第9話 なんで天文部に入ったんですか?

 放課後。仮と言ってもせっかく入部したので部員の人と顔馴染みぐらいにはなっておきたいと思い、俺は桧木と共に地学準備室を訪れた。

 昨日の説明どおり部活が無くてもみんな暇つぶしに集まっているようで、全員がその場に揃っている。


「ヤッホー、ピノっち! ……と、引っつき虫くん」

津々木つづき先輩、当たりキツくないですか?」


 今日もギャル先輩は俺に冷たい。桧木のことを溺愛しているようで、彼氏として現れた俺を目の敵にしている。

 声をかけながら桧木にぴったり抱き着き頬ずりしている津々木先輩。これじゃあどっちが引っつき虫なんだか。

 なんとなくこちらに見せつけているように見えたが、残念ながら偽彼氏なので嫉妬とかは無いんです。

 奥を見やると、暮尾くれお部長たちは今日ものんびりと紅茶を嗜んでいる。料理研究会からのお土産がなくてもティータイムは欠かさないようだ。


「さっそく遊びに来てくれて嬉しいよ。改めてよろしく、伊久里くん」


 部長が気軽な感じで言ってくれたので、俺も会釈しながら昨日と同じ席に座った。他の面々も定位置になっているのか変わらぬ配置で腰かけている。

 が、津々木先輩だけは自分の鞄を拾って部屋の入り口へと歩き出していた。


「今日は料理研があるので失礼しまーす。ピノっちの顔見たくて待ってたんだよねー」

「えー、ろこちゃん先輩行っちゃうんだ。またお菓子待ってます!」

「残念、今日はミーティングだけだよー。じゃね!」


 言いながら最後にピースサインを見せ、そのまま立ち去っていく津々木先輩。

 相変わらず騒がしい人だ。俺への態度がもう少し軟化してくれると、悪い人じゃないと思うんだけど……。

 そんなことを考えている間に、根古屋ねこや副部長が紅茶を淹れて目の前に置いてくれる。


楼心ろこさんはいつも元気ね」

「紅茶、ありがとうございます」


 穏やかに微笑む根古屋さん。いつもこの人が飲み物を渡してくれるが、天文部の給仕係なんだろうか。

 津々木先輩とは対照的に根古屋先輩はすごく落ち着いている。何事にも動じない雰囲気があるが、この調子のまま失言をした部長を締め上げるので結構おっかない。


「そうだ千央。これ返すね」

「おお、さっすが蘭ちゃん、もう読み終わったんだ。それでそれで? どうたった?」

「面白かったよ。天文部のお話だったし、共感するところもたくさんあって。結構好き」

「でしょー! 読んでビビッと来たんだよねー」


 津々木先輩の喧騒を物ともせず読書に耽っていた最後の部員、宇久井うくいが鞄から一冊の本を取り出して桧木に手渡している。どうやら彼女が貸していた小説らしい。

 宇久井は見た目から本の虫という感じだが、桧木も小説とか読むのか。意外な一面を垣間見た気分。

 そういえば、この二人もどういう関係なんだろう。この春からにしては随分と仲が良いし、同じ中学出身とかなのだろうか。

 関係性をぼんやり考えて過ごす程度には、なんでもない自由な時間だ。居心地は良いんだが、部室のあり方がこれでいいのだろうか。

 俺は何の気なしに部長へ問いかけてみる。


「部長、部の活動スケジュールとかってあります?」

「ん? ああ、そうか。まずはコレが必要だね」


 部活動についての話題が欲しくて話を振ったのだが、部長は何かに気づいたようでスマホを取り出した。そのままメッセージアプリが開かれる。


「部の予定は、グループトークで回してるんだよ。仮入部とはいえ、伊久里くんも入ってもらえると助かる」

「あ、じゃあ友達だしあたしからグループに誘うね」


 横で聞いていた桧木もスマホを取り出してポチポチと操作し始めた。

 残念ながら友達の絶対数が少ない俺はグループ機能にも縁がない。宮下を通じてクラスの大多数が入っているグループに入らされた気がするが、通知が面倒くさいので早々にミュートにしてしまった。

 今にして思えば、桧木と付き合っているだとかの噂もグループから流れていたのかもしれない。自分が話題に挙がるなんて思いもしなかったが、きちんとチェックするのも大事だな。


「ちなみに、来週は伊久里くんも交えて望遠鏡の取り扱い方を青野先生に教えてもらう予定になるよ」

「望遠鏡。触ったことないですね」


 見ると、部室の端に縦長の大きな鞄が鎮座している。あれに収納されているのだろうが、仕舞われているので実物を確認することは出来ない。

 部長の言葉を聞いて目を輝かせる桧木。


「で、早速再来週は本番! 屋上で天体観測なんだよ!」


 勢いよく宣言する桧木。この子は本当に星が好きなんだな、はしゃぎすぎて唾が飛んでいるのだけは止めてほしいけれど。

 とりあえず今月の予定は見えた。あまりにも早急だが、使い方を学んで即実践というわけだ。天体観測というワードには惹かれるものがあるし、屋上に立ち入ってみんなで星を見るというのは未知の経験。夜まで学校にいることも普通では体験できないので、非日常感に胸が騒いだりする。

