ただいまと言ったとき、一人で家にいるのはさみしい。

戸松

こんばんは(圧)

 デザイン課の白鳩しろばと星羅せいらについてウワサになったのは、会社に入社してからだった。しばらくは超有名大学で何人かの面接があったことから入社前にたびたび話題にはあがっていたらしい。それもそのはず、その大学内でトップに君臨する学生とその他のトップ争いの激しかった学生たちが一気に押し寄せて就職活動を行っていた。


 その中で異彩を放っていたのが星羅だった。星羅は成績、学外の活動、そして取得している資格の数。一人だけ群を抜いていた。


 星羅の出身の大学は国立の有名校。どこの会社であっても、とりあえずそのへんの学校の人間よりも採用するメリットがありそうだと思われるほど。すぐに星羅は内定が決まり、超有名企業の有名部署で仕事をすることに決まった。周りの人間も入社はしたが部署は振り分けられたらしい。


 そんな星羅は会社内でも生粋の美人な社員であり、仕事もでき自分にも他にも厳しいことから、評判もよいのだ。このような完璧な女性であるため男性社員からの信頼、人気も高く、たびたび恋愛的なウワサが立ってしまっている。


「星羅さ〜ん? 神山が星羅さんと食事行きたいらしいですよ〜? なんか飲み会で言ってたみたいです〜」

「あら、ほんと? 逢ちゃん、どうせそれ部長が言ってたことでしょう?」


 星羅の後輩の西尾逢がウワサについて話した。オフィス内で隣同士で仕事をする二人は仲もよく、特にデザインについての話で馬が合った。


「よく分かりましたね〜。あの人、恋バナ好きですからね〜」

「はぁ……。また変なウワサが流れちゃうじゃん……。私は別に社内恋愛なんてするつもりないの。こういうウワサはすぐに広がっちゃうから、また部長の口からみんなに広めてもらわないと……」

「人気者ですねぇ〜」

「嬉しくない……」


 星羅は困っていた。男性社員からはそういう視線で見られることが非常に多いということに。特に営業部の手腕を握る一課や経理部といったとてつもないギラギラを持っている社員の癒しであり、加えて標的にもなっているのだ。星羅も逢も数字ばかりを気にしている男性たちになんの魅力も湧かないらしく、そう思われることに嫌気があった。


「神山くんって逢ちゃんの同期の子でしょ?」

「はい〜、営業第一課です〜」

「はぁ……。また一課……。まいどまいどウワサが広まると名前に挙がってくる一課……」

「面倒ですよね〜。すこーしだけ会社のキーマンだからってちょーし乗りすぎなんですよ〜。結局作ってるのは開発部なんですから〜」

「逢ちゃん? でも一課の人たちも私たちが作ったものを全力でマーケティングしてくれているのよ? 感謝はしたほうがいいんじゃない?」

「はぁ〜い……」


 星羅は逢の頭をなで、とろけた彼女の顔を確認するとほっこりとした笑顔を見せた。


 机に置いてある財布を手に取りオフィスをあとにしようとするところで逢に感づかれてしまった。


「また法務部ですかぁ〜?」

「そ、そうよ……悪い?」

「そんなツンツンしなくてもいいじゃないですか〜。どうせ結婚相談とかですよねぇ〜? アタシ栗原先輩に直接聞いちゃったんですよ〜」

「なっ……! あのガキっ……!」


 イメージダウンなど気にしないかのごとく汚い言葉遣いになってしまう星羅。法務部に通っている事実を逢にバラされては困るため、そのことは口外しないことを約束させたのだった。そして俊足で法務部に向かい、同じ大学の後輩の男に怒号を浴びせた星羅だった。




