主人にも噛み付く犬ですが
ユータと出会って、私の日常は変わりました。
まあ、困ったことに、主人にも噛み付く犬ですが。
そこも可愛いと思うのは、バカですかねぇ。
【主人にも噛み付く犬ですが】
ノリの良さだけはいいおバカな高校に入学して、早七ヶ月。
文化祭も体育祭も終わり、生徒達は燃え尽きたようにおとなしい。
十二月になればクリスマスと冬休みがあるのでまた煩くなることでしょう。珍しく静かな時を楽しもうと携帯でゲームを始めた。選択式の推理ものでなかなか面白いんです。
「千夏ちゃん!!」
おやおや。廊下を走るバカがいるようです。
ああいう奴は学年主任に怒られてしまえば良いと思います。
「千夏ちゃん、愛してるよ!!」
……いや、私が制裁を下すべきですね。
「おい、バカ犬。黙れ」
抱き付いてこようとした男を地べたに叩きつけた。
ありがとう、パパ。
貴方に教わった護身術は活かされています。
喧嘩慣れしていてタフな男なので心配する必要はなし。椅子に座り直して携帯を弄る。
「……?」
チラリと窺うと、ユータは匍匐前進で私の足下まで近付いてきた。……立ち上がれば良いのに。
「千夏ちゃんは今日もツンデレだね。そこが可愛いんだし、もっと罵ってくれて良いよ」
「貴様は変態か!」
満面の笑みで罵れというユータに鳥肌が立つ。
ああ、何でこんなのが彼氏なんでしょうね。信じられないけれど彼氏なんですよ。
こんなやり取りはクラスでは有名で、ユータがやってくる昼休みは避けるように教室から人がいなくなる。実際に今も空気を読んで消えてしまったクラスメート達。
これでもユータがいなければ、浮くことなく過ごせています。優しいクラスメートには感謝していますよ。
「今日はバイトが休みだから放課後にデートしようね」
「好きにすれば良いよ」
質問ではなく決定事項とされているのはいつものことなので気にも止めない。
堕崎ユータと言えば、昔は狂犬扱いされる不良だったらしい。派手な頭に数え切れないピアス、着崩した学ランにアクセサリーがジャラジャラと着けられていて今も面影は残りまくり。
でも、私と出会って喧嘩のほうはおとなしくなったらしい。堕崎ユータ信者は“バカ犬になった”と嘆いている。狂犬だとか信者だとか漫画のような奴だと思う。
いっぽうの私はダサいくらいの平凡な人生を歩んできた。スカートは膝丈だし、校則は破っていないはずだ。二人並ぶと異質らしい。
「デートも我慢して頑張ったから、バイト代はたんまりあるんだよ!お揃いのアクセサリーを買いに行こうね」
笑うと幼くなって本当にバカみたいだ。私に対しては子どもっぽい喋り方になるし。
「そんなもの着けないよ。校則を破る気はないし」
「そんなツンツンなことを言っても、千夏ちゃんはデレて着けてくれるはずだよ!」
「……あほか」
このバカ犬は躾すら分からないバカ犬だ。
あと一時間授業を受ければ放課後って時に、呼び出しをくらってしまった。
友人と連なってトイレに入らなかったことを後悔する。個室から出てきたところを「ちょっと来て」と呼び止められたものだから。
厚化粧の三人組は見慣れない顔で、同学年に九つもクラスがあれば知らなくても無理はない。ちなみにユータは九組から一組まで私に会いに来ている。ご苦労なことだ。
まあ、初体験じゃないし、またユータのことなんだろう。あの姿を認めたくない信者もいるらしいから。
「堕崎くんと別れてよ!」
ほら、このとおり。
いきなり本題を出してくるってどうなのよ。
三対一が不利なことも、勝てないことも分かっているけれど言ってやろう。
「恋人達が別れる別れないって話を他人がするっていうのはムカつきます」
何で第三者に決められなきゃいけないのか。他人に入り込まれると面倒になるだけだから、嫌なんですよね。
「介入してきたいなら、ユータ本人にも言ってやって下さい。私だけが言われるなんて納得いきませんから」
三人のボルテージが上がっているのを感じる。みんな般若みたいに顔を歪めてる。
漫画なら、ギリギリのところで王子の登場でしょうかね。ボコボコにされて王子が悲しむってのもありですかね。
「言いたいことがあるなら口で言ってくださいよ。体に教えるなんて言わないで下さいね?」