 俺の顔を見て、桧木がニヤりとした。


「恵人くんも、楽しみになってきたでしょ?」

「え? ま、まあ……」

「ふふーん。正式入部待ったなしだね!」


 何故か勝ち誇られてしまった。

 桧木のテンションが上がっているのは分かるが、やっぱり他のみんなも星が好きなんだろうか。チラりとそれぞれの表情を伺うが、流石に変化がハッキリしているのは桧木だけだ。


「部長はなんで天文部に入ったんですか?」


 これも深く考えず聞いてみた。この部室は思ったことをそのまま口にしていいような緩い空気が流れ続けている気がする。

 部長は銀縁眼鏡の奥で瞳をギラりと輝かせた。


「僕はこの部活に浪漫を求めて、はるばるやって来たのさ」

「はるばる? 浪漫?」

「そう。星が僕を呼んでいた……とでも言うのかな。この部活こそが僕の生きる場所だと直感で感じて、」

「ダーリン。テキトーなこと言っちゃ駄目ですよ」


 なんだか長くなりそうな話を、副部長が穏やかな声でぶった切る。


「ダーリンは、私を追いかけて部に来ただけです」

「めちゃめちゃ不純な理由じゃないですか」


 どこが浪漫を求めてなんだ。


「いーや、合っている。ハニーという星が僕を呼んでいたんだよ」

「まあ、ダーリンったら」

「ああ、そうだハニー! 愛しているとも!」


 なんか二人の世界に入り始めた。余所でやってくれ。

 盛り上がっている二人を放っておいて、俺は隣に並ぶ女子二人に視線を向き直る。


「桧木は……なんか聞くまでもない気がするけど」

「ちょっと、興味持ってよー」

「だって、星が好きで入部したんじゃないの?」

「……大体そうだけど」


 大体ってなんだろうとは思ったが、やっぱり聞くまでもなかった。

 彼女の向こうで本を開いていた宇久井も、俺の視線に気づいて顔をあげる。


「私?」

「流れ的に」


 部長の横長な眼鏡とは違う、丸い縁の大きなレンズの向こうで、それに負けないぐらい丸い目をして彼女がこちらを見ていた。

 興味をもたれると思ってなかった、といった感じだろうか。


「私は千央の付き添い。星見るのは楽しそうだし、この緩い感じが性に合ったから入部した」

「あんまり俺と変わらない感じか……。桧木の付き添いってことは、二人って知り合い? 同じ中学とか?」


 さっき思った疑問をそのまま訊いてみる。

 すると宇久井は既に丸かった目をさらに絞って俺を見た。視線がジトーっとしているが……あれ? なんかマズいこと聞いた?

 隣の桧木も心なしか呆れた顔で何かを訴えかけている気がする。


「伊久里って、結構失礼なヤツなんだね」

「え? 何?」


 明らかに軽蔑された気がするが、何に対して冷たくされているのか分からない。

 宇久井は淡々と告げた。


「同じ中学なのは、私と伊久里だよ」

「……え? マジ?」


 無言で頷く宇久井。同じ中学、おな中というやつだ。

 そうは言っても、中学は四クラスあった。星明せいめい高等学校は俺の通っていた中学校から程近く、此処に進学した生徒は結構多い。全員なんてとてもじゃないが把握していない。

 そう。いくら同じ中学とはいえ一度も顔を合わせてない人だって――


「しかも一年の時は同じクラスだった」

「すいませんでしたあ!」


 言い逃れできなかった。

 二年、三年は別のクラスだったとはいえ、クラスメイトの顔をすっかり忘れていたとは情けない。友人関係を円満に築いてこなかったことに起因する俺の失態だ。

 しばらく話の行く末を見守っていた桧木が、苦笑いしながら話し始める。


「あたしと蘭ちゃんは、保育園が一緒だったの。幼馴染ってやつ」


 なるほど、二人が仲良くしているわけは分かった。

 が、俺は失礼を働いたことによる自分へのショックの方がデカい。ガックリと肩を落とすと、あまり表情の変わらない宇久井がくすりと笑った。


「別に気にしなくていいけど。昨日反応無かった時点で、忘れてるんだろうなーと思ってたし」

「マジでスマン……」


 フォローのつもりかもしれないが、彼女の付け足した言葉は慰めにならず俺はもう一度ガックリ肩を落とした。

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