第14話 本当はどう思ってんの?

 放課後や休みの日、大抵の場合俺の予定はスーパーへの買い出しだ。

 最初はやたらと仕事が忙しくてままならない父親の代理として始まった家事だが、気づけばどれも卒なくこなせるようになった。料理は数少ない趣味と言えるかもしれない。

 美味い飯を作れば父親も喜ぶし、節約を心がければ家計も助かる。作り置きできるものを作れば翌日の弁当も豪華になる。なんと素晴らしいのだろう。

 俺はこの手のやり繰りが割と嫌いじゃない。天文部に正式加入した暁には会計とかの仕事に就かせてもらおう。そんな役職があるのかは知らないし聞いていないけれど。


「さーて……今日はどうすっかな」


 本日、日曜日。

 明日からまた学校なので、作るならば弁当のおかずになるものがいい。普段油の処理が面倒くさくて避けがちな揚げ物辺りが休日の候補になりがちだ。せっかく時間があるのだから凝ったものに挑戦するのも悪くないが……。

 色々考えながら食品を眺めていると、後ろから聞き覚えのある声で呼びかけられた。


「ん、あれ? ピノっちのオマケくん?」


 誰がオマケだ。今は桧木もいないのに。

 そう思いつつ振り向くと、そこには津々木先輩がいた。当たり前だがいつもの制服姿ではない。

 ウェーブがかった金髪もアクセサリの豪華さも変わらないが、丈の短い黒のタンクトップからはヘソが見えており、下も何故そんなに短いんだというショートパンツ姿。そこから健康的な脚がすらりと伸びている。レースのソックスとエンジニアブーツ、羽織ったクリーム色のカーディガンがお洒落さを際立たせていた。

 まさか近所のスーパーで先輩に出会うとは。なんと声を掛けるべきか悩んでしまう。


「なにー? うわ、面倒なところで会っちゃったなーって顔してない?」

「い、いやいや。奇遇ですね」

「苦笑いすぎー。ま、いいけどね」


 茶化して言う先輩は、部室よりも少しだけ印象が柔らかい。とはいえ見た目がバリバリのギャルなので恐れもある。

 チラりと先輩の買い物かごを見ると、チョコレートやココアパウダー、砂糖と甘いものが並んでいる。卵のパックも確認できたので、お菓子作りと見た。


「……ガトーショコラとかですか?」


 思わず推理を口にしてしまったが、いきなりすぎて失礼だったかもしれない。

 が、先輩は少し驚いた顔をした後、にっこりと笑ってくれた。


「これだけでよく分かるねー」

「お菓子は専門外ですけど、なんとなく」


 実際、俺はお菓子作りの経験がない。家庭料理専門だ。

 先輩は反対に俺の買い物かごを見ている。と言っても、野菜や鶏肉など安いものから買い集めているだけで、具体的に料理を決めているわけでもない。当てられるものも無いだろう。


「お家の手伝い?」

「そんなところです。料理は俺担当なので」

「え、じゃあ一人で作れんの?」

「これでも小学校の頃からやってるので、それなりには」

「おー、偉いねー」


 めちゃめちゃ子供をあやすノリでそう言うと、先輩は俺の頭を撫でてきた。かなり恥ずかしい。

 先輩は俺の顔をじろじろと見て、何かを考えている。


「すぐ駄目になっちゃう食材とか買ってない? 時間ありそうなら、ちょっとだけ話そうよ」

「え?」


 意外な提案をされてしまった。

 先輩は桧木が連れてきた男である俺を敵対視している。よく考えたら部活に入って一週間以上経つのに名前すら呼ばれていない。大抵は「引っ付き虫」とか「オマケ」とか、一言で俺のことが嫌いなんだろうなと分かる愛称が出てきていた。

 なので先輩と楽しくお喋りの構図が見えない。正直ちょっと怖いぞ、ギャルだし。


「だめ?」


 俺が悩んでいると、先輩は小首を傾げて訊いてきた。え、何それあざとい。


「いいですけど……」

「じゃあ決まりね。先に買い物済ませちゃおう、近くに良いカフェがあるから」


 立ち話を少々とかじゃなくカフェでお茶する流れだったのか。

 先輩と二人でお茶。ますます想像できないが、了解した以上男に二言は無い。どんな空気になるのか分からないが、俺は覚悟を決めた。



 先輩の言う良いカフェは、確かにとても風情のあるお店だった。

 古民家カフェというのだろうか、和の雰囲気漂う店内に案内されて二人で対面に腰かける。それなりに大荷物になってしまった買い物袋をそれぞれ下ろすと、店員さんが出してくれた水に口をつける。


