最弱パーティの俺たちが、魔王の娘を拾ったら
宮塚慶
1,この出会いは祝福か呪いか
プロローグ 最弱パーティの仕事
第1話 敗走の夜
「セレネ、そっちに行ったぞ!」
磨き上げられた剣と鉄製の丸盾を構えながら、青年――アルピニスが声を張り上げた。夜の帳が下りる森の中、短い髪の合間から冷や汗をかいている。緊張で喉が渇いて仕方ない。
決して上等とは言えない革の鎧に身を包み、その下は布の服と長ズボン。剣や盾と比べると似つかわしくない安物の服飾品だが、これが彼の今できる最大限贅沢な装備になっていた。
そんな彼が声を掛けた先で、一人の少女が走っている。
「いや本当に無理! アルが止めてよー!」
アルピニスをアルと呼ぶ少女――セレネ。栗色のミディアムヘアを揺らしながら半べそを掻いていた。
こちらも布の服と短いスカートという軽装。右手に掴んだ木の杖は大きく立派だがそれで何をするわけでもなく、すらりと伸びた脚とブーツをフル回転させて懸命に逃げ回っている。
何から逃げているのか。
彼女の後ろに迫る黒い影からだ。
セレネの何倍もある闇色の巨躯。体全体を艶のある鱗が覆っており、月の光を反射して暗がりで鈍く輝いている。太い四つ足は見た目に似合わぬ素早い健脚で、彼女にじわじわとにじり寄っていた。
赤黒い爪も存在感を放っている。追いつかれれば鋭利な切っ先で瞬く間に引き裂かれてしまうだろう。
アルは再び叫んだ。
「無理でもなんでもいいから撃て! このままだと食われる!」
「う、うぅー……! 分かった!」
彼に言われ、渋々といった様子でセレナは反転。
眼前に迫る漆黒の怪物に向け、右手に掴んでいた木の杖を突きだした。
黒い魔物が腕を大きく振り上げる。セレネは杖を構えたまま静止し、今まさに襲われようとしている状況で必死に集中力を高めた。
「月よ。光の恩恵を以て我が杖に応えよ――ライジングブレイク!」
瞬間。彼女の言葉に応じるように杖から稲妻が迸った。
耳を
……怪物の遥か後方に広がる森を。
「やーっぱり、当たらないってぇ!」
セレネの電撃は敵を掠めることなく彼方へと吹き飛び、そのまま森を突き破った。
雷撃の眩しさに思わず目を閉じていた黒き怪物も、一切のダメージがないと分かるとすぐに臨戦態勢へ逆戻り。再び腕を振り上げて鋭利な爪で彼女へ襲い掛かる。
セレネの魔法は詠唱から発動まで集中力と時間を要するため、構える際に棒立ちになってしまう。たった今外した一撃のために走ることを止めた彼女は、敵の攻撃に対して咄嗟に動くことができない。
思わず顔を背けて目を閉じる。
――殺される!
……が、いくら待てど敵の腕がぶつかる衝撃は襲ってこなかった。
暫しの沈黙からゆっくり目を開ける。
「あ、アル!?」
「馬鹿! 戦いの最中に目を逸らすヤツがあるか!」
なんとか敵とセレネの間に割って入ったアルが、左手の盾で相手の爪を食い止めていた。歯を食いしばり、巨大な怪物の腕力になんとか抗っている。
そうは言っても相手との体格差は歴然。単純な力比べで敵うものではなく、アルはじりじり押し込まれていく。
そこに、新たな加勢が駆けつけた。
「大丈夫ですか、セレネさん!」
「シアちゃん、ゴメン……!」
「反省は後です! こちらへ!」
彼らのもう一人の仲間――シアリーズ。通称シア。回復魔法を得意とするヒーラー役で、長い金髪が特徴的な少女だ。白のローブに身を包み、手には宝飾のついた細身のステッキを持っている。
チームの回復役を担う彼女は二人より遥か後方で構えていたのだが、セレネのピンチに思わず飛び出してきた。足の
シアの機転により二人が離れたのを確認したアルは、獣の腕を何とか逸らして自身も後ろへと飛びずさった。
獲物が離れ、魔物は威嚇するように大きく吼える。
「グオォォォオ!」
けたたましい鳴き声に周囲の木々がざわめく。
空気を振動させて威圧するその姿を目の当たりにして、アルはさらに緊張の汗を流した。
「なあ。なんというか、ギルドで聞いた敵より随分デカくないか?」
「あ……あたしもそう思う」
アルが疑念を向けて呟くと、セレネもゆっくり頷いた。
彼ら――“光明の旅団”は、冒険者の仕事斡旋を行うギルドでクエストを受けた。対象は黒い鱗を持つ竜の怪物、オピロン。現在彼らが対峙している種族で間違いない。
依頼内容によると相手は全長五メートルほどの子竜で、人里に迷い込んだそれを追い返すという内容。慣れない土地に出てきてしまった相手が興奮から多少暴れる可能性はあるものの、あくまで討伐ではなく街から遠ざける簡単な任務。
討伐を前提としないため危険度も低く、その分報酬も知れている依頼だ。だからこそアルたちは安全性を取ってこのクエストを受理した。
ところが、目の前にいるオピロンは全長にして一五メートルほどある巨大な体をしている。オピロンは成体になるにつれて立派な羽が生えてくる生物で、対峙しているそれもまさしく巨大な翼を背に備えていた。
子どもの迷子竜にお灸を据えようと思ったら、大人の竜に出くわしたわけだ。
