第9話 ドジっ子とドジっ子?
パキッ。
「くッ!」
朝から少し時間が経ち、現代文の授業中。
紫音は苛立しげに歯噛みをしていた。
その原因は、利き手に持っているシャーペンにある。
いつもの感覚でノートを取ろうとすると、シャー芯が折れてしまうのだ。
折れないよう意識してやってはいるのだが、かれこれもう通算で十回以上折っている。
苛ついてしまうのも仕方がないだろう。
折れてしまった先端を紫音は忌々しそうに睨みつけながら、カチカチとボタンを押し適度な長さに調整し視線を黒板に戻す。
少し見ないうちに、新しく色々と書かれておりこれを写さないといけないのかと溜息を溢した。
(一体僕の身体に何が起きてるんだ?)
このままだと良くないと思った紫音は板書をするのを一旦止め、窓の外を眺めながら物思いに耽る。
一度の異変程度なら、偶然だと割り切ることが出来た。
だが、一度、二度と続くとなると話は別だ。
流石に偶然で片付けてしまうのには無理がある。
何かしら確実に原因があるはずだ。
紫音は目を瞑り、ここ数日の記憶を振り返ってみる。
(智也に誘われてモンバスを始めた。体育の授業でそこそこ活躍したけど、最後派手にすっ転んで鼻血を出す。春風さんにお姫様抱っこされて保健室送り。智也と一緒にゲームをしてたら異変が起きて、あっちこっちで転びそうになる。夜にひったくり犯とぶつかって、ギャルのバッグを奇跡的に取り返す。その後、二郎系ラーメンを腹がはち切れるまで食べる羽目になった。学校に行く途中、智也とゲームをして異変が起きた。……もしかして?)
全て思い出したところで、一つ心当たりを見つけた紫音は目を開き自分の胸ポッケに視線を向ける。
そこには、紫音のスマホが閉まってあった。
(……『MSW《モンバスウォーク》』が原因?ゲームでレベルアップしたから、リアルの僕もそれにつられてレベルアップしてる?)
紫音の脳内をそんな考えが過る。
(……いや、ないないないない。どこの主人公だよ僕は。そんなことあるはずがない)
だが、すぐに頭を振って馬鹿な考えを頭の隅に追いやった。
漫画やラノベの世界なら、そんな体質の主人公が居てもおかしくはないだろう。
だが、紫音がいるのはフィクションの世界ではなく、魔法やモンスターもいないリアルの世界だ。
ごく普通の一般生徒である紫音に、実は秘められた力があったなんて展開が起こるはずがないのだ。
(だとしたら、寝てるうちに何か薬を投与されてるとか?で、たまたまゲームをしてる頃に効果が出た。……あり得なくはないけど怖すぎる。それ、母さんか父さんが僕で人体実験してるってことじゃん。親にモルモットだって思われてるとか最悪過ぎる。ていうか、いつそんな危ない薬作ってるんだよ。日中は仕事で、夜は家事や趣味で忙しそうにしているあの人達にそんな暇ないでしょ。じゃあ、実は寄生○が寝ている間に僕の身体に入ったとか?もし、事実なら嫌すぎる。いつか身体のうちから食い殺されそう──あーもう駄目だ。変なのばっかり出てくる)
それ以外の可能性も検討してみたが、思いつくものは最初のもの同様現実的とは言えず、紫音は自分に起きている異変について考えるのを止めた。
キーンコーンカーンコーン。
そのタイミングでチャイムが鳴り、授業が終わってしまった。
紫音は慌てて生徒達が立つ前にスマホを胸ポケットから取り出し、先生にバレないよう黒板の写真を撮る。
後で写真を見てノートの続きを書くことを決め、用を足しに行くことにした。
実は学校に着いてから立ち上がりたくなくてずっと我慢をしていたのだ。
しかし、朝から一度も行っていなかったためついに膀胱が限界を迎えたのである。
