第6話 噴触掘惨《ふんしょくけっさん》

 魔方陣のある部屋の中のこと、キヨコの目の前には木製の扉がひとつだけ存在した。この部屋の壁は石造りで高く、出入口らしいものといえばここしかない。


 周囲の壁にはぼんやりとした照明器具が等間隔で並んでおり、光源が何なのかについてはキヨコには分からなかった。これらが無ければ、窓が無いこの部屋は真の暗闇だっただろう。


 キヨコは扉に耳を付けてから、その場でしばらく動かなかった。

 キヨコたちは極めて小さい声で会話をしていたので、扉の向こう側に声が聞こえた可能性は低いものの、気付かれて待ち伏せされることも有りえた。キヨコは扉の向こうの気配を探ったのだ。


「マーちゃん、扉を開けてもらうことはできるかしら? 扉が厚くて向こうの様子はわからないわ。誰か居たら何とかしようと思うのだけど……」


「そうか。私からは2人ぐらいが立って背中を向けているように見える。扉は開けよう」 


 2人は静かな声で打ち合わせると扉に向き直った。

 キヨコとしては透視じみたことが出来るマーちゃんが少しうらやましかった。


 キヨコがそんなことを数瞬の間に考えていると、誰にも触れられていない扉は少しだけきしむ音を出してゆっくりと開き始めた。


 扉の向こう側には2人の男たちが背中を向けて立っていた。キヨコが今朝の間に倒した男たちと同様に、胴体と手足を革鎧で覆い、腰に直剣を差した茶色い者達だ。


 彼らはキヨコからすると非常にゆっくりと振り返りながら腰の剣に手を伸ばしていた。

 キヨコは右足を踏み出しながら、腰の辺りから右腕を伸ばし、肩と腰をそれにあわせて半回転させた。狙いは振り返った片方の男の顔面。


 分厚い袋に入れた陶器の皿を上からハンマーで叩いたような音が鳴った。


 それが原因で片方の男が倒れたのを見てから、もう片方の男は部屋から暗灰色の人間が出てきたことに気が付いた。


「ウォろぇ!」


 気が付いたのは良かったのだが、次の瞬間には相方と同じ手段によって同じく床に倒れた。くぐもった声をあげられたのが唯一の違いだった。


「ヒマワリ流護身術 噴触掘惨ふんしょくけっさん


 キヨコは静かにそうつぶやいた。

 

 2人の男達は両方とも、鼻とそこから下の部分を陥没かんぼつさせて息絶えていた。

 

「手を貸す必要も無かったな。見事な突きだった。雷雷軒らいらいけん縁者えんじゃだけのことはある」


 マーちゃんはそう言ってキヨコを褒めたが、キヨコは首を振って溜め息をついた。


「周囲に他の人間が居ないかしら? 久しぶりなので腕が落ちたわ。今の踏み込みの音がどこまで聞こえたか分からないわ」


 キヨコとしては久しぶりのことで判断を誤ったらしい。確かに普通の会社のOL稼業では使わない技だろう。女子大生もだ。キヨコの認識ではそういうのは高校生までだった。


「大丈夫そうだぞキヨコ。今のところ足音も聞こえない。夜の見張りは彼らだけのようだ」


 そのように言われ、マーちゃんセンサーを信じたキヨコはその先の廊下を出来るだけ静かに進んだ。




 廊下は10メートルぐらいであっさりと終わった。

 突き当たりの正面は先程と同じく木製の扉があり、左右にも通路があって別の部屋の扉もあるようだった。

 ここにも光源の不明な照明器具が壁に設置されていた。

 

「この扉の先がおそらくは屋外だろう。空気がこの先から来ている。そう言えば免疫の問題があるな……キヨコ、今日はこの扉までにしてセーフハウス内に戻ることを提案する」


 せっかくここまで来たのにどういうことかとキヨコは思った。


「進めるところまで進まないの? 免疫って聞こえたけど……そっか。どんな病気があるか分からないわよね」


 その晩のキヨコはマーちゃんの提案に従って自分のセーフハウスに戻った。

 入り口の場所は外に続くと思われる扉の真横にした。



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