まさに言おうとした所なのか、一人の女の口が開かれたまま固まった。
「話し合いで解決しましょうよ?」
話し合いの時間を設けてくれるかは分からないけれど、話し合いならば負ける気がしなかった。
「話し合いでとは言ったけどさ~」
とぼとぼと歩きながら呟く。胸が痛い。
人の顔が不細工だとか胸がペッタンコだとか気にしていることを言ってきた。まあ、倍返しで毒づいてやれば三人は泣き崩れてしまったのだけど……。
力じゃなく口でやり合ってくれた所は、悪い人達じゃなかったと思う。
ちょうど授業の終了時には教室に帰ってこれたので、鞄を持って靴箱に向かった。
ユータは私を待たせない。余裕ぶって待っていることだろう。
「千夏ちゃん!」
ほら、ごらん。
ご主人に会えた忠犬のように迎えてくれる。
「鞄持つよ!」
「いい。自分のものくらい持てる」
差し出してきた手を無視して歩き始める。
今日は曇りだから空が暗い。雨が降っても折りたたみの傘が鞄に入っているので問題ない。
「はい」
ユータが恨めしそうに手を差し出すから、握ってやった。
「違うでしょう!」
……恋人つなぎに変えられました。
大きな体をしているだけあって脚が長いのに、ユータは歩幅を合わせてくれる。こういう優しさは嬉しいけれど、本人には言ってやらない。なんか悔しいから。
ご機嫌なユータは鼻唄まじり。
「やっぱり一緒に過ごせると嬉しいね」
「それは良かったね」
この言葉はもちろん棒読みです。
私と繋ぐ左手には装飾品を着けていないことにも気付かないフリをする。
「ちょっとだけ公園に寄って良い?」
指差す先には小さな公園が見える。遊具はあるけれど、天候の影響か誰もいなかった。
提案を不思議に思いつつも頷く。承諾を得るとユータは私を木陰に連れ込んだ。
通行人からは死角になる場所に公園の管理者は何をしているんだと言いたい。
それよりもこの状況は何なんだ。押し倒されるような形でユータが私を見下ろしている。
その顔は見慣れた顔じゃなかった。
「千夏ちゃん、授業サボったでしょう?」
喋り方はいつもどおりなのに、声は威圧感があり、目は座っていた。
おいおい、この恐いお兄さんは誰ですか?
「なんで?」
なんで知ってるの?
正直に言えば、怖くてビクビクしています。
「あのねー、千夏ちゃんと会う前にー泣いている女の子達に会ったんだー」
なぜ語尾を伸ばす!?
「もしかして三人組の女の子……?」
「そうそう、千夏ちゃんを呼び出した女の子達だよー。なんかねー、堕崎くんにはあんなキツい女の子は似合わないって言われたんだ。酷いよねー」
ご丁寧に私の言うとおりにユータ本人にも言ってくれちゃったらしい。空気を読め!と言いたい。
「まあ、軽くシメてやったけどー。千夏ちゃんを悪く言うなんてあり得ないでしょー」
「ははは…」
うちのバカ犬はこんなに恐いお兄さんでしたか?
シメるとか物騒なことを女の子にしちゃ駄目ですよ?ユータくん。
言葉の出ない私に対して、ユータは饒舌だった。
「千夏ちゃんもさー、危ないことはしないでよ。心臓が抉られたって思うくらい驚いたんだからねー」
笑っているけれど笑えていないよね……?
笑いながら怒る人って恐いものなんだと実感する。
ユータは私の髪を撫でながら、首筋に歯を立てた。
「はぁ!?」
「ご主人様が悪い子だから、噛み付いちゃったー」
「……ははは」
悪いのは私らしいです。もう渇いた笑いしか出てこない。
公園から出るといつものユータに戻っていた。
狂犬と言われていた頃の一面を知ってしまって落ち着かないけれど、どうやら私が危ない目に遇わなければいつものバカ犬らしい。
これからは無茶をするのは控えよう……。
「んー、なんか違うんだよな」
アクセサリーショップを見て回ったけれど、ユータの思い描くものは見付からないらしい。
「一駅くらい歩くことになるけど、もう一軒行って良い?」
「うん」
見付からないままだと駄々をこねそうな予感がして、おとなしく付いていくことにした。
「品揃えが良い店なんだけど、ガラの悪いお兄さんがウロウロしているから気を付けてね」
……やっぱり帰っていいですか?
