第4話 真実への糸口

大学のキャンパスはすっかり朝日で満たされ、日常の活気を取り戻しつつあった。学生たちが講義へ向かう姿や、研究室にこもる教授たちの影が、あちらこちらに見え隠れする。だが、その日常の裏側で、斉藤 学と高村 翔は、山本教授の研究室で重要な手がかりをつかもうとしていた。


研究室の中は、静まり返っていた。斉藤は床に落ちた電子機器を慎重に扱いながら、その複雑な構造を見つめていた。装置の表面には、何度も使い込まれた痕跡があり、教授の手が何度も触れたであろう部分には、かすかな指紋が残されていた。その指紋が、山本教授の最後の瞬間を物語っているように思えた。


「高村君、これを見てくれ。」斉藤は手にした装置を高村に見せた。「ここに微妙な傷がある。この傷が意味するところは分かるか?」


高村は装置に目を凝らし、斉藤の指が示す場所を確認した。微かに削れた痕跡が、装置の端に刻まれている。それは、表面的には見逃してしまいそうな、非常に小さな傷だった。


「これは…何かを誤ってぶつけたんでしょうか?」高村は、推測しながら答えた。


「いや、そうではない。この傷は、何らかの細工を施された証拠だ。」斉藤は冷静な声で答えた。「恐らく、この装置の内部に何かが隠されている。通常のデータ解析装置ではあり得ない、何か特別な仕掛けがあるはずだ。」


「仕掛け?」高村は驚いた様子で斉藤を見つめた。


「そうだ。山本教授が最後に使用したこの装置が、彼の死に直結していると考えられる。この傷は、その証拠だ。」斉藤はさらに詳しく調べるために、装置を手に取ったまま、じっくりとその構造を分析し始めた。


高村は、斉藤の鋭い洞察力に感心しながら、その場に立ち尽くしていた。斉藤の手が一つ一つのパーツに触れるたびに、まるで装置が本来の姿を取り戻し、真実を語り始めるかのように感じられた。


「この装置の内部にある何かが、山本教授を襲った。おそらく、教授は何も知らずに装置を使用し、その瞬間に何らかの異常が起こったのだろう。」斉藤は慎重に言葉を選びながら、推理を組み立てていった。「それが、教授の命を奪った原因だ。」


「つまり、これは事故ではなく…」高村は思わず口を閉ざし、考え込んだ。


「事故で片付けるには、あまりにも疑問が残る。」斉藤はきっぱりと言い切った。「この装置に何が仕掛けられていたのかを解明しなければならない。高村君、すぐにこの装置を解析できる専門家を呼んでくれ。内部にどんな改造が施されているか、徹底的に調べる必要がある。」


「分かりました。」高村はすぐに動き出し、携帯電話を取り出して指示を出し始めた。斉藤の言葉には迷いがなく、高村はその信頼に応えたいという一心で、すぐに行動に移った。


その間、斉藤は部屋の中を再び見渡し、別の手がかりが隠されていないか探し始めた。彼の目は、山本教授が生前どのような状況で研究を進めていたのか、その生活の痕跡を追うかのように、細かい部分にまで注意を払っていた。


「教授、何か気になることが…?」高村が電話を終えて、斉藤に近づいてきた。


「ここだ。」斉藤は床に落ちていた一冊のノートを指差した。「山本教授が最後に手に取ったものの一つだ。おそらく、このノートに教授の最後の思考の痕跡が残されている。」


高村はそのノートを手に取り、斉藤と共にページをめくり始めた。そこには、無数の数式と研究メモが書き込まれていたが、その文字には焦燥感が滲み出ているようだった。急ぎ足で書かれたそれらのメモは、教授が何かに追われていたかのような印象を与えた。


「このノートの内容を詳しく調べる必要がある。」斉藤は慎重に言葉を続けた。「教授が最後に何を考えていたのか、その思考の過程を追うことで、事件の全貌が見えてくるかもしれない。」


「はい、すぐに調べます。」高村はメモを取るように、ノートの内容を記録し始めた。その一方で、斉藤は再び研究室内を歩き回りながら、教授が何を見ていたのか、何を感じていたのかを追体験しようとしていた。


部屋の隅に目をやると、壁にかけられた一枚の写真が目に留まった。それは山本教授が若かりし頃に撮られた写真だった。彼はその写真を手に取り、じっと見つめた。そこには、まだ初々しい表情をした山本教授と、数人の学生たちが写っていた。写真の中の教授は、今とは違い、希望に満ち溢れた瞳でカメラを見つめていた。その目は、まるで未来を信じて疑わないかのような輝きを放っていた。


「山本教授は、どこで道を誤ったのか…」斉藤は静かに呟いた。


高村はその声に反応し、斉藤の側に立った。「教授もまた、真実を追い求める科学者だったんですよね。しかし、何かが彼を追い詰めた。それが、この事件の真相に繋がっている。」


「そうだ。彼は何かを発見し、それが彼の命を奪うきっかけになったのだろう。しかし、その何かがまだ見えてこない。」斉藤は、写真を元の場所に戻し、再び部屋の中心に立った。「だが、必ず見つけ出す。科学が全てを明らかにする。」


その言葉には、強い決意が込められていた。斉藤は再び、装置の解析結果を待つために、その場で静かに思考を巡らせた。彼の頭の中では、すでにいくつもの仮説が組み立てられ、それが一つの形となって現れ始めていた。だが、それを証明するためには、まだ足りないピースが存在している。それを埋めるために、彼はさらなる証拠を求めて動き出すつもりだった。


研究室の外からは、キャンパスの喧騒が徐々に聞こえてくる。しかし、その喧騒とは対照的に、部屋の中は静寂に包まれていた。その静寂の中で、斉藤は一瞬のためらいもなく、次の行動へと移る準備を整えていた。彼の目は、再び冷静な光を宿し、真実へと向かって一直線に進んでいこうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る