第28話 伊久里はヒーロー気質だよ
桧木が休んでいることを詰問してくる津々木先輩や、部活動について連絡をもらっていたような反応の
珍しい組み合わせでの下校に疑念を向けられていたが、今は説明している時間も惜しい。
宇久井に先導してもらって図書館を目指す。二人とも自転車通学だったので移動は容易だ。まったく知らなかったが、どうやら一番近い図書館は昨日俺たちと宇久井が解散した駅のすぐ傍にあったらしい。地元なのに把握していなかった。
あまり大きな図書館ではないので新聞のバックナンバーがどれだけ所蔵されているかは分からないと言っていた宇久井だが、場所を知っているだけでも大助かりだ。
程なくして図書館の入っている駅ビルが見えてくる。俺たちは駅の駐輪場に自転車を止めると、そのままエレベーターを呼ぶボタンを押した。
「宇久井、桧木の家ってどういう仕事しているか分かるか?」
「えっと……お父さんがお医者様だったと思う」
わーお。そりゃマジで大金持ちの可能性があるな。
到着したエレベーターに乗り込んで、図書館が入っている四階を目指す。その最中も、宇久井はまだ全容を掴みかねている様子だった。
「ねえ伊久里。千央の過去を調べるってどうするの? 新聞を見るんでしょ?」
「そうだ」
俺は桧木から聞いていた話をそのまま宇久井に伝える。
「桧木は小学校の時に大きな事故か事件に巻き込まれたと言っていた。それはトラウマになっていて本人も思い出せない出来事らしい」
「私の家に連絡が来たやつ?」
「多分な。それを機に桧木家は凄く厳しくなって、桧木は自由に外も出歩けなくなってしまった」
四階に出る。図書館の中に入ったと同時に、俺は少しだけ声のトーンを落とした。
「親が過保護になって、本人も精神的ショックを受けるほどの出来事だ。地方新聞ぐらいには記録があるんじゃないかと思ってな」
「それは……分からないんじゃない? ご両親が心配性なら、公園で怪我したとかそんなレベルでも過干渉になるかもしれないじゃん」
宇久井の指摘は最もだ。その事故か事件の規模がどれほどのものかは分からないし、記録があるかもしれないというのは俺の希望的観測に過ぎない。
だが、それでも彼女が記憶を閉ざしてしまうほどの何かがあったのだ。それを知ることが出来れば、桧木を連れ戻すヒントになるかもしれない。
俺たちは司書の座っているカウンターまで向かうと、新聞のバックナンバーについて問いかけた。宇久井の心配に反してかなり古い文献まできちんと残されているらしく、また載っている情報を元に検索を掛けることもできるらしい。
宇久井の家に「もう遊べない」と連絡があったのは小学一年生の終わり頃だと言う。今から八年と少し前ぐらいか。その時期の一月から三月期間で、キーワードに桧木と入っているものを取り出してもらうことにした。
しばらく時間が掛かるというので、俺たちはフリースペースの椅子に腰かける。自転車をかなりのスピードで走らせてきたのでクタクタになっていた。
「伊久里。千央が巻き込まれた事故が何か分かったとして、その後はどうすんの?」
「え? どうって……」
宇久井に問われ、俺は考え込む。
確かに、どうするのだろう。桧木は星が好きで、天文部にいるべき人間だと思う。なので彼女が部活を続けられるように尽力したいというのが俺の素直な気持ちだ。
しかし、それを実現するには桧木のご両親を説得する必要がある。彼女の家まで行くのか? 彼氏でも何でもない俺が。
調べてから考えればいいと思って目を背けていたが、他人の家庭事情に口出しするほど俺は偉い人間じゃない。クラスメイトの女の子一人に、なんでここまで躍起になっているのか自分でも分からなかった。
答えを出せない俺に、宇久井はクスりと笑った。
「やっぱ、伊久里はヒーロー気質だよ。理由もなく千央のために調べ物するなんて、普通できない」
ヒーロー気質。前にも宇久井からそんなことを言われた気がする。中学時代に俺が何かしたとかなんとか。全然覚えてない。
「覚えてないんでしょ? 中一の時、体育の時間に私は体調が悪くて教室で休んでいた」
「体の弱い子はいた気がするが……あれが宇久井か」
「本当に記憶ないじゃん。サイテー」
咎められてしまった。面目ない。
「で、授業が終わってみんなが帰ってくると、一人の男子生徒が騒ぎ出したの」
まだピンと来ていないが、そんなこともあったらしい。
宇久井との会話からなんとか記憶を掘り起こそうとしてみるが、今のところ上手くいっていない。
「財布が無くなっている。教室にいたのは宇久井しかいない、こいつが犯人だ」
「うわ、最悪な流れだ」
俺の感想に、彼女は苦笑いした。
「状況証拠的に疑われるのは、まあ分かる。でもクラス中から嫌疑の目を向けられて怖くなった私は、上手く言い返すこともできなくて」
今でも大人しいイメージがある宇久井だが、当時はそれ以上に口下手だったのだろう。容易に想像できる。
それにしても、それを俺が何とかしたのだろうか。どうしたんだろう、俺。
「すると、伊久里が立ち上がった。相手の子に向かって、本当に財布持ってきてたのか? 宇久井が盗ったって証拠は? って強い語調で聞き返したの」
言われて、俺の中にある薄らぼんやりとした記憶が蘇ってくる。
「あれ? それ、結局家に財布を忘れていて、その日は最初から持ってなかったとかそんな話じゃなかったか」
「そう」
なんだ、俺がズバリと真犯人を言い当てた名探偵エピソードとかじゃないのか。
しかもそれじゃあ全然大したことしてない気がする。あらぬ疑いを掛けられた宇久井を見て、ちょろっと相手に俺の疑問を聞いてみただけだ。
ヒーロー気質というほどの出来事かと言われると怪しい気がして、宇久井の顔を見る。
「結果としては大したことじゃなかった。たぶん伊久里が何も言わなくても、翌日には家で財布を見つけた男子生徒に謝られてたんだと思う」
言いながら、無表情な宇久井が珍しく少しだけ口角を上げた。
「でも私は嬉しかった。他のみんなが疑ってかかる中、一人だけ救いの手を差し伸べてくれた伊久里は、救世主だったんだ」
「大袈裟な。俺は何もしてないぞ」
「伊久里、この件を解決したら千央にもそう言うつもりでしょ。そういうタイプだよね」
すべて見透かされているような口調に、俺はなんだかむず痒くなった。
心細かった宇久井からすれば俺はヒーローだったのかもしれない。だけど一言問いかけただけでほとんど何もしていないのだから、実感がないのも当然だ。
けれど今にして思えば、そうした厄介事についつい手を貸してしまうところが利用しやすくて、桧木は俺に目をつけたのかもしれない。
「……俺、お人好しなのかな」
「さあね。別にいいと思うけど」
自覚がないのであまり良くはないのだが。
そんな話をしているうちに司書から呼び出された。カウンターへ向かうと、何部かの新聞が用意されている。
俺たちはそれを借りてもう一度フリーのテーブルに戻り、記事を開いた。
「……いきなり大当たりだ」
一つ目の新聞。地方紙ではなく全国紙の記事だが、かなり大きく事件が取り上げられている。
その見出しを見て、宇久井が目を丸くしていた。
「医師の娘である小学生を誘拐……。本当に、これ?」
俺はこくりと頷く。本文には桧木の名前もバッチリと掲載されていた。
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