第1話 解散危機
魔王オルク・アイルトーン・ハーデスにより世界中に魔物が放たれてから一世紀以上。彼らと人間の果て無き戦いは続いている。
魔物たちの力は絶対的だった。人類も力ある者を募って対抗しているものの、いつその身に危険が迫ってもおかしくない環境で疲弊しながら生き抜いてきた。
そんな今の社会において、冒険者は引く手数多。
冒険者たちに仕事を斡旋しているギルドにはいつも新たなクエストが受注され、様々な旅団がこれをこなして生計を立てている。
アルことアルピニス・デポーロンが率いる光明の旅団もまた、そんな冒険者一世の時代に名を馳せようと立ち上がった若者たちの部隊だった。
――だが、彼らには圧倒的に実力が足りない。
「ハッキリ言って、あたしたち弱すぎるんじゃない……?」
持ち金の少なさから出来得る限り質素な安宿に泊まったアルたちは、宿の入り口すぐに置かれたテーブルで顔を突き合わせていた。至るところが削れた木製の天板に肘をつき、脚がぐらつく危うい椅子にそれぞれ腰かけている。
そこでセレネが分かり切ったことを口にして、三人ともどんよりと顔を曇らせていた。
「Fランク冒険者なんて、こんなもんじゃないか」
フォローになっているのか微妙なことを口にしながらも、アル自身能天気というわけではない。実力不足はいつも感じているし、このままで良いとも思っていないのが実情だ。
そうは言っても、現実は中々思うようにいかない。
旅団と冒険者個人には、それぞれ冒険者ギルドで実力に応じたランクがつけられている。最上位であるSランクから、Aランク、Bランクと続いていき、最下位に位置するのがFランクだ。
彼ら光明の旅団はチームの評価としてFランクに認定されており、また個人でもアルとセレネはFランクの烙印を押されている。唯一シアだけはEランクに位置しているが、これも下位同士の僅かな差でしかなかった。
しかし、小さくともそこに違いはある。特に足を引っ張っている側は後ろめたさを感じずにはいられない。
「ねえ、シアちゃんは本当にいいの?」
セレネが不安から思わず問いかけていた。
だが、質問の意図を読み切れなかったようでシアは小首を傾げる。
「いい、と言うのは?」
「このチームでいいのかって事! シアちゃんは回復魔法をバッチリ使いこなせるし、もう一つ上の旅団に所属すればこんなひもじい思いをしなくて済むんだよ?」
冒険者ギルドはランクに応じてどのクエストを何処の旅団に請け負ってもらうか選んでいる。上位のクエストは危険を伴うがその分報酬も良く、逆に下位に行けば行くほど簡単で安上がりだ。
Eランク扱いのシアは当然相応の旅団に所属する権利を持ち、そこでクエストをこなせばもっと楽に多くの報酬が手に入る。
こうして依頼から敗走して安宿で管を巻く必要はない。そこがアルとセレネにとって負い目になっているのだ。
今も夕飯として三人で申し訳程度の
こんな思いをしなくて済む。
だが、シアはきっぱりと宣言した。
「私はアルさんとセレネさんの人柄を見込んで、このチームにいます。他の旅団に行くなんて考えられません」
「そう言ってもらえるのは助かるが……」
買い被りすぎだ、という言葉をアルは呑み込んだ。シアが自らの意思でこの旅団を選んでくれている以上、突き放すような発言は無粋だと考えたのだ。
しかしそれでも、明日の食い扶持すら安定しない状況は良いとは言えない。
アルは腕を組んで云々唸るしかなかった。
「戦闘要員をもう一人入れないとキツいよね」
セレネが客観的にチームの欠点を言葉にした。
この発言は一般的にも概ね正しい感覚だ。
冒険者は大体が四人組以上で行動している。前衛のメインアタッカー、中距離や搦め手を得意とするサポート役、遠距離から攻撃する魔法担当、そしてパーティの生命線となるヒーラー。多少変化はあるがおおよそこの四人編成が基本になり、そこからさらに人員を増やす場合もある。
一方で、光明の旅団は前衛である剣士のアルが唯一無二の主戦力になっている。そんな彼も腕力にこそ自信はあるが特殊スキルなどは会得しておらず、戦闘は剣を振るう物理攻撃の一本調子だ。
「……って、あたしが魔法を使いこなせないのがいけないんだよね。ゴメン」
自分で言いながら、セレネは自分の不甲斐なさが原因の一端を担っていることに気がついて口籠る。
本来であれば、近接攻撃のアルをサポートする役割は遠距離で戦うセレネが受け持つべきだった。
彼女は純粋な魔力だけで言うとEランクを飛び越えてDランク程度の実力を備えている。だが、その大きな魔力を制御できない致命的なデメリット持ちだった。魔法の発動自体も人より時間をかけて集中する必要があり、いざ発動しても明後日の方向に飛ばしてしまうので事実上使いものにならない。
普段は明るく物怖じしない彼女だが、戦力面の話になると自信の無さから後ろ向きなことを考えがちになってしまう。
「セレネさん、気落ちしないでください。セレネさんの実力は私たちがよく知っていますから」
「そうだぞ、本来なら俺たちのランクでセレネほどの戦闘力を持つメンバーは入れられない。強さは本物だ」
