ショートストーリー詰め合わせ

音央とお

アイスキャンディ


ミーンミンミンミーン……その鳴き声に夏を感じる。


「夏だね」

「夏やねぇ」


ソーダバーにかじりつきながら、頬杖を付く。

ここは桃蘭高校の1年B組。教室に備え付けられているクーラーが壊れてしまった。


「こんなんじゃ勉強どころではない!」って言ったら、優しいコタロウ先生はコンビニまで走ってくれました。


「教師をパシリにするなんてありえんで、雛岸サン」


コタロウ先生はペロリと平らげ、眉を潜めた。私なんてまだ3分の1しか食べていないのに早い。


「それ食べたら、ちゃんと勉強するんやで?」

「ういーす」

「雛岸サン、君は俺を教師と思てないやろ?」

「おほほ。そんなことありませんわよ」

「うわ!あからさまにバカにしてるやん!」


教師と思えぬ明るい髪とカジュアルな服装のコタロウ先生。顔は童顔で、こうやってアイスを奢ってくれたりする性格は生徒ともよく打ち解けている。

出身は四国の辺りで訛りがある話し方。砕けた印象を与えるから更に馴染みやすい。

誕生日が来たら24歳になるらしい、担任の先生です。


数学で赤点を取ってしまった為、夏休みだというのに補習を受けるハメになってしまった。

しかも、学年で私だけが追試らしい。数学教師が担任だというのに赤点だなんて申し訳ない気持ちもないわけではない。


「ねぇ、コタロウ先生」

「何や?」


このソーダバー美味しい。しかも、当たりって書いてある。ラッキー。


小雨こさめちゃんは、どこに行ったのでしょうか?」

「さあ?国語の先生が居るところで間違いないんちゃいます?」

「ふむ」


めんどくさそうに答えてくれるコタロウ先生。


小雨ちゃんっていうのは私の可愛い親友。女の子っていうかお姫さまみたいな子。

実は国語の先生とデキてます。ラブラブカップルなんです、小雨ちゃん達。

私とコタロウ先生は事情通であり、2人の関係を黙認している。


「私の為に付いてきてくれたんじゃなくて、龍介先生に会いたくて来たんだろうな。なんかジェラシー」

「当たり前やん。誰が好き好んで夏休みに学校に来たがるん。他人の恋バナはええから、雛岸サンは教科書開きなさい」

「……ういーす」


当たりの棒を片付け、未知なる呪文にしか見えない教科書を開いた。


「お疲れ様!!」


補習終了と同時に帰ってきた小雨ちゃんは私の胸の中に飛び込んできた。

ふわふわの髪が頬を掠めてくすぐったい。肌も柔らかくて赤ちゃんを抱いている気分。


そんなことを思いながら入口に目を向けると人影を発見。


「あっ、龍介先生だ。こんにちは」


教室の外から様子を伺っている国語の先生に声を掛ける。

原田龍介先生は小雨ちゃんのダーリンです。


コタロウ先生と違って黒髪とスーツ。

コタロウ先生と違って長身の男前。

コタロウ先生と違って冷静沈着。


「雛岸サン、声に出てんで?」

「え?わざと出したんですけど?」

「おちょくっとんかい!」


「でこぴん」と言って、オデコに制裁が下された。体罰です。


コタロウ先生は頭を掻きながら龍介先生に話しかけた。


「先輩はボケッとしとらんと、副担なんですから遠慮せずに入って来たらええじゃないですか」


そうなのです。龍介先生はコタロウ先生の高校・大学時代の先輩らしい。

そしてこのクラスの副担をしています。


龍介先生は長い足を動かして、然り気無く小雨ちゃんの隣に並ぶ。

気が付けば小雨ちゃんは私の腕の中から消えてるし。


「コタロウと雛岸さんのやり取りは夫婦漫才みたいだね」

「「はあ!?」」


国語の先生なのに言葉の選択を間違ってますよ!!

そんな天然でのほほんとした雰囲気が小雨ちゃんとそっくりで、類は恋を呼ぶってやつですか!?

そんな諺はないけど、似た者同士お似合いだ。


一見クールに見えて天然さんなんだから、人は見た目では判断できない。


「俺はこんな幼妻持った覚えはありません!」

「私は旦那様はエリートが良いんです。そして、悠々自適な生活を送るんです!」

「ちょっと、雛岸サン。人をダメ人間みたいに言わないの。これでも先輩を差し置いて担任なんやからね」

「その“どうや!”って顔は止めて下さい。近所のガキ大将みたいですよ」

「ほんまに君は言いたい放題やね。そんなら……」


白熱するトーク。

しかし、ここには天然さんがいた。


「本当に息がぴったりなんですねぇ」

「……」

「……」


小雨ちゃんの間延びした声に肩の力が抜けた。両手を合わせて楽しそうにしている姿は可愛い。

可愛いけど、息がぴったりとか誤解だからね。そこは否定させて欲しい。


クーラーの壊れた教室に留まり続けても暑いだけだと、小雨ちゃんの手を引っ張って帰ることにした。


引っ張ってでも帰らないと龍介先生とイチャイチャし続けそうだ。

黙認しているからって2人は隙がありすぎる。

それに、暑い時に熱い関係なんて見ていたくない。


「雛岸サン」


よく通る声に呼び止められる。

意外と声は大人らしい落ち着きがある。


「補習はあと2回。サボらんと来るんやで?

もしクーラーが壊れたままやったら、またアイス買ってあげるけん」

「……はい」

「ちゃんと返事が出来る子はええ子や」


去り際に満面の笑顔。

何ですか、その可愛らしさ。

先生はタラシなのかもしれない。


私はコタロウ先生じゃなくてアイスに釣られたのだけど。


「さようなら、コタロウ先生」


ちゃんと挨拶するええ子です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る