 ◇◇◇◇




 法務部に用のある人なんて誰もいない、そう星羅は確信した中でオフィスに到着すると、いきなり後輩の男の名を叫び呼んだ。


「栗原ぁ」

「なんすかいきなり。てかおっきい声出さないでくださいよ、先輩ただでさえ声高くて響くのに」

「クソガキぃ」

「見るからに怒ってるっすね。あ、もしかしてあれっすか? 俺が逢ちゃんに先輩の結婚相談のこと話したからっすか?」

「おうおう、話が早くて助かるなぁー」

「……で、なんすか」

「教えんなって言ったよね?」

「言ってたっすね」

「なんで教えた?」

「だって質問されたから……。星羅さんはなんで法務部に行くことがあるのーって」


 星羅は栗原の腹の肉をつねった。激痛が走り静止するようなだめるも一向に止めてくれる気配がない。全力の謝罪を数回続けることでどうにか力を弱めてくれた。


「口軽すぎると思うなー。そういうことはしっかり秘密にしておかないとだめでしょー?」

「えぇー? でも逢ちゃんカワイイからぁ……いった!」


 再度つねる星羅。どこか楽しんでいるご様子だった。


「かわいいからって、なんでもかんでも人の秘密とか喋ったらいけないってわかってるよな?」

「は、はい……」

「わかってるならいいのよ? 別に怒ることでもないし対して気にすることでもないから、って普通の人なら思うわよね?」

「先輩なら……?」

「私は普通じゃないからね」

「それ怒るってことと同義ですよ……」


 にこやかな笑顔とともに威圧を放つ星羅。大学時代から常に大きな存在であり、サークル内でも厳しさが目立っていたことから、とにかく栗原は彼女を苦手としている。


「え、でも逢ちゃんなら高志さんのこと知ってると思いますよ。だって高志さんと同じ大学だし……」

「つぎ他の人に話したら、シャーペンで腹のところぶっ刺すから」

「スゥー……」


 普段のしっかり者の星羅からは想像もできないほどの冷たい声が栗原の耳に通る。物騒な言葉も相まって恐怖心は倍増した。


「オッケー?」

「……」

「おい」

「うっす……」


 法務部のオフィスをあとにし、定時までを仕事に費やした星羅だった。




 ◇◇◇◇




 今日は早く終われそう、と仕事が順調に進んでいく星羅はそう考えていた。いつもであれば膨大なタスクに見舞われ、少しだけ残業することが当たり前であるようなものなのだが今日に限っては違ったのだ。その真相を逢に聞く星羅。


「今日の仕事、いつもより少なかった感じがするんだけど、何か変わったことでもあったの? 逢ちゃんだってもう帰る支度してるし」

「あー、なんか部長が直接担当してた新人の子いたじゃないですかー。その子がみんなの仕事まんべんなく終わらせちゃったらしいですよー」

「え、助かるわね。でもミスとかありそうじゃない?」

「それを部長自らチェックするらしいですよー。ちょー大変ですよー」


 大変だからといって自分たちが手伝ってあげようという意欲は湧かないというのが、現代社会に揉まれ生きている会社員たちの考えである。少ない労働時間で、そこまで苦しい作業をするわけでもなく、とにかく給料をもらおうとする狡猾で賢く仕事をすることである、と星羅は考えているのだ。


 その考えは新人教育の際に逢に伝え、逢もまた新人にその精神を注入していった。そしてまたそれが伝播し、今に至るのだ。


「さてと……それじゃあ私はもう出ようかなー。別に他に仕事があるわけじゃないし……」

「えー、星羅さん飲み会来ないんですかー?」

「行かないわよ。私の通勤手段は車よ?」

「とか言って、言い寄られたくないからですよね〜」

「大体合ってるわね」

「あはは。じゃ、星羅さんお疲れ様です〜」

「お疲れ」


 会社を出てすぐに右に向かう。駐車場に黒色のコンパクトカーが停まっており、キーを使って星羅はロックを解除した。乗り込むと助手席には小さな犬のぬいぐるみが置いてある。


