第10話 買い物と突然のスカウト


「紫音、買い物に行くから付いて来なさい!」


 二度目の異変が起きた次の日。

 まだ感覚のズレに振り回されている紫音は自室で安静にしていようと思っていたところに、とある人物が突撃してきた。

 黒の長いポニーテールを見た瞬間、紫音の顔は苦々しいものに変わった。

 

「……いつも言ってるけど、部屋に入る時はノックくらいしてよ。びっくりするじゃん」

「別に家族なんだからいいでしょ。細かいことは気にしないの!禿げるわよ。ぷぷっ、高校生にして毛無しの息子とかオモロw」


 そんな紫音とは対照に快活に笑う小柄な美女の名前は双葉千佳ちか

 紫音の母親である。

 だが、紫音は家族である彼女に苦手意識を持っていた。


「えっ、なになに!?もしかして、いかがわしいものでも見てたの紫音。ずっとちみっこいいままだから、精通もまだかと思ってたけどちゃんとしててお母さん安心したわ。で、どんなのを見てたの?もしかして、人妻もの?いやん、ごめんね〜紫音。お母さんはずっと前からお父さん一筋だから、いくら可愛い息子とはいえ無理なの〜」

「……ただスマホで少年漫画を読んでただけなのに酷い言われようだ」


 理由は、三十代後半にもなりながら落ち着きがなくガキ大将なところが抜け切っていないところにある。

 母親の物は母親の物。息子の物は母親の物を素で行くため、生まれてからずっと振り回されぱなっしだ。


「……すぐ行くから。ちょっと待ってて」


 千佳の様子から何を言っても無理矢理買い物に連れていることを悟った紫音。

 ベッドから立ち上がり、タンスを開けたところで全く部屋を出ようとしない千佳を睨む。


「……着替えるから早く出てくれない?」

「あら、私のことは別に気にしなくても──ちょっ、こら、押すな。んぎぎっ!いつの間にあんたこんな力が強くなってたのよ」


 いくら母親とはいえ、着替えを見られるのは嫌なため紫音は千佳を部屋から強制退去。

 部屋のドアに鍵をかけたところで、ようやく人心地がついた紫音は思わず自分の手のひらを見つめる。


「……やっぱ、力が強くなってるのは間違いないか。ホント原因は何なんだろう?」


 先程の一件といい、昨日の恵を助けた件といい、いつもの紫音ならあんな芸当は出来ない。

 間違いなく自分の身体に何かが起きている。

 益々と確信を深める紫音だったが、原因の方は未だ分からず紫音は不安から溜息を吐くのだった。


 


 数時間後。


「いやぁ、紫音が力持ちになってくれたおかげで買い物が捗るわぁ〜。いつの間にそんな鍛えてたのよ?やるじゃない」

「……そんなことより前が見えないんだけど」


 自分の変化に戸惑う紫音の気など全く知らぬ千佳によって、いつも以上に荷物持ちとしてこき使われていた。

 両脇に大量の紙袋。靴や鞄の入った箱の山を抱える紫音の姿はヒロイン達の買い物に付き合わされる主人公のよう。

 四方八方から向けられる奇異な視線にうんざりしながら、千佳が穿いているヒールの音を頼りに付いて行く。

 すると、ある時足音が止んだ。

 訝しんだ紫音は身体を横に向け、横目で千佳の姿を伺うとあるポスターを見ていた。

 

「ねぇねぇ、紫音!この先でドラマの撮影してるらしいわ!しかも、今話題の沙花叉さかまた美優みゆちゃんがいるんだって!有名人のサインが貰えるチャンス!これは見に行くしかない!行くわよ」


 どうやら、現在来ているショッピングモールで番組の撮影を行っているのを知らせるものだったらしい。

 テレビを全く見ない紫音からすれば酷くどうでも良かったが、千佳の方は違った。

 テレビ世代の千佳は無邪気に瞳を輝かせ、ポスターに記載された場所へ向かって一目散に駆け出していく。


「……せめて荷物を車に置いてからにしてよ」


 遠ざかっていく背中を眺めながら、紫音は独り愚痴を溢す。

 だが、車の鍵を持っていない紫音に追いかける以外の選択肢はなく、嫌々ながらに千佳の後を追いかけるのだった。

 少しだけ見た地図の記憶を頼りに歩いていると、不意に「危ない!?」という焦りの叫び声が聞こえた。

 誰に向けたものかは分からない。

 しかし、紫音の身体は咄嗟に反応し後ろへ飛んだ。

 すると、ガシャンという何かが壊れる大きな音と僅かに地面が揺れた。

 紫音は揺れに足を取られたてしまい、抱えていた箱の山が崩れる。


(不味い!落としたら怒られる)


 その中には割れ物がいくつかあり、壊れたら母親の雷が落ちると思った紫音は上がった身体能力にものをいわせ、バラバラに飛び散った箱全ての回収に成功した。

 

「……はぁ〜」


 再び積み上げられた歪なタワーを見て紫音が安堵の息を吐く。

 次の瞬間「ブラボー!君凄すぎるわぁ〜!採用!これ台本ねぇ〜?」という声が聞こえてきて、紫音が視線をそちらに向けると台本らしき本を差し出す化け物オカマがいた。


「は?」






 あとがき

 メインヒロインもう一人増えちゃうかも。

 

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