第17話 ゴブリンと見えない壁と戦闘と
「……本物?」
突然現れたファンタジー世界の生き物ゴブリン。
目の前の光景が未だ信じられない紫音は困惑の声を上げる。
「GYAGYA」
そんな紫音を置いて、ゴブリンは腰に巻いている腰巾着からヨモギに似た草を取り出すと口に放り込んだ。
くちゃくちゃと汚い咀嚼音が響き渡り、やがてゴクンと喉を鳴らす音が聞こえた。
すると、ゴブリンの身体の傷が徐々に塞がり始めた。
「……薬草すごっ」
「GYAAーーーー!」
現代日本においてはあり得ない光景。
薬草の驚異的な回復力に感嘆していると、その隙にゴブリンが間合いを詰めてきた。
「ほっ」
顔面に迫る拳。
だが、予備動作が大きかったため紫音は冷静にそれを身体を捻って回避した。
「GYA!?」
これにゴブリンは驚愕に目を見開き、勢いそのままに転倒。
派手に転んだため二人の間に大量の砂埃が舞った。
「……これは本物と考えるのが妥当かな。本当僕に迷惑しかかけないなこのゲームは」
地面に転がるゴブリンを見下しながら、紫音は溜息を溢す。
ただのアプリゲームではないと思っていたが、まさかゲームのモンスターをリアルに呼び出してくるとは流石に予想外が過ぎた。
とんだ危険なゲームを勧めてくれたなと、友人に心の中で毒突きながらどうするべきか考える。
(とりあえず警察を呼ぶ?そうすれば、どうにかしてくれると思うけど、でもその後が面倒くさそうだな。また、昨日みたいにモンスター発見の第一人者とか言われて騒がれると面倒だ。なら、やるしかないか?いや、ここだと誰かの目につく可能性がある。出来れば、人目につかないところへ場所を移した方がいいか)
現在、紫音のいる場所は山の側にある公園でいつ人が来るとも限らない。
内密に処理するためには山側に引き込む必要があると判断した紫音は、ゴブリンを軽く蹴りを入れて森へと走った。
バンッ!
「ぶへっ!?」
だが、残念なことにその試みは失敗に終わる。
ある程度走ったところで見えない何かに阻まれたのだ。
顔を思いっきりぶつけた紫音はその場で尻餅をつく。
「……って。なるほど。これ以上は逃げる判定ってわけね」
見えない壁をぺたぺたと触りながら、本当に面倒なことをしてくれるなと舌打ちを打つ。
「GY!」
立ち上がって後ろを振り向くと、ゴブリンが迫ってきていた。
「……やるしかないか」
紫音はプラン変更。
人目がないところで処理するのではなく、人が来る前に迅速に処理する方向へ切り替えた。
「GYA」
「……よっ」
ゴブリンが腹を目掛けて蹴りを放って来たところを右手で受け止め、紫音の方へ引き寄せる。
「GI」
「しっ!」
相手の体重が軽いのか、勢いよくやってきたゴブリンの腹に渾身の左フックを叩き込む。
メキッという何かが折れた感触がしたかと思うと、相手の身体がくの字に折れて吹っ飛んだ。
「……WOW。5ダメージってこんなに入るの?こりゃ、2ダメージでも結構痛そうだね」
『シオンの会心の一撃。ゴブリンLV:5に15のダメージ』
「……あっそ、クリーンヒットだったわけね」
頼んでも居ないのに状況の説明をしてくるゲーム音声にうんざりしながらも、紫音はゴブリンの元へ近づく。
「……GI、GUGYA」
「……へぇ、ゴブリンもそんな顔をするんだ」
すると、ゴブリンが身体を後ろに後ずらせた。
どうやら先程の一撃で戦意を喪失したらしい。
紫音を見つめるその目には怯えの色が混じっていた。
(ちゃんと生きてるんだな)
ゲームによって作られた紛い物ではなく、何処か別の世界で生きていた生命なのだと、紫音はこの瞬間にハッキリと自覚した。
そして、今から自分はその命を摘み取ろうとしていることも。
「……まぁ、だからと言って放置するつもりはないけどね」
「PUGYA!GYA!gyaa……」
だが、紫音は止まらない。
なんの躊躇いもなくゴブリンの上に馬乗りになると、醜悪な小鬼の顔に容赦なく殴りつけた。
これが可愛い犬や猫なら多少紫音も躊躇っただろう。
だが、相手は不潔な見た目をしている化け物。 人を襲う害獣であり、紫音からすれば蚊と同じような存在だ。
ここで放っておけば誰かに被害が出るかもしれないし、何よりそもそも紫音がこの不思議空間から出られない可能性がある。
それは非常に面倒臭い。
だから、殺る。
それだけだ。
「giii……」
「……恨むんなら君をここに呼んだこのゲームを恨むんだね」
こちはを忌々しげに見つめるゴブリンに紫音は最後に苦笑いしながらそう言うと、もう一度拳を振り下ろした。
それによりゴブリンは動かなくなり、やがて光となってその場から跡形もなく消え去る。
『シオンの攻撃。ゴブリンLV:5に五のダメージ。ゴブリンLV:5は力尽きました。シオンに25の経験値。経験値が一定値に達したためレベルアップします。シオンのレベルが5に上がりました』
「……ふうっーー」
ゲームの方でもゴブリンが死んだことを確認したところで、紫音は溜め込んでいた息を吐き出しその場に座り込んだ。
そして、ぼんやりと空を眺める。
「…… うわあっ、血が付いている。変な病原菌とかついてないかな?マジ最悪」
陽の日差しを遮るため、手を正面に持ってきたところで自分の手が血に塗れていることに気付き顔を顰める。
そして、すぐに近くにあった水道で手を洗おうとしたが、蛇口を上手くひねることが出来ず少し時間がかかった。
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