第23話 大事な話
「いただきまーす!」
公園の広場まで向かい、部長が広げたレジャーシートに全員で座り込んだ。天体観測で使っていたものと同じだが、前回は手狭だったので二枚準備している。……これ部の備品だと思うけど、勝手に持ち出して大丈夫なのかな。
さっそく俺の持ってきた弁当に桧木が手を伸ばしていた。おにぎりや玉子焼きなどオーソドックスな料理をいつもの倍以上ある弁当箱に詰めてきたが、人数を思うとまだ足りないかもしれない。特に桧木はよく食べるし。その辺は津々木先輩の弁当がどうなっているのか次第だ。
見ると、先輩の方はサンドイッチを用意していたらしい。料理のラインナップは打ち合わせていなかったが、被らなくてよかった。
「昼休みに見ていた恵人くんのお弁当、前から食べてみたいと思ってたんだよねー」
鮭と梅干のおにぎりを両手に持ちながら桧木が言う。こいつ俺の弁当見ながら毎日そんなこと考えていたのか。
口に運んでは言葉にならない感嘆を漏らしているが、おにぎりに関しては特別なことなんてしていない。感動するなら他の料理にしてほしいところだ。
隣でピックに刺した唐揚げを食べている宇久井も、意外そうな顔で俺を見ていた。
「へえ。伊久里、マジで料理できたんだ」
「嘘ついてどうすんだよ」
「皮肉でなく凄いと思ってる。尊敬」
「いやあ、料理男子はモテるよ。素晴らしいね、伊久里くん」
部長も玉子焼きを頬張りながらそんなことを言っている。まあ、この一五年モテた試しもないが。
一方で、同じく俺の弁当に口をつけながら渋い顔をしているのは津々木先輩だ。
「む。悔しいが、本当にやるね」
何が悔しいんだろう。対決だと思っているのは先輩側だけで、俺は張り合うつもりは毛頭ないぞ。
俺も先輩のサンドイッチへと目をやる。ハムやキュウリなどの定番食材もあるが、見慣れないものの方が気になるところだ。スクランブルエッグの中に何か別の具材が混ぜられているものが気になり手に取る。
「これ、卵と一緒に何か入れてます?」
「目ざといねぇ、いくりん。それはしらすだよ」
へえ、たまごとしらす。一緒になった味をあまり想像できないが、美味しいのだろうか。物は試しで口に含んでみる。
「お、旨い」
ケチャップも入っており結構甘い味わいだ。魚と卵の相性もよく、サンドイッチのおかずとしての手軽さも向いている。先輩のひと手間を感じられるし、これは新しい知見を得た。
俺のシンプルな感想に津々木先輩は満足そうな顔をしている。勝負に勝ったという表情だが、俺は争っていないのでいつでも譲ります。
根古屋副部長も変わった具材のものを口にして、目を丸くしている。
「カルボナーラのサンドイッチ……。これは興味深いです、美味しい」
「寿莉先輩のお口にも合うようで良かったです。今日は気合入れてきましたからね」
「ダーリン。
根古屋先輩は、そのまま食べかけのサンドイッチを部長の口元に持って行った。
俺のおにぎりを手にしたまま、躊躇なくそれを食べる部長。この人たちも公衆の面前で凄いことするなあ。天文部は慣れ切っているので普通に眺めているが、かなり大胆なイチャつきだ。
カルボナーラサンドイッチは部長にも好評だったようで、根古屋副部長から餌付けされるがままあっという間に胃の中に消えていった。
その様子を見ていた桧木が、手元の食べ差しおにぎりを見つめる。
「……恵人くん、あーん」
「はっ!? やめろ恥ずかしい」
本物の恋人ですらそういうことは滅多にしないと思うし、何より俺たちは付き合ってない。対外的なアピールも学校の外では意味ないだろう。何を真似しようとしているのだ。
というか、桧木の食べかけなんて食えない。汚いとかではなく、付加価値が凄いことになっていて俺が手を出せる代物ではないという意味で。
拒否する俺を見て少し不服そうな顔をすると、桧木は自分の口の中に押し込んだ。なんで残念な感じになっているのだろうか、分からん。
「料理自慢が二人もいれば、部の食糧危機は乗り越えたも同然だね」
「食糧危機だったんですか」
「いや全然」
