第12話 やっかいなファンとブチギレ
「俺の美優に触ってんじゃねぇよ!クソガキ!」
美優と紫音が握手をしていると、突然怒声が上の階から聞こえてきた。
二人が視線を上に向けると、そこには高身長のイケメンが怒りの形相を浮かべていた。
「……彼氏さんが居るなら言って欲しかったんですけど」
どうやら少し前に感じた嫌な予感は、血走った目で紫音を睨むあのイケメンの事だったらしい。
紫音はすぐに手を振り解き、面倒ごとに巻き込んでくれたなと非難するような目を美優に投げる。
「違う違う!私生まれてからずっとテレビの仕事ばっかで彼氏作ったことなんて一度もないからね!」
しかし、美優は心外だと言わんばかりにブンブンと首を横に振って否定する。
「……じゃあ、あの人は何者なんですか?」
「さぁ?全く面識ないから私にも分かんないよ」
「……実は幼い頃に結婚を誓った幼馴染という可能性は?」
「なし!保育園時代は教育番組や朝ドラのちょい役として出て忙しかったから、子役以外の男の子と遊んだ記憶は一切ないね」
「……じゃあ、その一緒に遊んでいた子役なんじゃないですか?昔は太ってたけど痩せてカッコよくなったとか」
「それもないかなぁ〜。昔遊んだことのある子役の動向はお母さんが割とチェックしてるんだよね。誰がどんなドラマや映画に出たとか、声優を始めたとか、YouTub○始めたとか。それを聞いて一応私もちょくちょく様子は見てるからね。容姿の変化は流石に気づくよ」
「……それなら、生き別れた兄弟とか?」
「……紫音君。流石にそれは言ってて苦しいと思わない?」
「……すいません。思います」
その後、何回か問答を行ってみたが成果はなし。
美優に一切の心当たりがないことだけが分かった。
「……なら、熱狂的なファンって奴ですかね?」
そうなると、親しげに美優の名前を呼んでいたからあり得ないと真っ先に除外した案が一気に最有力候補に躍り出た。
「うん、私もそれが一番妥当だと思う。今日の撮影は一般に公開されてるからね。ネットで私のことを自分の女みたいに呟いてるやつか、後方腕組み保護者面おじさんがたまたま来たんじゃないかな」
「……うわぁ〜、リアルにそう言う人って本当にいるんだ」
「先輩の話を聞いてる感じ結構いるみたいだよ。ただ、初めて出会ったけど流石にちょっと怖いね」
美優の方もそれは同じだったようで、紫音の案に賛同すると顔を見合わせ二人で苦い顔を浮かべる。
「おい、なに美優と親しげに話してんだよ!?ぶっ殺すぞ!」
「……あの調子だと撮影に影響ありそうなんでスタッフさんに言って離れてもらうしかないのでは?」
「その方が良さそうだね。ちょっと言ってくる。ごめんね紫音君、面倒ごとに巻き込んで」
以前として、怒り心頭の男をこれ以上放置するのは不味い。
二人の中で同じ結論が出たところで、美優が申し訳なさそうな顔で謝りながらスタッフの元へ向かって行った。
紫音はそんな美優の姿を見ながら『芸能人って大変だな』と、他人事のように思った。
「ごめんねぇ〜紫音ちゃん。仕事を頼んだ上に変なことに巻き込んで。撮影許可をもらうための条件に公開撮影は必要だったのよ」
美優の姿が見えなくなったところで入れ替わるように、紫音の元へ化け物が謝罪やって来た。
「……いえ、撮影のために一日貸し切るのが難しいことくらい子供の僕でも分かってるんで大丈夫です」
「見た目に寄らず本当肝が座ってるわよね、紫音ちゃんは。いくら安全とはいえあそこまで躊躇いもなく転べるのは才能よ?どう、将来ウチでスタントマンとして働いてみない?」
「……将来は素敵なお嫁さんに養ってもらう予定なんで遠慮させてもらいます」
「あらあら、じゃあ私がお嫁さんに立候補しちゃおうかしらぁ〜。貴方みたいな可愛い子凄いタイプなの私」
「……お願いします。本当勘弁してください」
全然貴方の姿を見てビビってますが?
普通に怪我するのは怖いですが?何か?