紫音はノロノロとした足取りで一階下にある最寄りのトイレを目指す。
「あ、あの、双葉君大丈夫ですか?もしかして、どこかまだ痛むんですか?そうだとしたらすいません!」
階段の側まで来たところで、恵が声を掛けてきた。
どうやら牛のように重い足取りで歩いているのを見て、昨日の転倒によってした怪我が原因だと考えているようだ。
「……そういうんじゃないから大丈夫だよ。これはその、筋肉痛的な奴だから。気にしなくて良いよ」
しかし、それは全くの勘違い。
昨日の転倒した際に怪我したのは鼻だけで、それ以外は全くの無傷だ。
「そんな、私に気を遣わなくても大丈夫ですよ!私が悪いんですから、双葉くんの好きなように私を使ってください」
「……じゃあ、ちょっと歩くの補助して貰っていいかな」
紫音は気にする必要はないと伝えたが、怪我をさせた罪悪感から恵は素直に言葉を受け取ることが出来ず、罪滅ぼしがしたいとグイグイ迫ってくる。
その迫り文句が大変危うく、周りに誤解をされないよう紫音は少し大きな声を出して恵の願いを聞き入れると、彼女はパァッと輝かせ「はい、私にお任せください」と元気に頷いた。
「では、私の手を掴んで下さい」
そして、恵は紫音に手を差し出してくる。
紫音はそれを見て『これ周りから見たらお母さんと子供が手を繋いでいる風に見えるんだろうな』と思いながら恵の柔らかい手を取った。
「いきますよ、双葉く──えっ!?」
恵は合図の声を出し、階段に一歩を踏み出そうとしたところで盛大に足を滑らせた。
「くっ!」
「ひゃっ!?
恵の身体が落ちていくのを知覚した瞬間、紫音は思いっきり手に力を入れ恵を引っ張る。
すると、大柄な見た目に反しての恵が軽くあっさりと引き上げることに成功。
恵を抱き止めると、普段は高い場所にある彼女の顔が紫音の前に来た。
「「……」」
「〜〜!?す、す、すいません!双葉君!またご迷惑をお掛けして。私こんな簡単なことも出来ないなんて本当駄目ですね。すいません!」
暫く見つめあった後、弾かれたように恵は距離を取りその場で土下座をする。
下を向いているせいで顔はよく見えないが、髪の隙間から覗く耳は真っ赤に染まっていた。
「……とりあえず怪我がなくて良かったよ。これはたまたま運が悪かっただけだから気にしないで」
紫音は、恵が赤くなっている理由を手伝いを申し出て失敗をするのは恥ずかしいだと考え、フォローし手を再び差し出す。
それは正解ではあるが、不正解でもある。
恵は顔をゆっくりと上げ、再び差し出された手を見てさらに頬紅く染めた。
「……ほら、春風さん。よろしく」
だが、鈍感な紫音はそれに気づくことはなくグイッと差し出し、「ひゃい!よろしくおねがいしましゅ!」と押しに弱い恵は声を上擦らせながら手を取った。
「……行くよ」
紫音は恵の腕を引っ張り立ち上がったのを確認すると、今度は自分が一歩を踏み出す。
その時、紫音の頭から一つ大事なことが抜けていた。
何故自分が彼女に補助を頼んだのか?
現在、自分の身体にどんなことが起きているのか?
このことを完全に忘れていた紫音は盛大に踏み外した。
「っ!?」
「ひゃっ!?だ、大丈夫ですか!?双葉君」
「……あーうん」
恵が慌てて反応したお陰で、何とか手すりに捕まることが出来た紫音は宙ぶらりんな状態で踏み留まることが出来た。
「ふふっ、双葉君も私と同じドジっ子なんですね。知りませんでした」
「……それめっちゃ効くからやめて春風さん」
その間抜けな姿を見た恵が思わず笑い声を上げ、それを聞いた紫音が今度は恥ずかしそうに顔を赤く染めるのだった。
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