第15話 アタシに隠し事してない?

「どう……って?」


 あまりにも直球で投げられた問いかけにたじろいで、俺は曖昧の問い返してしまう。

 先輩はその煮え切らない態度にもお怒りの様子だ。打ち解けられると思ったが、やはり設けられたハードルは高い。


「この質問に、なーんですぐに“好きです”とか“愛しています”って返せないかな!?」


 かなりの剣幕で怒鳴られてしまった。

 静かなオシャレ喫茶に響く声を受けて、周りの客が何事かとこちらを凝視している。二人で入るとカップルみたいだと先輩は茶化していたが、これでは破局間違いなしの修羅場状態にしか見えないだろう。

 取り繕う言葉を伝えなければいけないんだが、残念ながら俺はそんなに器用じゃない。

 偽彼氏役は桧木がいることでペースを合わせてなんとかやっているだけで、彼女のいない場面で演じ切る自信はなかった。好きですや愛していますなんて恥ずかしい嘘を堂々と並べられる器量もない。

 どうすべきだろう。津々木先輩は桧木からの信用もある人物だし、いっそ事の顛末を教えた方が……。


「いくりん。恥ずかしがってるのかもしれないけれどさ」

「え? ま、まあ」

「ピノっちは可愛いし、ボヤボヤしてたら他の子に盗られちゃうよ?」


 俺たちがくっ付いているのが気に食わないらしいのに、そういう忠告をするのか。

 盗られる。

 別に構わない。本来彼女は俺と一緒にいるべき存在じゃないのだから。

 クラスの中心で輝く星のような人間が、何の取り柄も地味男と共に過ごしているのが不自然なのだ。それは桧木にもそう言っているし、どんなに長くても夏休みまでの契約になっている。

 なのに。

 何故か先輩の一言に心の奥が揺らいでいる自分がいて、意味が分からない。

 いったん落ち着こうとコーヒーに口をつけた。苦みがさっきよりも増した気がして顔をしかめる。


「やっぱ、なーんか変だよね。君たち」


 先輩がボソッと呟く。その言葉に俺はギョッとした。

 偽物の関係性がバレているかもしれない。


「ピノっちが君を頼りにしているのは本当。君がピノっちを守ってあげようとしているのも本当。なのに、どうにもカップルに見えないんだよねー。女の勘だけど」


 まずい。勘付かれている。

 それも俺たちが何か口を滑らせたのではなく、先輩の観察眼だけで見抜かれようとしている。やっぱヘタクソなのかな、俺たち。


「いくりんさ――アタシに隠し事してない?」


 先輩が鋭い視線でこちらを突き刺してきた。

 たぶん今の俺は冷や汗ダラダラでみっともない事この上ないだろう。

 それでも、ズバリ言い当てられるまでは桧木との約束を遵守しなければならない。先輩に打ち明けて困ることになるとは思えないし、仲間は多い方がいいとも言えるが、それでも俺の独断で明かすのはマズい。

 とにかく何か言わねば。


「先輩は、隠し事されてたら怒ります?」


 焦りのあまり、ほぼぶっちゃけているようなことを口走ってしまった。

 が、ひとまずそこには突っ込まれず、先輩はうーんと考える素振りを見せてくれる。


「ま、時と場合によるかな。嘘も方便って言うしね。というか、ピノっちはしょっちゅう嘘つくじゃん」

「え?」


 嘘については寛容なようだったが、桧木に対する所感は意外なものだった。

 偽彼氏を始め、桧木は周囲の期待を裏切らないように嘘を重ねてしまう。それは本人の語るところだ。

 だが、嘘つきだと見破られているのは想定外。じゃあ先輩には色々と筒抜けなのではないか?


