第3話 体育と鼻血


「へい、パスパス!」

「フリーフリーあ「もらい」ぁぁ!」

「ナイスカット!」

「……あぁ〜、早く終わらないかな」


 MSWをインストールした次の日。

 和気藹々とバスケをするクラスメイト達を紫音は憂鬱そうに眺めていた。

 体育の時間といえば何となく楽しいイメージがあるが、それは身体能力に大きな差がない小学生までのお話。

 中学、高校と上がっていくにつれその差は広がり苦手意識を持つものが多くなる。

 例に漏れず、紫音も体育は苦手だ。

 昔から小柄で力のなかった紫音にとっては天敵とも言えるレベル存在。

 出来れば受けたくないというのが本音だが、残念なことに体育は必修科目だ。

 そもそも受けないという選択肢が存在しない。

 

(出たくないなぁ)


 今日の授業は男子全員参加のチーム対抗戦。

 しかも、担任が作った独自ルールにより少なくとも一人三分はコートに出なければならないという最悪の縛りが付けられたことで、紫音のテンションは最悪である。

 死んだ魚のような目を紫音がしていると、ある時ボンッと後頭部に軽く衝撃が走る。


「……ん?」

「す、すいません!大丈夫ですか!?」


 後ろを振り向くと、ソフトバレーボールが側に転がっており、茶髪の美少女の姿が慌てて紫音の方に駆け寄ってきているのが見えた。


「……全然大丈夫。はい、これ。春風はるかぜさんのだよね?」

「ありがとうございます。あの、本当に大丈夫ですか?私がミスをしたせいで本当すいません!」


 紫音はボールを拾って差し出すと、首が取れるのではないかとほどの勢いで美少女は何度も頭を下げながらボールを受け取った。

 そんな過剰な反応を示す美少女を見て、『相変わらずだな』と紫音は小さく苦笑いを浮かべた。

 彼女の名前は、春風はるかぜ めぐみ

 緩くウェーブのかかった柔らかそうなボブヘアーと、そこら辺の男子よりも大柄で色々な部分がデカいのが特徴的な可愛い系の美少女。

 しかし、こんな派手な見た目とは裏腹に性格の方は見た目に反して真面目で優しく、小心者で卑屈。

 おそらく、その原因は彼女が持つ最大の欠点であるドジ癖だ。

 よく恵は何もない場所で転んだり、移動教室で別科目の教科書を持ってきたり、購買で買ってすぐのパンを落として駄目にしたり、クラス全員で打ち上げをするとなった時一人だけ別のカラオケ店に行っていたりと、日常的にドジをする。

 昔からそんなことを繰り返していれば、卑屈になってしまうのも仕方がないだろう。

 そんな幸の薄い生活を送っている恵だが、真面目で優しい性格から男女共に多くの生徒達から慕われている。

 特に男子からの人気は凄まじく『俺が幸せにしたい女の子ランキング一位』、『付き合いたい女の子ランキング一位』に選ばれる程。

 紫音も恵のことは人として大変好感が持てる人物だと思っているが、付き合いたいとまでは思っていない。仲の良いクラスメイト程度の認識だ。

 

「……まぁ、ソフトボールくらいいくら当たっても大丈夫だから。気にせず頑張って」

「はい。次からは絶対に後ろを通さないよう頑張ります。では、失礼します」


 戻り際に紫音は自分のことは気にしなくていいとフォローしたが、恵は別の意味でやる気を出してしまい「……噛み合わないなぁ」と遠ざかって行く背中に呆れの篭った目をぶつけるのだった。

 

「紫音。出番だぞ」

「……分かった」


 それから少しして、智也に名前を呼ばれた紫音は重たい腰を上げコートに上がった。

 

(……出来るだけボールが来ない位置にいよう)


 試合開始前、紫音は試合中の方針を大雑把に固める。

 これまでの経験から相手の運動が苦手な男子にべったり張り付いていれば、ボールはあまり来ないはずだ。


「紫音パス!」

「……はい」

「双葉!こっちこっち!」

「……あい」


 しかし、試合が始まると紫音のところへひっきりなしにボールが集まってくる。


「なんで取れないんだ。双葉が相手なのに」

「……うっ」


 理由は、何故か紫音がガンマークしている相手と競り負けないから。

 前に試合をした時は、敵の方が力が強くガタイが良いため負けてばかりだったのだが、今日は何故か僅差で勝ててしまうのだ。

 そのため、とりあえずボールをキープするために紫音のところへボールが回ってくるのである。

 当の本人からしてみれば迷惑以外の何ものでもない。

 ヒィヒィ、言いながら紫音は味方にパスを回していく。


「紫音打て!」

「うえっ?」


 試合開始から二分五十六秒。

 あと一点で逆転出来るところで、紫音がボールを受け取った瞬間、智也の叫び声が聞こえてきて名前を呼ばれた本人は大いに困惑した。

 顔を上げてみれば、無我夢中で気が付かなかったが確かに紫音の前に立ち塞がるものはなく完全なドフリーの状態だった。

 絶好のシュートチャンス。


(どうする?打つ?パス?どっち?)


 だが、紫音はこれまでの試合で一度もシュートを打ってこなかったため、本当に打つべきか躊躇う。

 時間にしてコンマ数秒。


「ッ!」


 その僅かな隙を見逃さないと敵が迫ってくるのが見えたところで、紫音は反射的にジャンプしシュートを放った。


(これ入るな)


 ゆっくりになった世界で紫音は綺麗な山なりを描くボールを見て、そう確信した瞬間突如足元にソフトバレーボールが転がってくる。


「うわあっ!?ぐへっ」


 ジャンプしていた紫音はどうすることも出来ず、その上に落下。

 見事に足を奪われ、盛大に顔からすっ転んだ。

 

「うあぁぁ、ごめんなさいごめんなさい!双葉君大丈夫ですか!?血が」

「血?」


 しばらく、紫音が痛みで動けないでいると突然真上からそんな焦りの篭った悲鳴が聞こえてくる。

 何処か怪我をしたのかと紫音が身体を起こすと、地面には血溜まりがありその出所は自身の鼻からだった。

 転んだ際に鼻を強打したのが原因だろう。


(凄い出てるな。うわあっ、なに?)


 留めなく流れ出ていく鼻血をどこか他人事のように紫音が眺めていると、何の前触れもなく身体が浮かび上がった。


「あ、あの、私。双葉君のことを保健室に連れて行きます!では」


 恵が紫音を抱っこし走り出したのだ。

 どうやら、紫音が転ぶきっかけとなったボールは彼女が練習に使っていたものだったらしく、責任を感じての行動らしい。


(これ、僕が春風さんのおっぱいに興奮して鼻血出した風に見えないかな?)


 パニック状態の恵とは反対に、大人しく連れ去られる紫音はふよふよと背中に当たる柔らかな感触を感じながら、冷静にそんなことを考えるのだった。

 

 


あとがき

メインヒロイン登場回。恵ちゃんのイメージは某娘のメイショウドト○です。



 

 

 

 

 

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