第19話 気が利く二郎系エセ清楚ギャル
美鈴と出会ってから十分後。
「本当に大丈夫だよね!?しおっち!」
学校の姿がはっきりと見える辺りまで来たところで、美鈴は紫音に身体を近づけてしつこく問いただしていた。
が、紫音が指摘してから美鈴は何回も香水を振りかけたお陰で既にニンニクの匂いが消えている。
「……もう匂わないからそんなに気にしなくても大丈夫だよ」
「本当に本当!?」
そのことを紫音は何度も伝えているのだが、美鈴の方は最初に言われたのが余程に効いたらしく一向に信じてくれない。
「……はぁ、だる。じゃっ、僕先に行くから」
変わらない美鈴の態度に苛立ちがピークに達した紫音は、そう言って校門の方に歩き出す。
が、未だに匂いを心配している美鈴が当然逃すはずもなく、少し歩いたところで紫音の手首を掴んで引き止めてきた。
「ちょ、待ってよ!?」
「……待たない」
「嘘っ、ちょっ、引き摺らないでーー!?」
しかし、今の紫音は普通の女子高生如きに止められるような存在ではない。
悲鳴を上げる美鈴を引き摺ったまま、学校へ向かって歩き出した。
「もう、しおっちのせいでおニューな制服が砂まみれじゃん。どうしてくれるの?」
「……どうしてって。そっちが手を離さなかったのが悪いでしょ。知らないよ」
学校に向かうための通学路に合流したところで美鈴がギブアップ。
匂いについてはようやく整理がついたらしく、今は紫音の隣を文句を言いながら歩いている。
紫音はそんな美鈴に半目を向けていると、視線を感じた。
「あの子って確かネットで噂になってるショタじゃない?」
「うわぁっ、本当だ!?小学生じゃなくて高校生だったの!」
「……まずっ」
色々あって忘れていたが、一昨日の一件で紫音は今や立派な有名人である。
まだ世間の熱が冷めていないこの状況で、ネットに紫音の情報を拡散されるのは非常によろしくない。
紫音のことを注目していた女子達がスマホを取り出したのを見て、その場から全速力で逃げ出した。
「ぶへっ!?」
だが、残念なことにレベルアップの影響を忘れていた紫音は少し離れたところで足をもつらせ、派手に転倒してしまった。
「……最悪だ」
「双葉さん!大丈夫ですか!?」
紫音が打ちつけた鼻を押さえながら立ち上がると、慌てた様子で美鈴が駆け寄ってくる。
ただ、口調はギャルモードではなく清楚モードだった。
(ギャルさん。学校では清楚キャラでやっていくつもりなんだ。まぁ、それなら初対面の人ににんにく臭いって思われるのは嫌か)
「鼻から血が!?すぐに手当てしないと、えっとティシュは?」
そんなことを考えながら、ぼんやりと美鈴に処置されているとシャッター音が響いた。
「……あっ」
紫音は思わず声を上げ、視線を後ろに向けると先程の女子達がスマホを構えているのが見えた。
シャッターの音が聞こえてきたことから既に写真を撮られてしまっているのだろう。
(どうしよ?このままだとネットのおもちゃどころじゃ済まないよ)
もし、彼女達に写真を上げられると、ネットの人達から身元を完全に特定されてしまう。
そうすると、紫音だけではなく家族にまで迷惑がかかる。
紫音がどうやって写真を消してもらおうか考えていると、「貴方達、何をしているのですか!?」と横から怒鳴り声が聞こえた。
視線をそちらに向けると美鈴が怒りの形相を浮かべていた。
「他人の写真や動画を許可なく撮るのは犯罪ですよ!」
「えっ、あっ、その、これは」
「何ですか?もしかして知らなかったとは言いませんよね?今のこのネット社会でその程度のことを知らないはずがありません!」
「うぁっぁぁ……」
怒りの形相そのままに美鈴は女子達に詰め寄ると、空気を震わせるほどの怒声をぶつけた。
あまりの迫力にそれを喰らっている女子達はたじたじ、涙目を浮かべている。
「この世の中は誰かの軽率な行動一つで違う誰かの人生を終わらせることが出来るのですよ!それを分かっているのですか!?」
「す、ずみまぜん」
「ごべんなざい」
「謝るくらいならさっさと写真を消しなさい!」
「「「ひゃい!」」」
その後も説教は続き、写真を撮っていた女子達はあまりの威圧感に心が折れたらしく言われるがままに写真を消していた。
(すごっ)
紫音はその光景をポカーンと眺めていると、美鈴が不意に振り向きはにかんだ。
「(これで良いっしょ?しおっち)」
どうやら紫音のために一芝居打ってくれたらしい。
ほぼ初対面の紫音のためにそこまでしてくれる理由が分からなかったが、とりあえず助かったのは本当なので紫音はグッドサインを返す。
すると、美鈴はより笑みを深めグッドサインを返した。
その後、このやり取りを見ていた教師がいたお陰で、朝のSHRに遠回しだが紫音の写真や動画を撮らないよう全校生徒に釘を刺された。
以降、紫音は平穏な学校生活を送れるはずもなく、写真や動画が駄目なら直接話がしたいと数多くの生徒が放課後まで押し寄せてきて、部活に誘われたり、何故かサインなどを求められるのだった。
◇
「あっ、そうそう。今朝のあーしめっちゃファインプレーだったしょ?本当感謝してよね、しおっち〜」
その日の放課後。
紫音が転校生の美鈴を学校の中を案内していると、トークテーマが無くなったところで今朝の話を掘り起こされた。
「……あぁ〜」
紫音はそのことについてまだちゃんとお礼を言ってなかったことに気が付いた。
しかし、頭を下げる直前に美鈴の名前をド忘れしてしまう。
弁明しておくが、別に興味がなかったから覚えていなかったというわけではなく、紫音は人の名前は繰り返し口にしないと覚えられないタイプなだけである。
出会ってからずっと、美鈴のことをギャルと呼んでいたせいで紫音の頭の中にはギャルしか出てこない。
「……えっと、ありがとう。二郎系清楚ギャルさん」
「本当に感謝してる!?しおっち」
結果、出てきたのは美鈴に対する紫音のイメージで、それを聞いた当の本人はしばらくの間拗ねてしまった。
あとがき
『その後の二人』
「はい、じゃあ復唱。美鈴っち〜」
「……みすずっち〜」
「うんうん良い感じ。じゃあ、もう一回。美鈴っち〜」
「……みみずっち〜」
「あーしはそんなキモい奴と一緒にしないで!間違えた罰として私の名前を百回呼んで」
「……えぇ〜。だる」
「しおっち千回ね」
「……生言ってすいませんでした」
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