第5話 不調とひったくり
「……疲れた」
家に帰ってすぐ、紫音はベッドに突っ伏した。
主な疲労の原因は二つ。
体育の試合で沢山仕事をしたこと。
帰り道に何度も何度も躓いたことである
特に後者の方が紫音の体力を奪った。
いつも通り歩いているはずなのに何故か歩幅がズレているのだ。
そのせいで、自分の考える場所と違う場所に足を着いてしまう。
結果、道路の溝に足を引っ掛けたり、石に足を奪われたり、階段を踏み外しそうになって散々だった。
その後も、それらに気をつけて常に注意しながら歩かないといけなかったため、紫音は今までの人生で一番疲弊していた。
ゴロンッとその場で寝返りを打ち、ボッーとしばらくの間天井を眺める。
「……ついに来たか成長期が」
鈍い思考の中で原因を考え、紫音が出した答えは身長が伸びたこと。
急に身体が大きくなったから、脳の方がそれについてこられていないのではないかと考えたのだ。
紫音は口角を微かに上げると、疲労した身体に鞭を打ち起き上がる。
そして、鏡の前に立ち、いくつか横線と数字がが書かれた壁に背中をくっつけ頭に手を置く。
「……嘘だ」
鏡によって反射された光景を目の当たりにした紫音は愕然とした。
何と半年前に測った時に付けた線と重なっていたのだ。
寸分の狂いもなく。
つまり、これから分かることは半年前から紫音の身長は一センチも伸びていないということに他ならない。
このことを自覚した紫音はその場で膝をつき崩れ落ちた。
ドンドン大きくなっていく周りを妬んでいくこと数年。
低身長に悩まされていた紫音もようやく報われる時が来たのかと思っていたのに、現実は相変わらず非情だった。
先程言った『成長期』など只の夢物語だったのである。
「…………寝よ」
もう何かもどうでもいい。
失意に沈んだ紫音その場でふて寝を決め込むことにした。
◇
「……ん、まだ夜?」
次に紫音が意識を取り戻したのは深夜も近い二十一時過ぎだった。
夕方に寝た時は決まって、次の日の朝まで目を覚まさないためこの不可解な事態に目を丸める。
「……あぁ、床で寝てたから」
しかし、すぐに紫音は自身の指がひんやりとした地面に触れたことで原因を察した。
ベッドではなく地べたで寝たせいで、睡眠の質が落ちて中途半端になってしまったのだろう。
だが、それならばもう一度寝ればいいだけだと紫音が目を瞑ろうとしたところで、グゥーと紫音の腹が空腹を訴えてきた。
「……なんか買ってこよう」
紫音は思わず溜息を吐き、ノソノソと緩慢な動きで立ち上がった。
もし、目が覚めた原因が空腹だったとしたらこのまま寝てもまたすぐに目を覚ますかもしれない。
紫音は何か食べようと考えてとりあえず夕食は除外した。
何故なら、双葉家には『出された料理は全て食べる』という家訓があるからだ。
この時間にはもう何も料理は残っていないだろう。
「……最悪だ。また歩かないといけないじゃん」
つまり、ご飯を食べるなら家を出るしかない。
紫音は文句を言いながら制服を脱いで、黒のパーカーと少しダボっとした薄黒のジーンズに着替え外に出た。
行き先は徒歩一分のコンビニ。
しかし、一歩一歩細心の注意を払いながら紫音の足取りは酷く遅く、妙に遠く感じる。
そんなことを考えていると、近くでブゥゥーーンというエンジン音と「きゃっ!?」という女性の悲鳴が上がる。
街灯の下で倒れる女性。
高そうな鞄を持って紫音のいる方へ猛スピードで向かってくるバイク乗り。
状況から鑑みるにこれはひったくりと見て間違いないだろう。
(えっと、こういう時はスマホで証拠を)
漫画やラノベの主人公なら盗られた荷物を取り返すため、すぐに行動を移すだろう。
だが、残念なことに紫音は一般人だ。
猛スピードで走るバイクをどうにかする特別な力など一切持っていないが、それでも出来ることはある。
それはひったくり犯の姿をカメラで収めること。
犯人の姿を納める事が出来れば、警察がその写真を使ってどうにかしてくれるはずだ。
そう判断した紫音は冷静にポッケからスマホを取り出し、カメラを起動。
スマホを犯人の方に向ける。
が、タイミングが悪かった。
「うわっ!」
紫音がカメラを向けたところで、丁度バイクが真横を横切ったのだ。
咄嗟に腕を引っ込めようとしたが、グイッと身体が何かに引っ張られ倒れそうになるのを何とか堪える。
次の瞬間、ガシャーーン!という音が閑静な夜の住宅街に響いた。
「へっ?」
少しして、紫音は咄嗟に閉じていた瞼を開け間抜けな声を上げる。
理由は信じがたい光景が目の前に広がっていたから。
転倒したバイク。
その近くで「ううっ」とくぐもった声を上げながら蹲るひったくり犯。
そして、盗られたはずの女性のバックは何故か紫音の腕に掛かっていた。
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