一瞬だけ変わった。それは、抑えきれない動揺が現れた瞬間だった。しかし、すぐに彼は冷静さを取り戻し、慎重に言葉を選んだ。「新薬開発に関しては、多くのプロジェクトがあります。山本教授もいくつかのプロジェクトに関わっていましたが、それが彼の死にどう関係するのか、私にはわかりません。」


「その新薬に関して、何らかの倫理的な問題があったのではないでしょうか?」斉藤は三宅の目を見据えたまま言葉を続けた。「山本教授がその事実を知り、反対したことで、何かが起こった…その可能性は?」


三宅は、しばらくの間、斉藤の目を見つめ返した。その間、彼の目の中には様々な感情が交錯しているようだった。恐れ、怒り、そして何かを隠そうとする焦り。しかし、最終的に彼は冷静さを保ち、深呼吸をして口を開いた。


「斉藤教授、もし山本教授の死について何か疑念をお持ちなら、正当に調査していただいて結構です。私はやましいことは何もしていません。私たちの会社は、すべてのプロジェクトにおいて、倫理と法を遵守しています。」その声には、冷たい決意が込められていた。


斉藤は、三宅の言葉を聞きながら、心の中で仮説を組み立て直した。三宅が何かを隠していることは明らかだ。しかし、それを暴くにはさらなる証拠が必要だ。斉藤は立ち上がり、短く言った。「引き続き、調査を進めさせてもらいます。お忙しいところ、ありがとうございました。」


高村も立ち上がり、無言で三宅に一礼した。二人は三宅のオフィスを後にし、再びエレベーターに乗り込んだ。エレベーターが静かに下降を始める中、斉藤は黙ったまま考え込んでいた。


「教授、彼は何かを隠しているようでしたね。」高村が静かに言った。


「そうだ。しかし、彼を追い詰めるにはまだ手がかりが足りない。もっと深く掘り下げる必要がある。」斉藤は、エレベーターのドアが開くのを待ちながら、そう答えた。その声には、決して揺るがない決意が込められていた。


「次はどうしますか?」高村が問いかけた。


「山本教授の残したノートを再度調べる。そして、彼が最後に接触していた人物についても洗い直す必要がある。真相は必ず見つかるはずだ。」斉藤はそう言い残し、エレベーターの外へと歩みを進めた。


外の冷たい空気が二人を包み込む。斉藤は遠くを見つめながら、次なる行動を心に決めた。科学が真実を明らかにするまで、決してこの道を諦めない。そう固く誓いながら、斉藤と高村は次の手がかりを求めて、再び動き始めた。

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