第5話 科学的分析と新たな発見
斉藤 学が信頼する専門家の一人である篠田 修二は、都内でも有数の精密機器解析のエキスパートだった。彼の研究所は、郊外の閑静な場所にあり、最新の分析装置が整然と並んでいる。研究所の入口には、無機質な銀色のプレートに「篠田精密解析研究所」の文字が刻まれており、その冷たい光沢が、朝の陽光に反射していた。
斉藤と高村が到着した時、篠田はすでに作業に取りかかっていた。彼の背中は研究所の中央に置かれた巨大な解析装置に向けられ、モニターには複雑なデータの羅列が表示されている。篠田は深く眉間に皺を寄せ、何かを真剣に考え込んでいる様子だった。
「おはようございます、篠田さん。」斉藤が静かに声をかけた。
篠田は一瞬だけこちらを振り返り、軽く頷いた。「おはようございます、斉藤先生。お待ちしていました。高村刑事も。」
高村は軽く頭を下げ、研究所の無機質な空気に飲み込まれそうな感覚を覚えた。篠田の研究所は、最新鋭の機器が揃っているにも関わらず、どこか冷え切った印象を受けた。それは、斉藤が長年付き合っている篠田の性格を反映しているかのようだった。篠田は、人間よりも機械と対話することに慣れているような人物だった。
「どうですか、解析の方は?」斉藤が篠田の側に歩み寄り、モニターに目を向けた。
篠田は深い溜息をつき、手に持っていたタブレットを斉藤に渡した。「この装置、普通のデータ解析器じゃありません。内部に組み込まれた回路が異常です。通常の用途に加えて、特定の条件下で何かが作動するように設計されています。しかも、その作動によって発生するのは…」
篠田は一瞬言葉を切り、高村の方をちらりと見た。まるで、この事実がどれほど重大であるかを示すかのように。
「発生するのは、化学物質です。通常の操作では起動しない仕掛けがあり、特定の周波数や条件が揃った時にだけ、それが放出されるようになっています。」
「化学物質?」高村は驚きの声を上げた。「それが原因で山本教授は…?」
斉藤は冷静に頷いた。「その可能性が高い。篠田さん、その化学物質の特定はできていますか?」
篠田は再びモニターに視線を戻し、データを操作しながら答えた。「恐らく、これは特定の神経毒です。通常は人体に無害ですが、一定量が急激に体内に取り込まれると、呼吸困難を引き起こし、最終的には心停止に至ります。この装置の作動が、まさにその引き金となったのでしょう。」
斉藤はその説明を聞きながら、頭の中で山本教授が装置を使用した時の状況を思い浮かべた。教授は何も知らずにこの装置を操作し、その結果として命を奪われた。自殺ではなく、誰かの手による暗殺――その可能性が一気に高まった。
「篠田さん、この装置を改造した形跡はありますか?」斉藤はさらに踏み込んだ質問を投げかけた。
「ええ、明らかに改造されています。」篠田は淡々と答えた。「この仕掛けを施したのは、高度な知識を持った人物です。しかも、この回路は通常市販されている部品ではなく、特注品です。おそらく、特定の企業や組織が関与している可能性があります。」
高村は斉藤の方を見た。「つまり、これは計画的な犯行だということですね。山本教授は、この装置を利用して誰かに命を狙われた…」
斉藤は静かに頷いた。「そうだ。そしてその誰かが、この化学物質を使って教授を暗殺しようとした。山本教授がこの装置を操作した瞬間、すべてが計算通りに進んだ。今までの仮説が一つ一つ繋がり始めたな。」
篠田はモニターから目を離し、斉藤に向き直った。「装置に残されたデータから、この毒が放出された正確なタイミングがわかります。教授が亡くなる直前に、誰かがこの装置を遠隔操作していた可能性もあります。その痕跡が残されているかもしれません。」
斉藤は篠田の言葉に耳を傾けながら、再び頭の中でピースを組み立て始めた。すべてが一つの点に向かって収束し始めている。しかし、その点の先にあるものが何かは、まだ見えてこない。
「篠田さん、引き続きそのデータの解析をお願いします。」斉藤は指示を出しながら、すぐに行動に移ろうと決意を固めた。「この事件の全貌が明らかになるまで、気を抜くことはできません。高村君、今すぐに製薬会社の三宅に会いに行く必要があります。彼がこの件にどこまで関与しているのか、直接問いただす必要がある。」
高村は頷き、すぐに斉藤と共に研究所を後にした。車に乗り込むと、斉藤は静かにエンジンをかけた。その顔には、これまで以上に冷徹な決意が宿っていた。山本教授の死の背後にある真実が、少しずつ明らかになりつつある。しかし、その真実がどれほどの犠牲を伴うものなのか、まだ誰も知る由がなかった。
車が静かに発進し、都心へと向かっていく。その道中、斉藤は遠くを見つめるように前方を見据えていた。科学の力で明らかになる真実は、時に残酷で、そして不可逆的なものだ。だが、それでも斉藤はその道を進むことを選んだ。
製薬会社のビルが近づくにつれ、斉藤の胸の中で、新たな謎への挑戦が静かに燃え始めていた。
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