第5話 キヨコ忍者モード

 キヨコは思いのほか快適であった睡眠から目覚めた。何時間寝てしまったのか正確なところは不明だが、おそらくは6時間ほどではないかとキヨコは体感から当たりをつけた。


 例の『かまくらハウス』から外に出るとマーちゃんが待っていた。

 何故か『かまくらハウス』の隣には木製の東屋あずまやができていて、簀子すのこと座椅子とちゃぶ台が置いてあった。


「キヨコ、起きたのだな。ここの外部の様子を見たが屋内だったので、時間は分からなかった。あそこは地球ではなさそうだな。魔素を検知した。魔法のある世界だ」


「ではやっぱりそうなのね。どうも違う世界に連れてこられたみたいなのよ。外の部屋の床に魔方陣があったでしょう。捕まりそうになったの」


 キヨコはマーちゃんに、今朝からの出来事を話した。


「それで外の部屋に死体が転がっていたのだな。見事な手際の良さだった。それにキヨコは転移者ということか。繋がった世界の言葉が分かるのは大きいな」


「言葉が分かるのはちょっと変な感覚だわ。向こうにも伝わるのか分からないし。

あの人たちに使ったのはうちのお爺ちゃんの家に伝わる護身術なの。ヒマワリ流って言うんだけど、変わった名前よね」


 キヨコはヒマワリ流を祖父に習い身につけたことをマーちゃんに話した。


「キヨコは雷雷軒らいらいけん縁者えんじゃなのだな。彼なら知っている。本当は良くないのだがな、あの男に別の世界の術理を少しだけ漏らしてしまったのだ。

奴め……未練は捨てたなどと言いおってからに、立派な継承者までいるではないか」


 マーちゃんは何となく怒っているように見えたが、アルトボイスは懐かしんでいるような響きを持っていた。


「マーちゃんはご先祖様を知っているのね? 龍から何か教わったって伝わってるけど、アレって本当だったのか……」


 ヒマワリ流の伝説では開祖が空から現れた龍より秘伝を授けられたことになっていた。


「それはともかくとしてだ、キヨコ。現状は閉じ込められているのと変わらん。せっかく外部に出ていけるのだからここは偵察に出た方が良いだろう。腹は減っていないか」


 キヨコもお腹は空いてきたので素直にうなずいた。

 マーちゃんはキヨコのために東屋あずまやにお茶漬けを用意した。


 食事を持ってきてくれたのは黒いマネキンのようなアンドロイドで『黒子さん』と呼ばれていた。身長2メートルもあるが、ジャージとエプロンが不思議と似合っていた。


 キヨコは昆布とおかかの佃煮でお茶漬けを食べて、付け合わせの卵焼きとホウレン草のおひたしで落ち着くことができた。


「キヨコ、私は繋がった世界に対しては観察とサンプルの採取を行うことにしている。協力してくれると助かる。もちろん障害は排除する方向で行くので、装備を用意する。

犯罪じみた手法も取っているし相手に遠慮は無用だ」


 マーちゃんはキヨコに動きやすそうな装備を用意してくれた。

 下半身はピッタリした足首までのスパッツだが防刃性と耐衝撃性を持っていた。これにショートブーツが加わる。

 上半身はタートルネックの長袖シャツにブルゾンでスパッツと同じ性能の物だ。

 頭にはニット帽とフェイスマスクをして表情が完全に隠れていた。

 全身が暗灰あんかい色で統一され、さながらフィクションの忍者のような外見だった。

 これに刃渡り60センチの小刀、鉤爪ナイフ、鉛筆のような杭、そして毒劇物の小瓶が装備として渡された。




 自身のセーフハウスの入り口から出たキヨコは周囲を見回したが、以前に始末した男たちの死体以外のものは見当たらなかった。

 しかし地面の血液についた足跡から、誰か他の人物がここに来たことを彼女は見抜いた。


「マーちゃん、誰かがここに来たみたいだわ。部屋の入り口はあそこだけだし、外に誰か居るかもしれないけど出ましょう」


「セーフハウス内にいるままで移動できたら良かったのだがな。そこまで親切では無いようだ。ここは強行突破といこう」


 姿を消したマーちゃんはキヨコの近くに浮いた状態で静かにそう言った。



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