「知ってる? ピノっちはね、嘘をつくとき鼻がひくひくするんだよ」

「先輩もその癖に気づいてたんですか……」

「おぉ。その言い方だといくりんも分かってんじゃん。やるね」


 気づいたのはつい先日だ。彼女は虚勢を張るためにドヤ顔で嘘を補強しようとするが、鼻先がひくついて言い慣れていないことが丸わかりになってしまう。

 学校の昼休みにずっと話をしていてようやく分かったレベルの反応だったが、先輩も気づいているとは。この人、鋭い。


「だからアタシ、ピノっちって呼んでるんだよ」

「? どういうことですか?」


 先輩が桧木をピノっちと呼んでいるのは気になっていたが、突然その話になって俺はついていかなかった。

 宇久井のことも下の名前を取ってランランと呼んでいたし、俺も今しがたいくりんにされてしまったので深く考えていなかったが、何か意味があったのか。


「ひのきちお。って、なんだかピノッキオみたいな名前じゃない?」


 ピノッキオ。海外の児童文学で、映画化もされている有名な話。

 確か、ピノキオは嘘をつくと鼻が伸びるんだったか。そんなシーンがあった気がする。なるほど、そう言われれば名前だけでなく桧木にこれ以上なく似合っている。


「愛称、そこから来てたんですか」

「そう。すぐ嘘ついちゃって鼻が反応しちゃうところとか、純粋で周りに流されやすいところとか。ピノっちはピノッキオそっくり」


 桧木千央はピノキオ少女だったのか。言われるほどに合点がいく。


「いくりんはピノッキオの話が最後どうなるか知ってる?」

「いや、あんまり覚えてないです」


 有名な映画版は見た記憶があるが、本当に幼い時に一度きりだ。鼻が伸びるイメージだけ鮮明に残っているが、あらすじも結末も思い出せない。

 先輩はミルクティーを啜って、のんびりとした口調で教えてくれる。


「いっぱい嘘をついて、酷い目にもあっちゃうピノキオだけど……最後は親でもあるお爺さんを助けるために頑張って、そこを認められて人間にしてもらえるんだ」

「なんかそう言われると桧木が人間じゃないみたいですね」


 冗談交じりに言ってみたが、先輩はあまり笑ってくれなかった。

 それどころか、カフェの窓から遠くへ視線を向けて心配そうに呟く。


「ピノっちはさ、嘘ついてる時しんどそうなんだよね。肩肘張ってるっていうか。誰にも頼ろうとしないし」


 分からなくはない。なんでか知らないけれどあいつはいつも必死だ。

 言わなくてもいい嘘をついて、周りの目を気にしている。俺以外には壁を感じさせているということも部長たちの話から分かった。


「そんなピノっちの力を抜いて人間にしてあげられるのは、いくりんだけかもしれないよ?」

「人間にって……」


 どういう意図の言葉なのか上手く理解できない。

 言い方に引っかかるものを感じて何か問おうかと思ったが、先輩は空になったクロックムッシュの皿とティーカップに向けて「ごちそうさま」と手を合わせていた。

 お開きの雰囲気を作っているのだとすぐに理解する。


「ピノっちに何かあったら、よろしくね」

「何かってなんです?」

「それはまだ分からないけれど……なんとなく、嫌な予感がするから」


 曖昧だが、先輩は何かを危惧しているようだ。

 俺も思うところが無いわけではない。来週の天体観測で夜まで参加できるかと青野先生に問われた桧木は、一瞬の間があった後に「許可を取ってくる」と言っていた。逆にいえば、あの段階では許可を取れていないということでもある。

 やたらと門限に厳しいらしい桧木家で、本当に無事参加できるのだろうか。

 あの言葉も彼女の虚勢、嘘なんじゃないかと俺は疑っている。鼻はひくついてなかった気がするけれど。


「何もなければいいんだけどね。ま、これも女の勘ってことで」

「……何かあったら、俺もできる限りのことはします」


 桧木を心配している先輩につられて、最後に言わなければいけない気がして言葉にする。

 先輩は頷くと、俺にしっかり視線を合わせてジッと見つめた。


「やっぱり、悪いやつには見えないね。いくりん」


 そう言ってもらえると助かります。

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