第6話 彼女の事情
「……で?」
ベッドに腰かけて腕を組んだティオが一言問いかける。床の上に正座しているアルを見下ろし、その表情は膨れっ面だ。もちろん今は服を着ている。
結局シアの鉄拳を浴びることは無かったものの、女の子の部屋にノックもせず入ろうとしたということでアルは女性陣二人にこってり絞られてしまった。不用意だったことは本人も自覚しているので返す言葉も無い。
「いや、その……本当にすみませんでした」
「もうその話は良い! 命を助けてもらった恩もあるからの」
明らかにまだ怒っているティオだったが、恩義を優先して手打ちとしてくれるらしい。アルはホッと胸を撫で下ろすと、緊張していた表情を少しだけ緩める。
ようやく本題。
ティオが何者で、今後どうするのか。光明の旅団は失敗した任務の尻拭いをすべく、リベンジマッチをすることになるだろう。ティオを連れていくことになるのかきちんと話し合わなければならない。
シアが単刀直入に議題を投げかける。
「私たちとしては、ティオさんを安全なところまでお送りするか、旅に同行してもらう形にしたいと思っています」
目下の行動方針を端的に示すと、ティオは驚いた顔をして三人を順繰りに見回した。
そのままおずおずと問いかけてくる。
「魔王の関係者を自称しておるのに、冒険者のお主らが余と旅をする気があるのか? 信じておるかは別として、そこの……セレネと言ったか。彼女は昨日も怒っていたようじゃが」
昨日の会話が思い起こされる。
魔王の娘を名乗ったティオに対して、セレネは怒りの感情を噛み殺すようにしつつも不快さを隠しきれていなかった。
一方のティオも、発言を嘘でないと強調した。結果、彼女らの会話は不穏な空気になって打ち切られる運びとなっている。
ティオとしては、あの段階でこれ以上一緒に行動することはないと判断していたのだろう。
それに対して、当のセレネは冷静さを崩さないように話す。
「もちろん、魔王は許せないわ。でも行き倒れていた女の子を放置していくなんて、もっと出来ないって話よ」
「ほう?」
その言葉に感心した様子のティオ。少しだけニヤりと微笑んだように見えた。
「お主らアレじゃな? お人好し、というヤツじゃな」
昨日自戒したばかりだというのに、またしても言われてしまった。アルはコホンと咳払いをして話題を戻す。
「と、とにかく! 俺たちとしては、ティオちゃんを送り届けたいと思っているんだよ」
「うーむ……。そう言われてもな」
行き倒れていた迷い子を家まで送ろうというのが三人の総意だ。
しかし、そんな提案に対してティオは困った顔をして考え込む。どう答えていいのか迷っているのは明白だった。
不自然なまでに二の句を継げない少女の反応に、シアが思わず聞き返す。
「? 行き先が決まってないのですか?」
その言葉にティオはまたしても少し考えたが、少しすると腹を括って返事をした。
「そうじゃ。その……恥ずかしい話じゃが」
「恥ずかしい?」
彼女が口籠るのに疑問を持ちながら、アルたちは辛抱強く続く言葉を待った。
ティオは言葉通り気恥ずかしそうに視線を泳がせつつ話す。
「此度の余は、俗に言う家出というやつでな」
「家出? それはまたなんというか」
想定外の内容に、アルは面食らってしまう。
数日間飲まず食わずで過ごしたと思わしき痩せた体は、家から抜け出してきたが故に事だったらしい。そうなると当然家に帰ることは求めておらず、それどころか目的時自体が決まっていないということだった。
金銭の持ち合わせがないのは突発的な家出だったからだろう。一同はようやく彼女の置かれた状況の一片を垣間見ることができた。
「なので目的は無い。お主らの旅に同伴させて貰えるならそれも面白いかもしれんな」
彼女を何らかの終着点まで送り届けるという意味での同伴だったはずが、宛のない旅仲間になる方向で納得したらしい。
これはアルたちにとって予想だにしない展開だ。魔物と戦うこともある危険な冒険者の旅に部外者を連れ添わせるのは得策とは言えないし、それこそ昨日の時点では旅団の解散すら視野に入れていた一行に彼女を加えていいものか。
三人がそれぞれ顔を見合わせて目配せする。
すると、困惑する一同の反応を知ってか知らずか、今度はティオから懸念が投げかけられた。
「しかし、父上は余に対して追っ手を差し向けてきておる。共に行動するのは危険になる」
再び父上の話が出てきた。彼女の言葉を愚直に信じるならば、それは世を統べる魔王のことになるだろう。
「追っ手って……魔王の差し金なら、魔物?」
「うむ」
アルが疑問を投げかけると、ティオは力強く頷いた。
追っ手が来ているということは、彼女を力づくで連れ帰ろうという算段だろうか。魔王と言えど父親ならば可愛い娘のためにそれぐらいするのかもしれない。
しかし、確かにそうなると話はまた風向きが変わってくる。
アルたち光明の旅団は実力不足の否めないチーム。下級の魔物を討伐することはあれど、基本的には戦いを避けて生活することを選んでいる。今受けている任務もまさにそうで、敵を倒すことはなるべく計算に入れないようにしているのだ。
ところが、ティオと共に旅をすれば彼女を追う敵と接敵する可能性が高まるときた。素直に差し出せば穏便に済むかもしれないが、当然ティオはそれを望まないから家出という手段をとったのだろう。
お人好しだと言われたアルたちは、危険を冒してまで彼女の護衛を務めるべきか選択に迫られている。
「お主らにこれ以上迷惑はかけれん。介抱してもらっただけでも御の字じゃ」
ティオは言う。少しだけ寂しげな表情に見えて、アルは思わず口にした。
「そんな無責任なことできないよ。助けた以上は最後まで、」
正義感か責任感か、アルが発言するも、ティオはそれを遮った。
「何。此処で別れても誰も責めはせんじゃろう。魔王の娘なんて言う女、危険な存在じゃし、それに――」
同行を拒否しようと言葉を選ぶティオだったが、その時。
突如として爆発音のようなものが外から響いて、一同は窓へ視線を向けた。
「な、何!?」
セレネが声をあげながら、スッと自身の武器である木の杖に手をかける。
アルとシアもそれぞれの装備を構えて臨戦態勢をとった。会話の最中だった空気から一変して緊張が張り詰める。
外の気配を察知して、ティオは静かに言葉を漏らした。
「チッ。もう嗅ぎつかれたのか」
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