お久しぶりです、閻魔さま!

閻魔大王はとても恐れられていた。天使のような美しい姿をしておきながら、淡々と死者の行き先を裁いていく。

何の躊躇もなく、厳しいくらいの判断をすることから部下にも恐れられていた。


しかし、冷酷な彼にも苦手なものがあった。


「お久しぶりです、閻魔さま!」


地獄の入り口には似つかわしくない明るい声。

背中に冷たい汗が流れるのを感じながら顎を正面へと動かす。閻魔大王は机に向かって仕事をしていたのだ。


「あはっ、また戻って来ちゃった」


「……私ともあろうものが幻覚を見てしまうとは」


見たくもないものが見える。

気を引き締め直さなければと己を叱る。


「この罪人は地獄行き、この罪人はもう少し資料が欲しいな、この罪人も地獄で良いだろう」


「ねえねえ、閻魔さま。今回のお土産は八つ橋だよ」


「地獄、地獄、地獄行きと。悪いが私は苺味の八つ橋しか食さない。この罪人は協議の必要がありそうだ。この罪人は……って、どうして貴様が八つ橋を持ってここにいるんだ!?」


仕分けしていた資料を投げ捨て、執務室の壁際まで逃げる。はっきりと聞こえるコレは幻聴ではない!


馴れ馴れしく話しかけていたのは少女だった。齢は15程に見えるが、閻魔大王はとって彼女は天敵であり、唯一の弱点だと認めている。この事は部下にも知られていたりする。


「……まさか、また逃げ出したのか?」


「うん」


何でもないことのように頷かれ泣きたくなった。


少女は地獄の中でも最も厳しい罰が与えられている。

それは想像するだけでも嫌になる拷問のはずだった。


「これで5度目の逃亡か」


なぜ意図も簡単に脱け出してしまうのか?

地獄へと堕ちた者は輪廻から外れ、永遠と苦行を受ける。2度と人間界には戻れないはずなのだ。


少女は人間界を思う存分楽しんだ後は、毎度何かしらの土産を持って帰ってくる。逃亡した形跡は残さず、こうやって顔を出すまでは気付けないから困ったものだ。


「ねえねえ、閻魔さま。新しい牢屋が出来たんでしょう?早く連れていってよ」


「どうしてそれを……」


少女の為に作られたと言って良い牢屋のことは、限られた者しか知らない。


「ねえ、閻魔さま。鍵はいっぱい掛けてね?」


簡単なパズルだとやる気も起きないからさ、と少女は無邪気に笑う。


地獄すら遊び場扱いされ、閻魔大王は威厳を失う。


「仕事辞めたい」


「あはは」


無意味な呟きは、少女の笑い声に埋もれてしまった。





(題:空をとぶ5つの方法様からお借りしました)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る