「……うん。二人とも、ありがと」
二人にフォローされ、セレネは弱々しく微笑んだ。
チームの問題点はアルやセレネだけの話ではない。
シアにしても、Eランク冒険者でありながら光明の旅団が適正とされているのにはそれだけの理由がある。
本来であれば、ヒーラー担当という立ち位置でも簡単な攻撃魔法は扱えるのが普通なのだ。もしくは味方の身体能力を一時的に向上させる援護魔法などを使いこなして全体をサポートする役割になることが多い。
だが、彼女は非常に強力な回復魔法を使えることと引き替えに、他の魔法が全く開花していなかった。回復能力だけならば上位ランクを見越せるほどのポテンシャルでありながら、バランスの悪すぎる能力値で今の位置に留まっている。
「しかし。傷の舐め合いをしていても仕方ないってのも事実だぞ」
アルが忌憚なく告げると、セレネとシアも表情が険しくなった。
まともに戦える戦闘要員がアルしかいないので、彼の実力がそのまま評価に繋がっているのが光明の旅団の実状だ。
Fランクのクエストをこなすだけで精一杯なのですぐ金欠になり、それが原因で三人分の生活費を賄うことすらギリギリ。今日のように任務を達成できなければその日の宿すら危うくなる。負のスパイラルに陥っていると言っていい。
確かにセレネの提案どおり四人目を入れれば戦力は安定するかもしれない。だが、旅団の実力に応じて選べる冒険者は同じFランクが基準となる。ここで人を選び損ねると、今の報酬を四人で分ける余裕はない。
なので、これまでも考えつつ二人には伝えていなかった気持ちをアルは言葉にした。
「バランスを考えれば、俺たちは解散すべきだと思う」
ここを誤魔化していてもどうしようもない、というのがアルの結論だ。
しかしそれを聞いて、二人の少女は目を見開いて抗議の色を見せた。
「そ、それは駄目!」
「そうですアルさん! 私、光明の旅団でいたいんです」
焦りながら直訴する仲間の声を聞いて、アルは苦笑する。
「二人が今の旅団に思い入れを持ってくれてるのは嬉しいけど、現実問題としてそろそろ考えなきゃヤバい」
「うぅー……。そうなんだけどぉ」
しょぼくれるセレネ。返す言葉も無いようで、下を向いたまま黙ってしまった。
逆に、こういう時に意外と主張を曲げないのがシアである。
「もちろん、光明の旅団はアルさんが率いるチームです。あなたが解散と言えば私たちは従うしかありません。……でも、私は嫌です!」
目力で訴えるシア。長い金髪を振り乱して、ぐいっとアルに顔を近づける。彼女の清潔感ある汗の香りが仄かに漂った。
頑なな態度で発言する彼女の顔をじっと見て、アルはどうしたものかと頭を悩ませる。
解散は冗談でもなんでもなく、事態を好転させる可能性を秘めている。
たとえばアルの下に属性魔法を付与できるようなサポート役が入れば、スキルを持たない彼の欠点は補える。腕力だけは本物のアルにとって、そうした仲間のフォローは活躍するための必須条件と言ってもいい。
セレネにしても、彼女の魔法を安定させるような助力があれば問題は即座に解決するだろう。秘めた魔力のポテンシャルを遺憾なく発揮できるようになれば、パワー自体はDランク冒険者と遜色ないのが彼女の強みだ。
逆にシアは、もっとバトルの得意な者が多いチームに入れば回復をこなすだけでバランスが取れる。彼女は補助魔法も簡易攻撃も扱えないが、それを必要としない旅団ならば治癒能力の高さで大活躍間違いなしだろう。
つまり。
「気持ちだけでは、どうにもなあ」
ぼやくように気持ちを吐き出すアル。
チーム自体のバランスが悪い。これは紛れもない事実だ。
そうした考えが表情から漏れ出ていたのか、先ほどの解散発言も含めてセレネとシアが心配そうな顔でアルを見つめている。
「まさか、本当に解散とか言わないわよね?」
「あ、アルさん……」
心細そうな二人を見て、余計なことを言ってしまったかもしれないとアルは自戒した。この場を収めるためひとまず会話の終着点を探る。
「さ、流石にすぐ旅団を解散したりはしないって!」
「それって、今後長い目で見れば考えてるってことじゃない!」
頬を膨らませて抗議するセレネ。逆効果だったらしい。
これは一旦全員が落ち着かないといけない。気持ちが高ぶったまま話し合っても結論を出せないのは分かり切っている。
アルはゆっくり席を立ちながら言った。
「目下の目標は、明日こそ郊外のオピロンを追い返して依頼の報酬を貰うこと。その金でご馳走にありつけるように、今日は休もう」
宣言しつつ、逆に宿の入り口へ歩き出すアル。
彼の背中にシアの声が響いた。
「どこに行かれるんですか?」
「俺も色々考えが回ってないから、ちょっと頭を冷やしてくる」
体裁を取り繕うように、アルは振り返ってにへらと笑ってみせた。
下手な作り笑いだったが、それを見て二人も溜飲が下がったらしい。なんとかその場を収めて、アルは宿から抜け出した。
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