「高志く〜ん、私ね、今日も頑張ったよ〜」


 当然ぬいぐるみからは返答はない。ぬいぐるみであるため喋るはずなどないのだ。


 星羅は独り言を終えたかと思えば、次に思いっきり顔をうずめて一気に鼻で匂いを嗅いだ。


「すぅ~、はぁ〜……。高志くんの匂い〜……」


 そう、このぬいぐるみは星羅と同棲している男性である猪股高志のベッドに置いてあるぬいぐるみなのだ。


「はっ! いけないいけない……。今日は早くお仕事終わったんだし、お家に帰ってご飯の用意でもして……」


 そこで何かをひらめく星羅。ぬいぐるみの匂いを嗅いでしまったために同棲相手の彼氏……高志の顔が思い浮かんだのだ。


「会いに行こ」


 そう言って車を走らせた星羅。向かう先は彼の職場。火の鳥研究所という場所である。主に食品や多くの製品のデータや素材などのありとあらゆる部門における研究所である。直轄の会社はフェニックスという大手である。


 フェニックスは星羅も志望していた会社ではあったのだが、大学時代のプロジェクト対抗戦というもので星羅が率いたチームは高志が率いたチームに勝利した。しかし内容の厚さ、加えて未来あるプロジェクトであることからフェニックスは高志のチームを欲しがったのだ。


 高志のチームのメンバーはそれぞれの得意分野でフェニックスに一発で内定が決まった。対して星羅のメンバーは他の有名企業や大手に声がかかったということだ。現在はたらいている会社もそこのつながりがあってのことだった。


 でも星羅は、どこか心のなかで高志と同じ会社で仕事をしたいと思っていた。大学時代の対抗戦では勝利したものの、試合に勝って勝負に負けたようなものだったのだ。それは現在も引きずっていることだった。


 車を走らせていると研究所の近くで花に水やりをしている男性を発見した星羅。声をかけようとしたが男性は星羅には気づいていない様子だった。


「あっ! 高志くんだぁ! 高志くん高志くん! 高志くー……って、え?」


 その男に群がる若い女子たちが目に入った。制服を着たおそらく女子高生たち。星羅は途端に敵意を剥き出しにする。


「は? え? どういうこと? え、なに。誰? ていうか、なにあの子たち。なんであんなに高志くんと距離近いの?」


 嫉妬で心が埋め尽くされていく星羅。すぐに近くにあるスーパーに車を停め、横断歩道を渡りズカズカと男に近づいていく。そして電柱に隠れながら彼らの話を盗み聞きすることにした。


「うん。だからね、僕はここの研究者であってお花の手入れをする仕事の人じゃないんだよ。君たちはまいどまいど僕のことをお花のお兄さんって呼ぶけど、全然いいんだけど、別に花に水やりをする人ではないからね」

「でもお兄さん、いっつも決まった時間にお花に水やりしてるじゃん」

「決まった時間に水やりをしないと所長が怒っちゃうからなぁ……。それはそうと、星羅さんはどうして電柱に隠れてるの?」


 高志にはバレていた。星羅は膨らませた頬を見せつけながら女子高生たちと高志との間に割って入ってくる。


「こんばんは(圧)」

「「こんばんはー」」

「紹介するね、この人は僕の知り合いの……」

「んー? 知り合い?」

「あー、えっと、彼女の……」

「彼女?」

「同棲相手の白鳩星羅さんだよ」

「よろしくね、私はこの人と同棲してるの」


 アピールをする星羅を見て、すぐに高志は嫉妬していることを理解する。彼女をよく知る者であるため、微かな反応の違いからすぐに察することができるのである。


「二人は結婚するのー?」


 女子高生の一人が聞いた。星羅は突然のことで反応が遅かったが、かわりに高志が即答した。


「するよ。絶対に。結婚式もするよ」


 その返答で星羅は顔を赤くした。耳まで赤くなるのはそう遅くなかった。なんならすぐに耳まで染まった。


 女子高生たちはニヤニヤしながら星羅を見て、「お幸せに」という挑発とも取れる言葉をかけてきた。その言葉にも赤面し、星羅は恥ずかしさで爆発しそうなほどだった。


「それで、どうしてここに来たの? 何か用事でもあった?」

「え……それは……」

「うん、何?」




「お家に帰ると、高志くんがいなくてさみしいから……」


 すぐに抱きしめた高志。それに応え、抱きしめ返す星羅。二人の幸せな時間を邪魔するのは時間だけだった。

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ただいまと言ったとき、一人で家にいるのはさみしい。 戸松 @bluedoor

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