第6話 部活、楽しそうじゃない?

 あれから五日が経ち、状況は落ち着いてきていた。

 金曜日当日は午後もクラス中から興味を持たれていたが、休みが明けて月曜日になる頃には俺への質問は殆ど無くなり、友人である宮下もぶつくさ言いつつ普段どおり接してくれている。桧木はまだ女子生徒同士でやんやと騒いでいたが、それも火曜日を越えて水曜日の今、静けさを取り戻しつつある。

 約束どおり、休日の間は桧木とは特にやり取りをしていない。一応何かあった時のためということでメッセージアプリの連絡先交換はおこなったが、特にどちらからも動くことはなかった。

 それでも登校すれば甲斐甲斐しく駆け寄ってきて、クラスメイトへのアピールを欠かさない桧木。昼食も毎日共に取り、何気ない世間話を繰り返す日々が続く。

 そしていよいよ水曜日の放課後。

 俺は桧木に連れられて天文部の部室へと向かった。

 といっても天文部専用の部屋があるわけではなく、地学準備室を間借りしているらしい。校舎一階の隅にある地学室の、さらに横手に備えられた手狭な部屋。普段はあまり近寄らないエリアを二人並んで歩いていく。


「隣の地学室は地学部が入ってるから、あたしたちの活動は準備室だけね。部屋でやることは殆どないし、そもそも今は週に一回しか活動してないんだけど」

「はあ」


 聞きそびれていたが、水曜日まで待ったのはその日しか活動していないからだったらしい。

 天文部が何をしているのかは未だ判然としないが、天体観測をするなら部屋にはいないだろうし色々と納得である。やっぱり午前二時に踏切まで望遠鏡を担いで行ったりするのだろうか。

 そして、隣にいるらしい地学部というのは何をしているんだろう。天文部より分からん。

 他の部活に興味が湧いてきた俺を余所に、桧木は元気よく準備室の扉に手をかけた。


「お疲れさまでーす」


 ガラりと横開きの扉が開放されると、中では他の部員たちが座って話し込んでいる。男子生徒一人、女子生徒二人。

 桧木を見るや否や、女子生徒が一人席を立って近づいてきた。胸元の青いリボンは二年生の証。上級生だ。


「ヤッホー、ピノっち! マドレーヌ焼いてきたから、食べて食べてー」


 言いながら部屋の机を指差す上級生。

 随分と派手な見た目の人だ。金髪ロングヘアはウェーブが掛かっていて、手首や首元に沢山のアクセサリーを着けている。耳にもイアリングが光っているし、指の爪もネイルストーンがキラキラ輝いていた。

 飾り気のない一言で表してしまうなら、ギャルだ。俺みたいな地味人間には近寄りがたい人種である。

 そんなギャル先輩が指差す先には皿が置かれており、立派なお菓子が盛られている。一緒に並んだ紙コップからは紅茶が湯気を立てていて、芳醇な香りが部屋を包んでいた。……何の部活?

 ニコニコして桧木に目線を向けていたギャル先輩は、そこでようやく隣に立つ俺に気づいたようだ。


「おおー? 君は誰かな?」

「あ、えっと。一年の伊久里です。今日はその、」

「部活見学に来てくれたの! あたしの彼氏です!」


 俺が挨拶するのを遮るように桧木が高らかに宣言する。やっぱ、此処でもそうなるか。

 案の定、突然男連れで現れた桧木は部員たちから驚愕の表情で迎えられた。特に、目の前にいたギャル先輩がかなり大きくリアクションをとっている。


「かーれーしー!? ピノっちの!?」


 俺の顔を指差して、顎が外れるのではないかというほど大きく口を開いて驚きを示すギャル先輩。

 俺の両肩をガッと掴んでマジマジを顔を見られる。品定めされている感じがするが、この人も桧木に負けず劣らず愛嬌のある顔立ちをしており、近づかれても別段悪い気はしない。美人って得だなあ。

 ところで、ピノっちって誰?


「あ、アンタ! ピノっちを生涯幸せにする覚悟があるの!?」

「ろこちゃん先輩、大袈裟ですってー」


 隣でニコニコしている桧木とは対照的に、ろこちゃん先輩と呼ばれた上級生はとんでもなく俺を警戒している。威圧的な視線でこちらを凝視したまま、にらめっこ状態だ。

 俺も謎の対抗心で先輩から目線を外さないようにしていると、廊下から別の生徒が近づいてきた。地学準備室にまっすぐ向かってきて、俺と桧木の後ろで立ち止まる。


「お疲れー千央。……何、どういう状況?」


 赤いリボン、つまり同級生の少女が怪訝そうな顔で桧木に声をかけてくる。彼女の知り合いだったようだ。

 眼鏡をかけた大人しそうな子。肩の高さで切り揃えられた黒髪が落ち着いた印象に拍車をかけている。文学少女と呼ぶのは偏見かもしれないが、どこか気品溢れる穏やかな雰囲気を醸し出していた。

 そんな少女に向けて、ギャル先輩が叫ぶ。


「ちょっとランラン! コレ、ピノっちの彼氏だって!」


 掴んだ肩をぐるりと半回転させ、俺の体を眼鏡少女の方へと向ける先輩。いや人をコレとか言うな。

 あと、ランランって誰?

