第5話 廃ビル
「こちらブラボー3。マンション屋上に到着。向かいのビルの屋上を見ているが、人っ子一人いる気配はなし」
くじ引きの結果、イヤホンマイク越しに現場に到着したと報告をする翔とともに屋上にいた。しかし、この前から屋上に縁のあること。
『こちらアルファ7。了解した。そのまま待機』
吾妻監査官はイヤホン越しにそう伝えた。
『こちらチャーリー4。裏口を視界に捉えた。今、百瀬と一緒に敷地外のブロック塀から様子を除いている。…………どうでもいいけど、通行人の視線が気になるから後1チームはさっさと報告いい?』
今度は綾瀬さんの声。こちら女性2人の華のある組み合わせ。そして、予定調和というかなんというか。
『こちらアルファ7、了解した。それで、デルタはどうなっている。現状の報告を』
綾瀬さんの言葉に応じて、もうひとチームに状況の確認をする吾妻監査官。それと同時に一際でかい舌打ちが聞こえ、それを聞いた翔が苦笑した。
『はいはい、こちらデルタ13。御覧の通りアホと一緒にビルの真正面に立ってるよ』
酷く不機嫌な声音の赤城さんが、うんざりした様子で応答した。
大方の予想通り、公平な結果の下に決まった結果はいつものメンバー構成であった。
『クソ、何が公平だ。作為を感じる。つか、百瀬、絶対お前の仕込みだろう』
『ち~が~い~ま~す~。そんな子どもっぽいことしませ~ん。大体、そういうなら証拠見せてください、証拠。何時何分何秒、地球が何回回った時?』
ガキかテメェは、と吐き捨てるように言い放つ赤城さん。それはまったくの同意である。そして、しっかりと見抜かれている。
「それよりも、俺はタバコを返してほしいね」
そのやり取りを聞いていて、翔が言った。というのも、あの後引いたタバコを回収していた翔だったが、赤城さんだけ“ふざけんな、これは俺のくじだ”とか言ってそのまま持ってったのだった。
『かー、驚いた。たかだかタバコ一本くらいでけち臭ェ』
「それ言うんだったら自分で買ってくださいよ。たかだか、なんでしょ?」
『おう、今すぐにでも買いに行ってやらぁ。だから後はテメェらでどうにかしろ』
『それは職務放棄として判断していいな、デルタ13』
二人のやり取りを聞き、少しトーンの下がった声で吾妻監査官が警告する。
『…………お前も見ただろ、今手持ちがない。ドケチの天上君のために後でこの俺様が買って返してやるよ』
「それですでにカートン近く帰ってきてないんすけどね」
だいたいドケチはどっちだよ、イヤホンを外して翔がつぶやいた。
『組織の運営というよりまるで保育園だな』
傍で聞いていたであろう磐田刑事が呆れたように言った。隣の小林刑事も苦笑しているだろう。
『無駄口はおしまいだ。チームデルタ、行動開始』
その言葉に吾妻監査官が指示する。当然のデルタへの突入命令だった。
『了解、了解。ったく、クソったれが。俺のことを洞窟のカナリアだと思ってやがんのか?』
心底嫌そうに赤城さんが言った。
翔と一緒に屋上から見下ろしていると、空きビルの敷地に侵入していく二人の姿をがあった。
『俺って、私もいるんだけれども?』
『好き好んで突っ込んでくマゾ野郎は勘定に入らねぇよ』
酷い話だ、と三崎さんは笑う。
『そう腐りなさんな。何せこれから未知との遭遇だよ?』
『いるのはどうせ物体Xだろうが』
『いやいや、案外仲良く指先をくっつけてくれる宇宙人かもしれない』
『それじゃあ俺たちはそいつらを自転車で保護するか? 丁度後ろにおっかない警官もいるしな』
鼻で笑って赤城さんが言った。
『そうか。ならこちらはメン・イン・ブラックとしゃれこむか?』
吾妻監察官の声とともに拳銃のスライドを引いた音が聞こえた。
『冗談、冗談だよ。我らが監査官殿は冗談が通じないのか?』
振り返ってマンションの方を向き、動きを見せる赤城さん。
『無駄口はいい。さっさと行け』
ったくクソが、言われて赤城さんは振り返って吐き捨てた。
「…………ところで、どこでやられると思う」
不意にイヤホンを外し、手で押さえて小声で聞く翔。俺は少し考え。
「入り口から侵入して階段手前」
同様にして翔に返した。
「いや、入り口だね。おそらく」
と、翔は自信ありげに答えた。
「何、今聞こえてるの?」
「いや、経験上の勘」
勘かよ、そう思ってイヤホンを付け直す。同様に翔もイヤホンをした。
『それで、どうするんだ? このまま透明になってる宇宙人を探すか? おそらく向こうは赤外線モニターもってんぜ』
『もちろん、コミュニケーションだよ赤城君、コミュニケーション。電光掲示版なんか持ち出して視覚的にも伝わりやすくしよう』
『それ、攻撃されね? 行くんだったら先行けよ。大半の出来事じゃ俺よりお前の方が被害は少ない。生命反応があるから立ち寄った天体で地球外生命体と出くわした哀れな乗組員と一緒だ、今の俺たちは』
言葉通り、入り口の少し手前で赤城さんが立ち止まる。
少し歩いて立ち止まった三崎さんは振り返り赤城さんを見て肩を竦めた。
『そういいなさんな。何より会話が大事、何事もコミュケーションさ!』
そういうと振り返って一人廃ビルの入り口に向かった。そうして、一階の入り口の前に佇み、ガラス戸の取っ手に手を掛けると。
『さぁ、地球へようこそ!』
そんなことを言って勢いよく扉を開いた。瞬間。
『あ、こらあかん』
間抜けた三崎さんの声が聞こえた直後、ビル内から奔った炎が三崎さんに直撃をして大きな爆炎を上げた。
叩き付けるような破裂音。燃え上がる炎。
大気を揺らし、空気を伝う衝撃波は向かいのマンションの屋上にいる俺たちを叩く。
反射的に身を屈めてやり過ごしていた俺たちはそろって立ち上がる。
手すりに掴まり廃ビルの入り口を見下ろす。同様に身を低くして爆風をやり過ごしていた赤城さんと、吹き飛ばされる黒い姿があった。
『クソが! やっぱりこうなったじゃねぇか!』
黒煙が上がり炎が燃え盛る中、地面に伏せていた赤城さんが心底うんざりしたように叫んでいた。
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