大人のくせに

こ洒落た音楽の流れる店内で、その人は言った。


「大人だからって何でも出来るわけじゃない。大人に夢見てんじゃねーよ」


サングラスを掛けていても隠されることのない睨み。大人のくせに子どもを睨むな。


大人のくせに私の願いも叶えられないの?

大人のくせに役立たず。


「さっきまでの威勢はどうした?言いたいことがあるなら言えや」

「失望した」


そう言い返せば、「ハッ」と吐き捨てるように笑われた。


「失望されて結構。大人になるっていうのは失望を覚えていくってことだ。人間の汚いところも、現実の厳しさも嫌でも見なくちゃいけない」


ふと見た手付かずのクリームソーダは溶けきっていた。あーあ、残念。


「お前は恵まれて生きてきたんだろう。そのくらいの歳になれば大人に夢なんて持たない奴らも多いっていうのに、ワガママ言えば何でも通ると思ってる。幸せすぎてヘドが出る」

「……」

「黙れば許されると思ってるのか?たとえ泣いても俺は甘やかさないぞ」

「泣かない。私は泣いたりしない」

「泣く子は嫌いだってパパに言われたからか?」


鼻で笑われ、頭に血が上った。振り上げた手のひらを男に向ける。


「言葉には言葉で返せよ」


……しかし、簡単に止められてしまった。

握り締められた腕は壊れるんじゃないかってくらい痛い。


「どうしても俺と一緒に逃げたいっていうなら、夢は見るな」

「どうして?」

「この先、夢はお前を裏切るだけだからだ」


持っていてもしょうがないと言う。


「パパは迎えに来てくれるもん」


大人のくせに冷たい。

大人のくせに欲しい言葉をくれない。


「だったら、傷付けばいい」


男は優しく手を取り、「行くぞ」と呟いた。


喫茶店を出ると深く帽子を被り直す。

私が座っていた席には昨日の新聞が残されている。

有名な企業の社長がお金と一緒に消えたことが書かれている。倒産寸前だったというのは記事で初めて知った。


「都会は息苦しいな。うまい空気でも吸いに行くか」

「うん」


社長の一人娘と秘書が消えたことは書かれていなかった。





(題:空をとぶ5つの方法様からお借りしました)

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