「心配しなくても俺の側にいれば大丈夫だよ」
顔色を察してくれてありがとう。でも、帰らせて。一日に何度も怖い思いはしたくないです。
身構えてお店まで行ったけれど、ほとんど人に会うことは無かった。
子どもも大人も天気が悪ければ家に居たいらしい。
店内は広々としていて、アクセサリーが豊富に飾られている。スカルやドラゴンのゴツい物もあれば、華奢な女物もある。
真剣なユータの後ろを付いて行きながら、私もアクセサリーに見とれていた。
「ユータ」
「なーに?」
袖をクイッと引っ張る。
あまり言いたくはないのだけれど、お手洗いに行きたいと告げた。
付いてこようとしたユータに「待て!」を言い、店員さんに場所を聞いた。店の裏にあるそうで外に出ると路地を使って行くらしい。
変わった場所にあるものだ。
降り出しそうな天候が路地を暗くしていて不気味に見えた。
奥に進むとトイレの灯りが見えた。清掃中のプレートが付いており、ブラシを持った青年が立っていた。
見た目は軽い感じのその人は、お店の名前が入った黒いエプロンを着けていた。アクセサリーショップなのにエプロンというのも不思議だと思います。
タイミングが悪かったなぁと苦笑する。
「終わりましたから、どうぞ」
男はブラシを片付け、プレートに手をかけた。急かしてしまった気がするがお言葉に甘える。
便器は男女共有で一つだけだ。
「あの……」
「何でしょう?」
どうして閉めたい扉の前に立っているんですか?
なんとなく嫌な予感がする。今日は厄日なんだと。
男は私の口を塞いだ。鞄を振り回すが止められてしまう。
「今日はいつも来てくれる女の子達がいなくて暇してたんだ。お姉ちゃんが相手になってよ」
叫ぼうとしても塞がれていて無理だ。
ここ治安悪すぎない? 店員が治安悪くしてるってどうなのよ!
「色気も胸もないけど、平凡な顔の子は好きだから問題ないよ」
なんか色々とムカつくことを言われている。
捕まっている状況で実践できる護身術は何だったかと考えるが、うまく頭が回らない。
急所を狙おうにもうまく届きそうにない。
思い浮かぶのはバカ犬のこと。
犬ならご主人様を助けに来なさい、ユータ!
助けて、ユータ!!
「来いっ、バカ犬!」
「はぁ?何言ってんの?」
男は笑う。手も足も出ないことに焦っているとバンッと何かを壁に叩き付ける音が響いた。
「お呼びですか、ご主人様?」
「!」
どうして来てくれたの?
バカ犬は男を睨み付け吠える。
「心配して来てみれば……どうやら掃除が必要みたいだね~」
どこで調達したのか、ブラシを担いでいるのは何故だろう?
「お兄さん、一番の汚れが片付いていませんよ!うらぁ!!」
ブラシが円を描き、男の脇腹にヒットする。
「グフォ…ッ」
よろめいたことで私は逃げ出せた。
ユータはブラシを投げ捨てると、装飾品の着いた利き手で頬を殴りつけた。痛そうな音がする。
男は口の中を切ったらしく血が出ているが、倒れない。
鮮やかとしか言い様のない蹴りがユータのお腹にヒットした。これは喧嘩慣れしているらしい。
「チッ」
ユータも倒れはしないが、威力があったらしく顔を歪める。男はユータの攻撃を交わし、下から突き上げるようなパンチを顎に入れる。
負けじとユータも直ぐに回し蹴りを脇腹に入れた。
男はよろめき、倒れる。
起き上がろうとする体にユータは飛び乗り、拳を振り下ろそうとする。
「待って!!」
私はユータの動きを止める。
ユータは目を見開き、「なんで?」と呟いた。苛立ちを隠す気もないらしく低い声だった。
きっと一撃で男は気を失うだろう。だからこそ止めたかった。
「止めは私が刺すよ?」
鞄から取り出した折りたたみ傘を伸ばす。鋭利な部分を向けると、「え?」と男もユータも青ざめていた。
「だって、散々私をコケにしたんだもん。殴ってもいいよね?」
「千夏ちゃん、それはやめたほうがいいと思う……。ってか、笑顔が怖いよ…?」
え? 止められても知~らないっ。
ドスッ
「……」
「……」
言葉を失う二人。
迷うことなく男の耳横スレスレに傘を突いたから。少しずらせば顔面にも目にも突き立てられる。
「女を嘗めんじゃねぇよ」
私のドスの聞いた声に男は白目になって気絶した。
その後は、店長さんに謝られたり、店長さんが呼んだ警察に事情を聴かれたりした。
やっと解放されて、ユータと帰り道を歩く。
「心配ばかりかけてごめんなさい。助けてくれてありがとう」
珍しく素直になったからユータは照れていた。
「アクセサリーまた探さなきゃね」
「え? もう懲り懲りなんだけど」
「そんなこと言わないで、千夏ちゃん~っ!!」
「高いの買って貰おうかなー」
私は笑う。
主人にも噛み付く犬ですが、ユータは愛情溢れる可愛い私のバカ犬です。
(本当の狂犬は誰だ?なんてユータが思っていることを、私は知らない。)
タイトルはFascinating様からお借りしました。
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