第24話 どこから話そうかな
流れる映像と星々の煌めき。
学芸員と呼ばれる人だろうか、軽妙な語り口で星について語っている。上映プログラムのとおりプラネタリウム自体の変遷についても解説していた。
昔は大きな専用のプロジェクターを使用していたものが、どんどん便利になり、高精細になっていく。こうして見ている星空の映像も、長い時間をかけて洗練された美しさなのだそうだ。
ジョークを交えながら、お固くなりすぎず進む説明は非常に明瞭で面白い。場内は時折くすくすと笑い声が漏れるほどで、なるほど今も満席になるほどの人気があるわけだ。
だが、集中できない。
隣にいる桧木は普段と変わらず星に対して純粋な興味を持って映像に集中している。俺が視線を向けても気づくことすらない。
この後に大事な話があると言った。まさか愛の告白を叫ばれるわけでもあるまいし、となればこれは……きっと悪い話だ。
どんな内容かは分からないが、それを聞かされて俺は平静でいられるだろうか。話を聞く前からこんなにも動揺している自分に嫌気が差す。
いや、そもそも何に動揺しているのだろう。俺と桧木が共に行動するようになってまだひと月も経っていない。何があったとしても、そこまで入れ込むほど俺たちの関係性は深くもない。
どんなに長くても夏休みまでには解消すると言っていた関係。彼女の家庭事情に何かあるのは察していたが、どんな話を聞かされても大きな変化はないはず。
はずなのに、俺は。
「恵人くん、大丈夫?」
声を掛けられて我に返る。気づくとプラネタリウムの上映は終わっており、全員が退館準備のために立ち上がっていた。結局ほとんど頭に入らなかったのは勿体ない。
あんな言い方をしたにも関わらず桧木は奔放なまま。沢山の星を解説付きで観れて満足そうな顔を見せている。
全員で科学館を出る。これからどうするかと思っていたら、根古屋副部長が個人的に鑑賞したいということで近くにある美術館に向かうことになった。
その後もアレが気になるコレが気になると部員たちが言い合い、気づけば公園をくまなく散策することになっていた。
園内はかなり広く、へとへとになるまで歩いているうちに遂には日も落ちてくる。
「いやあ、流石に疲れたね」
部長が言う。気楽な言い回しだが、解散を促す親切心だということはすぐに分かった。
「楽しかったね、ピノっち!」
「はい! 大満足です!」
津々木先輩がギュッと抱き着くと、桧木もホクホク顔で返した。先輩の手には美術館で買ったなんだかよく分からないマスコットが握られている。
「それじゃあ、もう夜だし今日はここまでにしようか。みんな駅までは一緒かな?」
「ですね。駅で解散にしますか」
俺が同意する。他の皆もそれに頷いた。
こうして全員でバスに乗り込み、最初の集合場所だった駅まで舞い戻る。帰りのバスでは疲れていたのか宇久井や津々木先輩が寝息を立てており、桧木もウトウトしていて特に会話はしなかった。
駅からの電車も方向は同じだったが、降りる駅がそれぞれ異なる。最初に津々木先輩が降り、次に部長と副部長も下車していき、俺たち一年生組が最後となった。
桧木は宇久井の近所だと言っていたし、俺と宇久井は同じ中学出身。つまりみんな近場に住んでいるはず。
車内でも桧木と宇久井が他愛もない話で笑いあっているだけで、特に深刻な話題は出てこない。そわそわしているのは俺だけだ。
「私、本屋に寄って帰るから」
最寄り駅までやってきて改札をくぐると、宇久井がそう言って駅ビルの方を指差す。
「こんな時間にか? 時間かからないなら、桧木とセットで送っていくけど」
「馬鹿。二人の邪魔しないから、さっさと行っちゃって」
あ、宇久井がカップルの俺たちに気を使ってくれたのか。気遣いはありがたいが、そもそも恋人ではないので申し訳ないし、やはり帰り道を女の子一人にするのは気が引ける。
だが宇久井は手の甲を振って、シッシッと追い払う動作を見せてくる。これ以上深追いしても仕方なさそうなので、俺はお言葉に甘えるということで桧木と二人歩き出した。
「楽しかったねー。みんなと遊べるなんて夢みたいだったよ」
「相変わらず大袈裟だなあ」
事あるごとに夢みたいだとか、一生の思い出だとか、彼女の発言はオーバーだ。
とはいえ、本当に楽しかったのだろう。プラネタリウムで見聞きした星の話を興奮気味に語る桧木。
春の星座である獅子座の起源が古代バビロニアにあるという話を熱心に解説しているが、さっきのプラネタリウムでそんなこと言ってたか? 高揚からか内容が脱線している気がする。
彼女の話に耳を傾けつつ、歩幅を合わせてゆっくり歩いていた。なにせ俺は桧木の家が何処にあるのか知らないので、送り届けるならば彼女にナビを任せるしかない。
まあ、こんな時間も悪くない。楽しそうな桧木を見ているのは嫌いじゃないから。
「ふう。ちょっと話しすぎちゃったかな」
「だいぶ。正直何言ってるのか分からんかった」
「え? じゃあもう一回説明する?」
「いや勘弁してください」
冗談だよーと桧木がくすくす笑っている。
「でも、話があるのは本当だからね。ちょっとそこの公園で止まってもいい?」
「……ああ」
薄暗い近所の公園。彼女は街灯に照らされたベンチを指差している。
来てしまった。彼女の言っていた、大事な話とやらを聞く時だ。
俺たちは老朽化した木製ベンチに並んで腰掛ける。先ほどまでいた賑やかで広い緑地公園と比べると随分殺風景だ。時間も遅いので人の姿はまったくないが、彼女の話を静かに聞くなら好都合かもしれない。
何を話すつもりなのか、かなり怖い。けれど何が怖いのか俺自身もよく分かっていない。
彼女の家の事情。そして、そんな厳しい中で今日無茶をしてまで遊びに出てきた理由。聞けるのはそんなところだろうか。
桧木は軽く深呼吸をしてから、俺へ視線を向ける。
「さて、どこから話そうかな」
そう言うと同時に、彼女の表情から笑いの成分が消えた。スッと真顔になられると俺の不安も倍増する。
ごくりと唾を呑む音。俺か桧木か、あるいは両方のものかもしれない。それぐらい緊張感が漂っている。
彼女の薄い唇が、ゆっくりと開かれた。
「恵人くん。あたしは今日まで――君を利用してたの」
「……え?」
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