第11話 初めてのスタントマンと話題の女優


「凄いじゃない紫音!息子がテレビに出るなんて母親として鼻が高いわ。しっかりと目立ってきなさい」

「……いや、スタントマンが目立ったら駄目でしょ」


 なんとか全ての荷物を救出した紫音は母親の千佳から褒められていた。

 といっても、褒められているのは宙に舞った箱を回収した曲芸ではなく、その後にされたテレビ出演のスカウトについてだが。

 そう。紫音の前に突然現れた化け物オカマは何と信じられないことにドラマの総監督だったのである。

 そんな化け物に紫音はスカウトされた。

 役者ではなく

 何でも戦闘シーンの撮影をするために雇っていたスタントマンの一人が、今日になって体調を崩したらしい。

 代わりにその場にいたスタッフを代役として撮影をしていたそうなのだが、あまりにもお粗末過ぎて化け物が代役が変なことをする度に怒り、全く撮影が進んでいなかったようだ。

 そんなある時、二十回目の撮り直しを始めたところで代役に据えたスタッフが我慢の限界を迎える。

 彼はめちゃくちゃに暴れ始め、モール内に展示されていた巨大ガラスパネルに激突。

 運悪く倒れた先にいたのが紫音というわけだ。

 そして、見事パネルを回避し高い身体能力を披露したことで、紫音をスタントマンとして起用しようという話になったのである。

 最初は断った。

 先ずは怪我をさせそうになったことを謝るのが普通だろう。


『……そんな当たり前のことも出来ない大人のために働きたく無い』


 と、苛立ちを馴染ませながら切り捨てた。

 だが、化け物から『報酬に十万を出すわよ?』と指を十本立てながら言われ、あっさり陥落。


『……謹んでお受けさせて頂きます』

 

 即座に手の平を返し、台本を受け取った。

 そんなわけで、紫音は生まれて初めてテレビデビューを果たすことになったのである。

 やることを確認し終えた紫音が台本を起き、机を立つと代役のスタッフが近づいてきた。


「あの、本当申し訳ありません。俺のせいで君に迷惑をかけて」


 罪悪感に押し潰されそうな彼はぺこぺこと頭を深く下げてくる。


「……いや、別に僕が納得してやることなんで。そんなに謝られても困ります」

 

 困惑から紫音は眉尻を僅かに下げる。

 既に一度謝ってもらっているため、紫音としてはもう気にして無い。

 むしろ、無理矢理代役をさせられた彼には酷く同情していた。

 無理矢理代役をさせられて、本職と同じ仕事を求められる何度も怒られる。発狂して当然だ。

 しかも、その結果高そうなパネルを壊して弁償しなければならないと思うと不憫でならない。


「それでも申し訳ありませんでした」

「……はい。その、早く元気出してください」


 いまだに泣きそうな顔をするスタッフに紫音は下手くそな慰めの言葉を掛け、スタントマン達の中に飛び込んだ。


「……よろしくお願いします」

「よろしくな」

「よろしく、結構キツイけど頑張れよ。まぁ、見た感じ運動神経良さそうだから何回かやればいけるっしょ」

「よろしく〜。早速で悪いけど台本の確認と軽い指導するから覚えてね」


 紫音がぺこりと頭を下げると、彼らは暖かく歓迎してくれた。

 その後、すぐ演技指導に移る。

 紫音達が演じるのは凄腕スパイの主人公とヒロインに襲いかかる敵対勢力の下っ端。

 主人公とヒロインの圧倒的な強さを演出するための雑魚だ。

 そのため、紫音が覚えることはどんな風に攻撃して、どんな風に吹き飛ぶかだけ。

 元々、全くのど素人を代役に立てようとしていただけあり、やること単純だった。

 ヒロインの背後から突撃するだけ。

 その後、足払いを受けて派手に転倒しダンボールの山に突っ込んで終わりだ。

 最近、転んでばかりだなと思いつつ紫音が試しにダンボールへ勢いよく飛び込んでみる。


「ナイスぶっとび!」

「いい感じですね」

「いいじゃん、いいじゃん。最高のやられっぷりだよ双葉君!」

「流石私が見込んだだけはあるわね」

「……ありがとうございます」


 崩れたダンボールの山から紫音が顔を出すと、スタントマンや化け物が褒めはやす。

 お世辞だと分かっているが、今ので問題は無さそうだと紫音は思った。

 それと同時に、何故こんな簡単なことも出来なかったのかと、謝ってきたスタッフさんに対して疑問が生まれる。


(気になるし誰かに聞いてみようかな?)


「大丈夫、立てる?」


 そんなことを考えていると、目の前に突然手が差し出される。

 紫音が顔を上げるとそこには目を見張るような金髪の美少女がいた。

 おそらく彼女が母親が騒いでいた女優だろう。


「……ありがとうございます」


 何故か、彼女の手を取ると面倒なことが起きそうだと思った紫音は、差し出された手を無視して一人で立ち上がる。

 すると、まさか無視されると思っていなかったらしくは少女は意外そうに目を丸めた。


「あらら、別に遠慮しなくてもいいのに。私達これから一緒に演技する仲間なんだから」


 その後、無視したのは紫音が遠慮したからだと解釈したようで少女は距離を詰めて、もう一度手を差し出してくる。


「……別に大した怪我とかもしてなかったので。今日は精一杯こけれるよう頑張るんでよろしくお願いします」

「ぷっ、精一杯こけれるようにって君面白いね。名前は?」

「……双葉紫音です。双つの葉っぱに紫の音って書きます」

「双葉紫音君ね。ふむふむ覚えたよ。私の名前は沙花叉美優。沙花叉に美しい優しさって書くの。よろしくね!」


 紫音は何とか握手を回避しよう立ち回ったが、互いに自己紹介が終わったところで強引に手を握られてしまう。

 満面の笑みでブンブンと手を振ってくる美優に紫音はどこか既視感を覚えるのだった。







 あとがき

 長くなりそうなのでここで分割します。

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