 しかし他の先輩方とは違い、少女は特に驚きもせず頷いた。


「あぁ。例の」

「知ってんの!?」


 眼鏡少女の反応に、ギャル先輩がまたしてもオーバーに驚く。


「千央から聞いてたので。二週間ぐらいだっけ、付き合って」

「うぇっ!? そ、そうそう! そうだった」


 流れるように自然と話し出す少女。俺と桧木の間で生み出された設定を何故知っているんだろう。

 あと桧木も嘘をつくなら、そうだったとか言わない方がいいぞ。あと謎に鼻をひくひくさせてドヤ顔するのも。

 ともかく、やけに冷静な眼鏡っ娘の反応もありギャル先輩もクールダウンしてきたようだ。ようやく俺から手を離して、話を切り替えるように咳払いする。


「うちのかわいいピノっちに彼氏がいたのは衝撃だけど、一旦飲み込んであげよう」

「はあ。どうも」


 先輩が俺を許してくれた……のかは分からないが、とりあえず冷静になってくれたようでよかった。意外と力が強かったので掴まれていた肩が痛い。

 落ち着いたところで、眼鏡少女が自己紹介をしてきた。


「私、宇久井うくいらん。C組。よろしく、彼氏さん」

「伊久里恵人です。桧木と同じB組です」


 愛想のある感じではないが、丁寧に挨拶されたので俺も少しだけ畏まって答える。

 宇久井という少女はそれだけ言うと桧木と俺の間をするりと抜けて部室に入っていった。その行動から彼女も天文部員であることは疑いようもない。

 次に、渋々ながらギャル先輩も名乗りをあげる。


「アタシは津々木つづき楼心ろこ。ピノっちはあげないけど、部活見学はどーぞ」


 あげないと言われてもなあ。向こうから頼まれた偽彼氏なんだが、桧木が事情の説明をしていないのならば俺からも伝えない方がいいのだろう。そもそも桧木は先輩のモノじゃないだろうとか、色々言いたいことはあるが反論せず聞き流す。

 津々木先輩は半身逸らして部室内に視線を向けた。先輩の勢いが凄すぎて忘れていたが、元々部室にいた残りの男女も苦笑しながら挨拶してくれる。


「僕は暮尾くれおりゅう。三年だ。この天文部の部長をやってる」

根古屋ねこや寿莉じゅりです。同じく三年で、副部長です」


 暮尾部長は細身の男性で、銀縁の眼鏡をかけている。座っていても分かるすらりと長い脚と、清潔感がある短い髪。爽やかな印象の柔和な笑みが特徴的な高身長青年である。

 そんな暮尾部長の隣に座っていた根古屋副部長は、宇久井とは違った意味で落ち着いた印象の女性だ。背はやや小さく、黒いストレートの長髪も相まって日本人形のような雰囲気がある。奥ゆかしいとか、大和撫子といった言葉が似合う人だと思った。

 部長が立ち上がりこちらへ近づいてくる。


「で、伊久里くん。部活見学に来てくれたんだよね?」

「はい。その、桧木の付き添いって感じなんですけど」

「ウォッホン。では、いいかい伊久里くん」


 部長はわざとらしい咳払いをすると、俺の眼前へとグイと顔を突き出してきた。

 何故か耳元で囁くように話しかけてくる。


「今いるのが部の全部員だけど、何か思うところはないかい?」

「え? えーと……」


 何を言われるのかと思ったら、突然なぞなぞのようなものを出されてしまった。

 思うところと言われても難しい。

 天文部に必要な資質なんて知らないので部活に絡んだことを言える自信はないし、桧木以外は今あったばかりなので共通点なども分からない。敢えていうなら、事前に聞いていたとおり少人数な部活だというぐらいか。

 俺が少し考えていると、彼はにこやかなまま宣言した。


「みんな美人。そして、僕以外はみんな女性だね?」


 ……はい?

 いや、確かに男女の偏りがあるなとは思った。全員ルックスが良いのも否定しない。が、この人はいきなり何を言っているんだ。

 怪訝な目で見ると、部長は急に視線を鋭くしてこちらへ向き直る。


「分かるかい? 今ここは僕のハーレムだ。君はそこに現れた新しい男」

「はあ」

「ともすれば、そう易々と新入部員を受け入れるはずが――グハァッ!?」


 言っている途中で、背後から近づいてきていた根古屋副部長に殴り飛ばされる暮尾部長。

 副部長の華奢な体の何処からそんな力が出ているのかという力強いパンチによって地面に叩きつけられ、部長はピクピクと痙攣している。

 そのまま副部長は落ち着いた態度で俺を歓迎してくれた。


「ダーリンの戯言は気にしないでください。天文部へようこそ、お気に召すと良いのですが」

「だ、ダーリン……?」

「そうそう。部長と副部長、付き合ってるんだよ」


 隣で桧木が解説してくれる。

 なるほど。恋人をダーリンと呼ぶのが普通だという桧木の謎な思い込みは、ここから来ていた悪影響だったのか。点と点が繋がり、俺は妙に納得する。

 というか彼女がいるのにハーレムがどうとか言ってたのか、部長。この人も大概ヤバいかもしれない。


「というか部長、そんなこと考えてたんですか。……不潔ですね」

「そうよー? 寿莉先輩なんて可愛い彼女がいるのに、今のは無いよねー?」


 他の女子部員からも散々な言われようの暮尾部長。とはいえ全員本気で責めているわけではなく、言い方からもじゃれ合いだと分かる。

 その様子をケラケラと笑いながら、桧木が俺へ一瞥した。


「どう? 部活、楽しそうじゃない?」


 個性的な面々が揃っているとは思うが、強烈すぎて俺はすぐにイエスと答えることはできなかった。

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