「アルさん、セレネさん。ここは一度引いた方が良いのではないでしょうか」
シアが冷静に進言する。
アルとセレネも互いに視線を交わして頷くが、アルは敵を見てぼやく。
「分かっちゃいるんだが、今は……」
この状況で上手く切り抜けられるか定かではない。
相手は巨体に似合わずかなり素早く地面を走り、さらに翼で飛行すれば上空からでもこちらを見つけられる。
アルたちの戦力では逃げることすら危険な状況と言わざるを得ない。
だが、戦う選択を取ればさらに難易度が上がることも事実。
「逃げられる、か?」
「無理でもそうしないと! あたし達でアレの相手は無理よ」
セレネが訴える。その言い分はもっともで、シアも首を縦に振った。
「同意します。厳しいですが、策を練りましょう」
「策って言ってもなあ」
アルは顎に手を当て、この状況を打破できないか思案する。
しかし、考える時間を与えてくれるほど相手も悠長ではない。成体のオピロンは再びアルたちに向けて駆け出してきた。
考えることを止めないようにしながらもアルは再び盾を構える。あくまで自分一人を守るための小さな丸盾で、巨大な竜の物理攻撃を受け流し続けるには不向きな装備だ。だが他に手はない。
オピロンの爪や牙が迫るたびに何とか弾き返していく。ガキンッと鉄がぶつかる鈍い音を響かせながら、アルは少しずつ後退して押し込まれる力を分散していた。
それでも盾を通して腕に衝撃が伝わってくる。盾を掴んだ手が痛みに痺れていた。
「主に祈ります。生ある者に祝福を授けたまえ――治癒の加護!」
後ろでシアが回復呪文を唱え、アルの腕にかかるダメージを緩和する。敵の攻撃から伝わる反動が少し軽くなり、アルは踏ん張った。
しかし、このまま正面から抑え込むのはジリ貧だ。相手の注意を何とか逸らして逃げ道を作るしかない。
注意を逸らす。
考えていると、アルは不意に思いついた。
「セレネ! まだ魔法は使えるよな!?」
言いながら視線を向けられ、セレネは狼狽する。
「魔力は全然残ってるけど、当たんないんだってば!」
「それでいい! 今から撃てるだけ撃ちまくってくれ」
アルがオピロンの猛攻を防ぎながら懸命に叫ぶ。
当たらない魔法の連射。指示されても意図が汲めずセレナはより混乱した。
「ほ、ホントに言ってるの?」
頷くアル。強い意志を秘めた瞳でセレネをまっすぐ見据える。
セレネの隣で話を聞いていたシアも後押しした。
「セレネさん! 私も分かりませんが、今はアルさんの考えに乗りましょう!」
「分かった……! 二人とも、当たりそうだったら避けてよ!」
言いながら、急いで再び集中。呪文を唱える。
「月よ、光の恩恵を以て我が杖に応えよ――ライジングブレイク!」
そうして、セレネの杖から先ほどと同じ雷撃が炸裂した。
案の定オピロンには当たらず周囲に稲妻が拡散していくが、アルに伝えられたとおり構わず乱射。眩い光と共に辺りを次々焼き払っていく。
すると、アルに襲い掛かっていたオピロンの動きが止まった。目を閉じて苦しそうに悶えている。
思惑が上手く通じてアルはガッツポーズを決める。
「よし! やっぱりそうだ」
「攻撃が……止まりましたね」
オピロンを不思議そうに見つめるシア。
攻撃の連射を続けるセレネも相手の反応に困惑しているが、いずれにせよオピロンが攻撃してこないなら今がチャンス。
三人は互いに顔を見合わせてから走り出した。都度セレネが雷鳴を響かせながら、少しずつ後退していく。
走りながら、アルはようやく作戦を説明した。
「最初にセレネの攻撃を見た時、あいつはしばらく目を閉じて動かなかった。もしかしたら光に弱いんじゃないかと思ったんだ」
「なるほど。攻撃するんじゃなくて目くらましが目的だったのね」
合点がいきセレネは納得する。
そういうことなら、とシアも補足した。
「たしかオピロンは夜行性の種族だったはずです。日中も暗い洞窟や深い森の中に棲んでいて、夜目が利くと聞きました」
「じゃあ、やっぱ突然の発光を喰らって目がやられてたのか」
敵の反応から推測したアルだったが、どうやら正解だったようだ。
こうしてなんとかオピロンの目を背けさせることに成功した一行は、しばらく走り続け森を抜けた。
しかし結果として受けた依頼をこなすことはできず終いだ。今日の報酬はゼロのまま幕引きとなり、タダ働きという結果になっている。
しょんぼりした様子のセレネが、不安げに言葉を溢した。
「……今日、宿代ある?」
その質問に、苦笑いしながらアルは答える。
「今日は大丈夫だ。今日は」
「あ、明日は……?」
聞かなくてもいいのに、つい反射的に質問を重ねてしまうセレネ。
アルは視線を逸らしたまま何も答えなかった。
「野宿は嫌だー! うわーん!」
「せ、セレネさん! 明日頑張りましょう、ね?」
泣き叫ぶセレネをシアが宥めるが、暖簾に腕押し。
空っ風を受けながら、三人はどんよりとした空気で今日の安宿に向かうのだった。
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