部長の適当な発言に突っ込んでいるとキリが無さそうだ。俺は津々木先輩のサンドイッチをもう一つ手にとった。甘い。アプリコットジャムを挟んだデザートサンドだったらしい。
「プラネタリウムは一五時からなので、しばらく時間がある。この後何処か行きたいところあるかい?」
部長が全員に向かって問う。スマートフォンの画面を開いて時計を見ると、今はまだ一二時手前だった。かなり余裕があるな。
「はい。さっき科学館に載ってた生き物がみたいので、つつじ山が見たいです」
「お、いいね。菖蒲園もあるし、花も見所だと思うよ」
宇久井が提案し、部長がそれを快諾した。
この緑地公園には野鳥などもいるようで、動物観察も楽しそうだ。科学館ではそんな自然に関する内容も多く見受けられたし、俺の好奇心もくすぐられる。
しばらく食事をした後、俺たちは園内の散策へと乗り出すことになった。
○
都会の真ん中にある公園だが、つつじ山や菖蒲園などの自然は雄大で心が洗われる。生き物を見つけては騒ぎ、あれやこれやと話している時間は無為だがとても楽しかった。
特に桧木はその時間を楽しむように人一倍大きくリアクションを取っていた。喜んでいるならいいが、正直言うと何処か不自然に見えて俺は落ち着かない。
途中で食後のデザートとして屋台のアイスを買ったり、再び科学館に戻ってきて時間を潰していると、気づけばもうプラネタリウムの時間だった。
チケットはあるものの座席は自由席ということで、団体で座るならば早く入場するに越したことは無い。俺たちは早速館内の座席を横一列で陣取った。俺は一番端で、隣には桧木が座っている。
今日の上演プログラムはプラネタリウム自体のデジタル投影に関する解説を含んだ宇宙旅行というもので、初見には随分とマニアックな内容に思えたが仕方ない。春の星座に関する復習も出来るようなので、俺は少ない知識を頼りに解説に食いついていこう。
「楽しみだね」
隣で桧木が言う。場内はかなり静かだったので、彼女も自ずとヒソヒソ声になっている。
「桧木は実際の星空だけじゃなくて、プラネタリウムも好きなのか?」
「当然! この科学館はスタッフさんの解説も聞きやすくて良いって評判なんだって。期待が膨らむよ!」
放っておいたら跳ねて回るんじゃないかというほど静かに盛り上がっている桧木を見て、俺は苦笑する。
今日は一日通して、彼女の星好きが相当なものだと再認識する日になったと改めて思う。色々と隠し事やら嘘も多い少女だが、とにかく星については笑みを抑えきれないらしい。
その純粋に喜んでいる顔を見るのは、悪くない。
「始まる前なのに、楽しそうだな」
まだ何も映っていないスクリーンに向けて目を輝かせている桧木を見て、俺は思わず感想を伝えた。
「うん! ……今日を最高の思い出にするって決めてきたからね」
「バスでもそんなこと言ってたけど、意気込みすぎじゃないか?」
ただ遊びに出掛けているだけなのに、桧木は随分と意気込んでいるように見える。
前にも言ったが、天文部の活動はこれからも続いていく。夏や冬には合宿もあるらしいし、文化祭では自作プラネタリウムの製作が恒例となっていると聞いた。俺たちが部を辞めない限り三年間続くわけだし、思い出は沢山作れるだろう。
彼女が何故この瞬間に前のめりになっているのか、俺にはよく分からない。
「ねえ、恵人くん」
「ん? なんだ?」
俺の方を真っ直ぐ見る桧木。
相変わらず大きく澄んだ瞳が、館内の照明を反射してキラりと光る。真面目な表情が俺の不安を掻き立てた。
「今日の帰り、時間あるかな?」
「後に予定はないし、大丈夫だけど……」
「うん。ちょっと、話があるの。大事な話」
言うと、彼女は緊張を解いてニコりと微笑んだ。
なんだか胸騒ぎがする。その話を聞いた後は? 笑っているのに、何故かシリアスな雰囲気を纏ったままの表情に揺さぶられる。
心を乱されたまま、プラネタリウム内に上映開始のアナウンスが流れ始める。どうにも集中できないまま、俺は仕方なく正面のスクリーンへ姿勢を変えた。
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