第21話 一生の思い出にするから
「やあやあみんな、お揃いで」
助けを求める俺の気持ちが天に届いたのか、改札口から暮尾部長と根古屋副部長、そして桧木がセットで出てきた。
学校行事ではないため青野先生は来ない。これで全員集合である。
「桧木さんも同じ電車だったので合流してきました」
「おはようございます!」
暮尾部長はシャツの上に薄手の黒いブルゾンを羽織っていた。下のジーンズも込みでかなりラフな格好だが、背が高いのもあって充分様になっている。発言にはおかしなところもあるが、やっぱりこの人も美形なんだよな……。
隣の根古屋先輩は肩出しの大胆なトップスで、普段のお淑やかな雰囲気とは一味違う雰囲気を醸し出している。長いレースのスカートと合わせてあり、派手過ぎず何処か妖艶な雰囲気が漂っていた。可愛いよりも綺麗という言葉がピッタリだろう。
そして――桧木。
白地が中心のモノクロなワンピース姿は、パッと見ドレスのようにも見える。多少フリルはついているが、全体的に見ればかなり落ち着いた風貌だ。だが桧木自身の見た目も相まって、気品を感じさせるようなまとまりになっている。
他の皆にも言えることだが、普段制服しか見ていないので私服姿はそれだけで新鮮さを感じさせる。
その中でも桧木は……なんというか。俺は言葉に出来ない感覚だった。
「どう? 似合う?」
彼女がスカートをちょこんと持ち上げて、お嬢様風にお辞儀して見せびらかしてきた。
その所作も、学校での底抜けに明るいものとは違って緊張する。
「あ、ああ。普段より清楚に見えて、ちょっとビックリしてる」
「何それー。普段のあたしがガサツってこと?」
桧木は口元に手を当てて控えめに笑った。
トレードマークのポニーテールだけは崩していないが、こうも印象が違うとは。学校外という環境も合わさって、はじめて会ったような不思議な気持ちさえ感じられる。
改めて言うまでもないが、この子はやっぱり人気者たり得る容姿をしているんだな。
部長が号令を掛ける。
「さて、揃ったところで早速移動だ。徒歩で行くこともできるけど、今日はバスにしようか」
これから向かう宙と緑の科学館は、駅から二〇分ほどに位置する市運営の施設だ。展示室の入館は無料になっていて、一部資料に特別利用料が掛かるのと、プラネタリウムの鑑賞が有料になっている。それでも俺たち高校生は観覧料金二〇〇円と破格すぎる安さだった。
また、科学館の周辺は緑地公園になっていて、他の博物館なども併設されている観光スポット。特に予定を立てているわけではないが、気になるものがあれば全員で他の施設を見るのも有りだという話になっている。
せっかく公園に行くならということで部長はレジャーシートを持ってきている。料理好きな俺と津々木先輩がそれぞれ弁当を作ることになったので、現地の売店も活用しつつ半分ピクニックを楽しむのも目的になっていた。特に指定はなかったが、恐らく副部長も水筒に紅茶を用意していることだろう。
「みんなで出掛けるなんて、夢みたいだね」
バス車内で桧木が話しかけてきた。顔からウキウキが滲み出ている。
「桧木、天体観測の時も似たようなこと言ってなかったか?」
「そうだっけ。でも本当だよ? あたしあんまり友達とお出掛けしてこなかったから」
学校での彼女は友達も多いように見えたし、前までの俺ならこの言葉を信じなかっただろう。
けれど、宇久井が小学校の時に聞いた「もう遊べない」という親からの通達。それが桧木家で今まで守られてきたのなら、このワクワクも嘘偽りのないものだと分かる。
では、何故今日は大丈夫だったのか。というか、本当に大丈夫なのか。
俺も宇久井もそこを気にしている。
「今日は全力で楽しもうね。あたし、一生の思い出にするから」
「んな大袈裟な。部活でこれからもたくさん出掛ける事になりそうだし、全部大事にしてたらキリ無いぞ」
天文部が一丸となって活動する機会はこれからも多そうだ。その全部を一生の思い出にしていたら、脳みその記憶領域がパンクしかねない。
俺の言葉に、桧木は答えなかった。
○
終点の公園前に到着。俺たちはぞろぞろとバスから降り、入り口すぐの観光案内所で園内マップを手に取った。
「結構地元なのに、来た記憶が殆どないんですよね。この公園」
言いつつ、俺はマップを眺める。目的地の科学館以外にも、美術館や漫画家の記念ミュージアムもある。俺たちには縁がなさそうだが、広い敷地を陣取っているゴルフ場なども存在しており公園全体の面積はかなり大きい。
部長たちはニコりと笑う。
「それは勿体ないねえ伊久里くん。後で見に行くと思うけど、薔薇や菖蒲が咲き乱れるところもあるし、季節によっては梅園でお花見なんかもできる。桧木さんとのデートで今後も活用したまえ」
「はあ……」
デートはともかく、確かにこれだけ立派な公園を利用していないのは惜しいことをしている。各種施設の案内を見ると中学生以下なら無料のものも多かったので、尚更勿体なかった。
隣で話を聞いていた桧木が俺に目配せした。
「デートだって」
「え? な、何?」
「結局休みの日も一緒に出掛けちゃったね。ありがと」
感謝の気持ちなのだろうが、悪戯っぽく笑う彼女の顔は小悪魔的で、俺は上手く言い返すことができない。
「さて、順路どおり回っていけば最初に科学館だ。プラネタリウムは夕方の回を観る予定だから、まずは展示を見て回ろう」
部長がそう言って、俺たちは全員で園内を進んでいく。
この前の不自然な表情が嘘のように、今日の桧木は常に明るかった。公園で何かを見つけてはワーキャー言ったり、宇久井や津々木先輩とじゃれ合ったり。
心配は俺の杞憂だったのかと一瞬安堵したが……何処か無理しているようにも見える。思い過ごしならそれでいいのだが、どうにも無理にテンションを上げているんじゃないかと勘繰ってしまう。
それについては、道中で宇久井も触れてきた。
「千央、やっぱ変」
「……そうだよな」
そうは言っても、彼女が何も相談してこない以上俺からできることは何もない。
むしろ、気分を上げて今日を満喫するつもりならそのノリに付き合ってあげる方がよほどいいだろう。
俺自身、科学館の展示には興味がある。天体観測で星に触れてから、知識不足を何とかしたい気持ちもあった。
一度気持ちを切り替えて、一緒にはしゃいだ方がいいかもしれない。
「よーし、到着」
見えてきたのは二階建ての建物。ガラス張りの入り口から中の盛況ぶりが伺える。日曜日ということもあってか家族連れが多く、高校生の団体である俺たちはそれなりに目立っているように感じた。
建物にはカフェがくっ付いている。テラス席もある割とお洒落な場所だ。店舗名も「星めぐり」というらしく科学館に相応しい。
「まあ、天文部としては毎年遊びに来ているし、何なら僕とハニーはプライベートでもよく遊びに来るから、一年生諸君が楽しんでくれたまえ」
「はーい! 楽しみます!」
部長の言葉に元気よく答える桧木。今にも駆け出しそうな雰囲気で目をキラキラさせている彼女に遅れないように、さっそく全員で館内へと繰り出した。
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