第4話 セイケン②
その日の夜、ヘイジはレバンジのために宴を開いた。村人とは思えない艶めかしい女がレバンジにお酌をする。
「レバンジ様はどちらからいらしたの? 随分お顔立ちが違うから」
紅で唇を色づけた長い黒髪の女が言う。
「物心ついた時から旅をしていましたから、生まれ故郷はわからないのです。気が向くままにふらふら歩いています」
「まあ、だからこんなにしっかりした体つきなのですね」
黒髪の女がレバンジの肩にしなだれた。
宴は、ヘイジと、がらの悪い男連中と派手な女が、酒を飲み、大声で笑い、歌って、踊って、乳を揉んでいる。男女合わせて十人程度だ。
一方、料理を運んで来るのは地味な女たち。みんな悲痛な顔をしている。茶を持ってきた例の美人は、ヘイジに尻を触られ、その手を振り払って逃げるように広間から出ていった。
レバンジは廁へ行くと言って席を立ち、そのまま土間から外に出た。
「レバンジ様、そちらに厠はありませんよ」
黒髪の女が後を追いかけてきた。
「この村にはすごい僧侶がいるようですね。どのうちですか?」
レバンジはどんな時もうっすら微笑んでいるような顔に見える。もちろん、この時も。
「はあ……。こちらですけど」
女はレバンジを案内した。
僧侶の家に着き、レバンジは扉を叩いた。
「ごめんください。ちょっとお話したいのですが」
レバンジが声をかけると、しばらくして男が出てきた。やつれた感じの青年だった。
「……何か、ご用でしょうか……?」
「はい。私は旅商人のレバンジと申します。これだけの結界を張ったのは貴方だと村長が言うので、ぜひお会いしたいと思いまして」
青年は目を見開いた。女はぽかんとしている。
「どうぞ、お上がりください」
青年は家の中に招き入れた。
「そういうわけで、私は話をしてから帰ります。せっかくの宴なのに申し訳ない」
女はちょっとムッとした顔をしたが、おとなしく屋敷に引き返していった。
座敷に通された。灯台の灯りで部屋はぼんやりとしている。小さな机には読みかけと思われる巻物が置かれていた。
「私は、セイケンと申します。さっきの言葉を聞いて、色々お聞きしたいことがあります。まず、貴方には結界が見えるのですか……?」
向かい合って座ったセイケンの顔には、興奮と恐れの表情が同時に見てとれた。
「ええ。整えられた村から発せられる、この清浄な空気。要所に置かれた強力な術をかけられた石。その結界により、異形にはこの村が認知しづらい。見事ですね」
レバンジは前のめりになって言った。
「ええ……そうなんです……が……」
セイケンは、先程の地味な女たちと同じ悲痛な表情を浮かべ、さらに口元を歪めた。
「あの男らに村を乗っ取られたのですか?」
レバンジが妙に明るい声でそう言ったので、セイケンはハッとした。
「どうしてわかるのですか?!」
「そりゃあ見てれば」
「……貴方も、身ぐるみを剥がされますよ……」
セイケンはため息混じりに言った。
「ご心配ありがとうございます。で、セイケン様はどうなさるおつもりで?」
レバンジは意地悪そうな目を向けて、ニヤリと笑いながら言った。
「……私は異形に対抗する修行はしてきましたが、人間と戦うことなんて考えたことがありませんでした……。奴らは山賊で、元々は山に根城があったのです。それが、異形が闊歩するようになってしまいましたから、奴らは里に降りてきて、村を乗っ取ったのです。最初に抵抗した村の男たちは家族の目の前で殺され、今も奴らの機嫌を損なえば簡単に暴力を振るわれます。女たちは慰み者になり、特に村長の奥様のユリさんはヘイジに気に入られてしまって……。村長は一番最初に殺されてしまいましたから……」
セイケンは、虚ろな目で畳のへりを見つめながら言った。
「なるほど、人間もなかなか恐ろしい生き物ですね。私は商人ですから、お金さえ出してくれればお手伝いしますよ。たとえば、私が彼らに毒を盛りますから、毒の代金を払ってくれれば」
「……ちなみに、もしそうするとすれば、お代はいくらになりますか?」
レバンジは金額を口にした。
「……すみません、そんな大金、持ち合わせていません……」
「それに匹敵する何かをもらえませんか? 物でもいいし、貴重な話でもいいし」
「……何が欲しいのですか?」
セイケンの目が鋭くなる。
「いや、願わくばこの結界の張り方ですね。あまりに素晴らしいので」
「……それは……できません……。張り方がわかれば、解き方も分かってしまうので……」
レバンジは珍しく真顔になって、セイケンを見た。
「いずれ、この結界は効果を失います。彼らのような不浄な者に結界を維持する力はない。結界が無くなれば異形はエサとなる人間を求めて、この村に侵入してくるでしょう。山賊の蹂躙に健気に耐えたところで、悲しい顛末は避けられなさそうですよ」
セイケンは表情を崩さなかったが、右手の拳が強く握りしめられたことにレバンジは気づいていた。
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