「二人でこんな店入ると、カップルみたいじゃない?」

「へ!?」


 先輩が不意打ちで変なことを言うので、俺は思わずひっくり返った声をあげてしまう。

 その反応を見て先輩はくすくす笑っていた。この人、楽しんでやがる。


「流石にそんな話、ピノっちに悪いか。アタシ、他人の男に手を出すようなサイテーなやつになりたくないし」


 この人の考えが読めない。嫌いな男にそんな言い方するか普通?

 メニューを見ながらニコニコしている津々木先輩の顔色を伺いつつ、俺も注文を考える。学生が入るには少々値が張るお店でそっちでもドキドキした。

 結局、悩んだ末に俺はコーヒーとチョコレートを注文。先輩はロイヤルミルクティーとクロックムッシュを頼んだ。


「アタシさ、君のこと知りたいと思ってたんだよね」

「本当ですか? 先輩、俺のこと敵視してるっぽいですけど」


 普段の態度を見ていて俺に興味があるとはまるで思えない。

 先輩はかなり美人で、しかも圧倒的に陽の人間だ。住んでいる世界が違いすぎて、俺のような平均的庶民に声を掛けたがるとは考えづらい。

 案の定、先輩はペロりと舌を出した。


「正直に言っちゃえば、好きじゃないよ」

「じゃあなんで誘ったんですか」

「好きじゃないから誘ったんだよ」


 なんだそれは。禅問答か?


「天文部でピノっちに会って、とんでもなく可愛い子だなーって思ったの」

「はあ」


 急に先輩は桧木の印象について語り出した。会話の流れが掴めず、俺は生返事をする。


「でも、すごく危なっかしい子だなって分かって。勝手ながら、ちょっと自分を重ねてたんだ」

「先輩と桧木って、重なるんですか?」


 確かにどちらも明るく元気なキャラクターだと思うが、少し傾向が違う気もする。先輩は仲良くする相手を選ぶタイプで、桧木は誰にでも分け隔てない。

 本人がどう感じているかはまた別なのだろうけれど、あまりピンと来なかった。


「アタシ、これでも中学時代はすっごい根暗だったんだよ」

「マジですか」

「そ。で、クラスメイトに無理矢理仕事を押し付けられたりとか、自分が無いやつだった。しんどかったなー」


 今とはまったく違う印象を語っている。想像できないが、懐かしむような顔をしている先輩に嘘はないように思えた。


「高校に入ってアタシは見てのとおり大変身したけどさ。ピノっちは昔のアタシと同じ匂いがするわけ」


 同じ匂い。

 そう言っても桧木は根が明るい。確かに周囲に対して良い恰好しがちで、嘘をついて自分を苦しめている部分はあるようだが、しんどさを感じているようには見えない。

 しかし、先輩が何かを読み取っているのも確かだ。


「だから君が現れた時、ピノっちの弱みに付け込んでるんじゃないかと思った」

「俺、そんな悪いやつに見えます……?」

「だいじょぶ。今は見えないよー」


 じゃあ前は見えてたんじゃん。


「しばらく観察して、ピノっちは君のことをちゃんと頼りにしてるし、君もピノっちの世話を焼いてるんだなって分かった、だから今日は誘えたって感じ」

「誤解が解けたならよかったですけど」


 桧木を心配しての敵対だったのなら、悪気はないのだろう。

 俺も無駄に肩肘張る必要はないし、此処から打ち解けられるなら部員としてもありがたい。そういう意味では、この席を設けてくれてよかったかもしれない。

 店員さんが注文を運んでくる。先輩がクロックムッシュを頬張り、俺はコーヒーに口をつけた。

 しばらく食事を続け、次の会話口を探す。いったん落ち着くまで待つかと思いつつチョコレートを口に含むと、コーヒーの苦みが程よく緩和されていった。

 まつ毛がばっちり整えられた先輩の目が、俺を凝視する。


「ねえ、いくりん」


 いくりん……って俺のことだよな? 初めて呼ばれた名が謎な愛称だと反応が遅れる。

 だが、あだ名の妙ちくりんさに反して先輩の顔は真剣そのものだった。


「ピノっちのこと、本当はどう思ってんの?」

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