第4話 ハンポロ・メクレタディア


 ハンポロ・メクレタディアは感情の抜けた顔で目の前の光景を見ていた。

 彼は一種のアドバイザーで、この世界の言葉で『サロン(交流の場)』とだけ呼ばれる特殊な組織に所属していた。

 本来は違法とされている他の世界の人間をまねく方法を駆使し、そのまねいた人間の能力をもって自分達が利益を得ることを目的としたのがサロンである。


 今回は『至高神の加護を受けし第一帝国』という長い名前の国にある、ボエー伯領の領主『ボラギノーレ・ジノアート』の要請に応じてこの地に来ていた。


 ところが、そのボエー卿は先走って召喚装置を起動してしまい、その結果として15人の部下と一緒に彼の足元で死体になってしまっていた。


「何か良くない者が呼び出された可能性がある。人だったのかそれ以外だったのかも分からんとは。なんということをしてくれたのだ、このお方は……」 


 召喚については人間以外が呼び出される可能性がある。その場合には甚大な被害がもたらされ、多くが死に、人が住めない場所が生まれた状況が過去にあった。

 見れば部下たちは手首や喉が斬られて息絶えたようだが、抵抗した形跡が皆無だった。

 領主ボラギノーレ・ジノアートについては額に穴が開いている以外の傷が無い。

 人であるにせよそうでないにせよ、相手が敵対的で危険な存在であるのは間違いなかった。


「ライフリー、それとアテント。2人ともこれから屋敷に行って領主の執務室にあるサロンについて書かれた書類を全部持ってくるか始末してくれ。多少の時間はかかっても構わん。騒ぎだけは起こすな」


 ハンポロは背後に控える部下の2人に指示を出し、自分は現場の検分を続ける為に残ることにした。

 部屋の中央の魔方陣にもそこから地下に繋がるパイプにも損傷は見られない。地面には足跡らしき物があるが、形がハッキリしないために人間のものであるかは彼には自信がなかった。後は死体から流れ出た血液だけだ。


「手がかりはほとんど無しか。どうやってこの部屋から出たのかも分からんとは。念の為に入り口を見張っておけ。死体はしばらくこのままで良い。俺は地下の様子を確認してくる」


 そう部下に告げたハンポロは部屋から外に出ていった。

 彼の探している対象のキヨコは実はそこにある見えない穴の中に居たのであるが、ハンポロや彼以外の者たちがそれに気がつくことはなかった。




「キヨコ、帰還について力になれそうにないのは本当にすまない。そうだな……お腹は空いてないか? もしそうなら食事の用意ぐらいは出来るぞ。もちろん水もお茶もある。少し待ってもらう必要はあるが。他にも寝室や風呂だって用意出来るぞ」


「マーちゃん、それ凄いと思うわ。私、通勤中にこっちにきたばかりだから、お腹は空いてないんだけど、昨日は動画を見てて寝てないから寝室は助かるし」


 キヨコとしてはありがたい申し出だった。

 マーちゃんの支援が得られるのであれば、このやたら広いだけの空間も立派にセーフハウスになりうる。キヨコとしてはステータスに表示された内容が正しいということにやっとなるのだ。

 マーちゃんの正体は不明であるが、人を食べそうには見えないし、キヨコの得た能力と分かちがたく結び付いているように見えた。

 キヨコは腹をくくり、マーちゃんを信用する覚悟を決め、そして昨日の寝不足が原因で眠いので寝ることにした。


「準備は出来たぞ、キヨコ。ここに入ってきた入り口の横の方にピンクの『かまくら』があるだろう。あの中にベッドと着替えと水がある。風呂も使えるから安心してほしい」


 キヨコはその大きな『かまくら』のような建物がいつ現れたのか感じとることが出来なかった。

 彼女は不安になった後で逆に安心した。マーちゃんはやろうと思えば、いつでも即座にキヨコを始末することは出来るだろう。だがマーちゃんがそれをする気配は無かった。


 かまくらハウスの大きさは直径8メートルの半球形をしていた。

 四角いドアから入ったキヨコは玄関の上りかまちの前で靴を脱ぎ、そのまま短い通路を進んで寝室へ入ってみた。

 中には壁に設けられたクローゼット、丸い机と背もたれのある丸い椅子、そしてベッドがあった。

 キヨコはクローゼットにあった紺色のジャージに着替えるとそのままベッドに入って寝てしまった。

 室内の温度と湿度についてはこの上なく快適だった。



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