第5話 ヘイジ③
レバンジが屋敷に帰ると、場はお開きになっていたが、ヘイジが黒髪の女と飲んでいた。
「セイケンから何を聞いたのかな?」
ヘイジがニヤニヤしながら言った。
「ええ、あなた方が山賊だったと」
ヘイジは酒を吹いて笑った。
「正直なお方だ。まあ、飲んでください」
黒髪の女がレバンジに酒を注ぐ。
「いや、本当にあの薬はすごい。頭がはっきりしてきて、体が生き生きとしているのがわかる。それこそ、今日ならユリを満足させられる自信があるのだが。そういうわけで、もう一滴、お試しさせてくれんかね」
ヘイジの皮膚から皺が消え、加齢臭も消えている。
「ちょっと迷いますねぇ。まあ、半滴くらいなら構いませんから、その分、何か面白い話をしてくれませんか?」
「そうだなぁ……じゃあ、今となっては昔の話……をしてやろうか」
♢♢♢
ヘイジの父は、馬に荷を乗せて沿岸から街に、街から沿岸に物を運ぶ仕事をしていて、少年だったヘイジもその仕事を手伝っていたという。夜通し森の中を歩くこともあった。
ヘイジはそう言うと、ある日の夜の森での話をし始めた。
「月夜のはずだったのに、その日はやたら月明かりが弱くて、森は暗くて歩きづらかった。早く森を抜けたかったんだけども、馬の元気がなくて、とぼとぼと歩くしかなかったのよぉ」
ヘイジは徳利を持ち上げたが空だったらしく、また元の場所に置いた。
「急に山から、髪を振り乱した化け物が滑り落ちてきた。髪がもさもさと生えて逆立ち、顔は真っ赤で目をまん丸に見開いてよぉ。あんなに暗かったのに、不気味な赤い顔はしっかり見えた。体は老婆みたいに細くて、布を巻きつけて。口が開いたらば、こっからここまで裂けてるのよぉ」
ヘイジは耳から耳へ手を動かした。
「目の前の男の首さ噛みついて、血がバアッと吹き出てよぉ。馬は驚いて走り出して、もちろんワシらも逃げた。そしたら追っかけてくるのよぉ。手も使って四つ足になって。馬につき飛ばされて川さ落ちるのもいれば、足がもつれて転んだとこさ化け物に噛みつかれたりしたのもいた。散り散りになって逃げたが、それでも奴は追ってきたのよぉ」
黒髪の女は怯えの表情をしながらヘイジを見つめて聞き入っている。
「おっとうに手を引かれて逃げてたけども、もう走れねくて、でも化け物はしつこく追ってくる。おっとうは、ワシに、一人で走れるだけ走って行けと言って、ワシはそうするしかねがった。振り返ることはできねがったけども、おっとうは、ワシを逃がすために化け物を足止めをしようと……化け物と戦ったんじゃねぇべが」
若返りの薬のせいか、ヘイジの姿にはどこか少年だった頃の心細さに身を縮めるような雰囲気が漂っていた。
「ワシは力尽きて、岩場の陰に身を潜めた。おっとうが駄目だば、もうワシもここで死んだ方が楽なんじゃねぇかと思ったよぉ。村にはおっかあと幼い弟がいるけども、なんせ怖くて、生きて帰りてぇとは考えられねがった。そうしているうちに諦めがついたんだか、眠ってしまったのよぉ。朝になって、森は明るくてな。ワシはあの場所に戻ることにしたんだ。おっとうと別れた場所はわからねがった。夜だったし、無我夢中だったからな。化け物と出会ったところに着いたら、何人かの男がいて、ワシは呑気に助けが来たと思ったよぉ。おっとうの仲間の食い散らかされた死体を避けながら声をかけだらば、男らは山賊だった。荷物を盗みに来てらったのよぉ」
ヘイジは、くくっ、と笑った。
「ワシはその山賊に拾われて育てられた。荷物の流れを知っていたから、無駄なく襲いかかることができるようになってな。盗んで、殺して、犯して、ワシは立派な山賊の首領になったのよ」
ヘイジはレバンジの目を見た。レバンジは変わらずうっすらと笑みを浮かべている。
「お試しの価値に見合った話になったかね?」
「ええ、とても。脂がのった頃のヘイジ様にも会ってみたくなりました」
レバンジは小瓶を取り出し、ヘイジは手を差し出す。半滴垂れて、ヘイジはそれを舐めた。
「あんた……人間じゃねぇんだろ? ワシもとうに人間ではなくなったと思ってたが、やっぱり、本物は違うねぇ……」
ヘイジの声にハリが生まれ、髪に艶が戻る。
「今どき、異形は珍しくないじゃないですか。そんな感心したように言われても」
レバンジは、はは、と笑った。
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