と、内心ビビりまくりながら化け物のお誘いを断った。
「貴方にはスタントマンとしての才能があるのよ、信じて!」
「……そうですか。だとしても僕は以降やるつもりはないんで」
「うるさい!美優お前は俺の言う通りにしてれば良いんだよ!?そうすれば上手くいくんだ!!今でずっとそうだったんだから!だから俺に逆らうな!」
熱烈に誘ってくる化け物からのらりくらり逃げ続けていると、再び怒声が聞こえた。
きっとイケメンが退去させられそうになって、最後に文句を言っているのだろう。
そう思って紫音は声のした方を見ると、何故か美優が男に手を掴まれていた。
(スタッフさんは?あっ、横で二人で倒れてる。もしかしてあのイケメンがやったのか?だとしたら、思っていた以上にヤバい人じゃん)
瞬時に状況を理解した紫音は目を瞑り考える。
助けに行くのか?
助けにいかないのか?
それとも応援を呼ぶか?
現在、紫音が取れる選択肢はこの三つのみ。
(普通に考えて、いくら身体能力が上がっているとはいえ、成人男性二人に勝てる男に喧嘩もからっきしな僕が勝てるわけがない。無理だ。それに、沙花叉さんは初対面だしそこまでする義理はない。かといって、何もしないのは良くない。なら、僕がすることは一つ。横にいる筋肉モリモリな化け物に助けを求めるしか無い。こんな見た目してるんだから強いでしょ)
その中にある選択肢を選んだ場合どうなるのかコンマ数秒で検討し、答えを出した紫音は「……監督。助けに行った方が良さそうですよ」と横で固まる化け物に声を掛けた。
「そ、そうね。貴方達付いてきなさい!美優ちゃんを助けに行くわよ」
「「「はい」」」
正気を取り戻した化け物は近くにいたスタッフ達に声を掛けて、上に向かうエスカレーターへ駆け出していく。
これで流石に大丈夫だろう。
紫音はホッと安堵の息を吐いたところで「アンタ、汚い手で美優ちゃんを触るんじゃないわよ!」聞き馴染みのある声が聞こえた。
急いで視線を戻すと、千佳がバイオレンスイケメンの前に立っていた。
「今から一秒数えるうちに離しなさい!さもなくばぶん殴るわよ!」
(そういえば母さんは面倒ごとに突っ込んでいくタイプだった!これは不味い!)
想定外の事態に困惑し、右往左往する紫音。
「うっさい。チビは黙ってろ!美優は俺のものだ。自分の物に触って何が悪い!」
「はぁ〜〜!あんたバカァ?人は物じゃないのよ!それにたかだかファンの分際で一々しゃしゃり出てんじゃないわよ!美優ちゃんが決めたことを精一杯応援するのがファンでしょうが!恥を知りなさい!」
「うるさいうるさい!黙れチビ!」
その間に千佳とイケメンの言い合いは白熱していき、ついに暴力へ発展する。
「カハッ!?」
イケメンが千佳の腹に蹴りを入れたのだ。
「──は゛?」
腹を抑えて苦悶の顔を浮かべる千佳を見た瞬間、ブチッと紫音の中にある何かが切れた。
全力疾駆。
「ちょっ!紫音ちゃん!?」
紫音は一陣の風になり、瞬く間に先行していた監督達を抜きさった。
「ガキが俺に説教してくんじゃねぇっ──」
イケメンが千佳へさらに蹴りを加えようとしたのが見えたところで、紫音は
「死ね!!」
「──ぐほおっ!!」
イケメンの蹴りが当たるよりも疾く紫音のジャンピングキックが顔面に炸裂。
小柄とはいえとてつもない運動エネルギーの乗った紫音の攻撃を喰らったイケメンは見事に吹っ飛び、近くにあった雑貨屋の棚に激突した。
「……うっそぉ〜」
「ふふっ、流石私達の息子ね」
白目を剥いて倒れるイケメンを見て、美優は呆然としてその場にへたり込み、千佳は誇らしげに胸を張る。
当の紫音はと言うと
「……えぇ〜、なにこれぇ〜?」
目の前に広がる凄惨な光景を前に冷静さを取り戻し、困惑の声を上げるのだった。
あとがき
意外と沸点が低い紫音君。
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