第4話 現場付近
吾妻さんと三崎さんを先頭に、乗り気でない俺たちはマンションの一室を訪れた。
「おう。そろって社長出勤たぁいいご身分だなぁ、オイ」
空き部屋にいた白髪交じりの髪と無精ひげの生えた、気難しそうな初老の刑事がいた。名前を磐田 一(いわた はじめ)。俺たちが所属している“事務所”にある所轄の刑事であり、能力犯罪対策課の刑事であった。
「磐田さん。様子は?」
吾妻さんは磐田さんの皮肉を聞き流し、尋ねた。
「まったく。猫の子一匹現れやしねぇ。本当にいるのかよ?」
「確かな情報筋から」
短く吾妻さんが返す。聞いた磐田さんが、だといいがな、と吐き捨てた。しっかり見透かされている。
「監視の合間に侵入した可能性は?」
「それはないですよ。多分」
ふと、入り口の方から聞こえた声に振り返る。そこには、頼りない感じの若年のスーツの男がにへらっとした笑みを浮かべて、コンビニの袋を手に持って立っていた。
「おせぇんだよ小林。てめぇは」
「そら僕らだって他のこともしなきゃなりませんし、吾妻さんのお願いだけ聞いてる訳にもいかないですよ、磐さん」
そういって頭を下げながら俺たちの間をすり抜けていく小林と呼ばれた男。名前を祐輔といい、彼は磐田さんと同対策課の刑事であり直属の部下であった。
「それで、ないという根拠は?」
手に持っていたコンビニのそばを取り出し、それを磐田さんに渡していた小林さんに吾妻さんが聞いた。
「一応ね、僕と磐さんで交代で監視をして目がなくなるのを避けてたんだけど、その間に入った人はなし。ついでに裏口の方にはカメラを仕掛けてみたんだけど、これまた現時点ではずれ」
言って肩を竦める小林刑事。
「つまり現時点じゃ能力者がいるって話はアンタの頭ん中だけにある話って訳だ」
そういって磐田さんはコンビニのそばを啜りながら吾妻さんを見て言った。
「そうなら俺たちも願ったりかなったりだ」
それを聞いて赤城さんが鼻で笑って言った。それを睨みつける吾妻さん。
「で、どうすんだ。このまま仲良く雁首揃えて空きビルでも観察してんのか?」
「人員はそろいました。これから目的のビルの捜査を開始します」
到着早々ご苦労なこって、とそばを啜る磐田刑事は他人事だ。
「うちから人員はだせねぇぜ。実際、能力者が出てきてたらその限りじゃねーけどよ。現時点じゃガキのいたずらと区別がつかねぇよ」
「それには及ばないかと。あくまで確認が目的であり、戦闘行為に及ぶことは限りなく低いかと。現行、能力者の意図は把握しかねている状況ですので」
「なんか、フラグが立ったねぇ」
そんな吾妻さんの話を聞いて他人事のように話す三崎さん。
「なんでかいるのかわからない能力者の様子を見に行くのか。いいね、俺はアンタらのガキの使いを手伝わされている訳だ」
「もとより、不明の能力者を捜索するのが私の業務ですから」
皮肉を言う磐田刑事に、吾妻さんは気にした様子もなく切り返した。
「それで、どうする気だ? 仲良くみんなで並んでいくのかよ」
「二人一組三班に分け、三か所からの侵入を行います」
尋ねられて即答する吾妻さん。その言葉を聞いて真っ先に反応したのは赤城さんだった。
「おいおいおいおい、ちょっと待って。なんだか雲行き怪しくなってきたぞ」
「なんだ赤城。口を挟むな」
近づく赤城さんを一喝する吾妻さん。赤城さんは気にも止めずに詰め寄った。
「口を挟むわ。あんな、吾妻紫苑監査官様よ。今、アンタが考えてること一つだけ当ててやろうか。その三班の構成の内一班っていうのは俺とこのクソったれのことを指してんだろう?」
そういって立てた親指で三崎さんを指す赤城さん。
「あらやだ。ご指名とか照れる」
そういって頬に手を当ててなよっとして見せた三崎さん。それを射殺すような視線で赤城さんは睨みつけた。
「そんな気はまったくさらさらなかったが、そういう気があるならそうだな。赤城と三崎、とりあえずお前たちが一班だ」
いや、白々しいことこの上ない。何がそんな気は、だ。端からそこだけは腹積もりは決まっているだろうに。
ただ、それは当事者を除く一同同じ思いか、吾妻さんの言葉を聞いて頷いていた。
そして、当事者はというと。
「ふざけんな、テメェ! やっぱりじゃねぇか。俺とこいつに何をやらせようっていう魂胆か透けてんだよ!」
不満爆発といった猛抗議。まぁ、当然といえば当然だ。
「お前の提案が発端だ。何が不満だ?」
心底不思議そうに返す吾妻さん。この人は。
「不満しかねぇわ。大体提案じゃねぇよ。毎度馬鹿の一つ覚えみたいに決まったことさすんじゃねぇ。他にも適任いんだろうがよ、あのアホとか、そこのアマだとか」
急に指さされて、え、俺? みたいな反応を示す翔と、睨み返す綾瀬さん。
「そんなに不満なら、民主主義的に多数決で決めるか? で、他の連中はどうだ」
「「「「「異議なし」」」」」
俺も含め迷わずの即答。
「ほら、公平に決定した」
「ふざけんな。つか、なんでテメェも肯定側にまわってんだ、この野郎」
えー、だって、と三崎さん。本当にどっちでもいいんだな、この人は。
「いつまで漫談続けてるつもりだ。アホなことしてねぇでくじにでもすりゃだろう。少なからず、現行の多数決より公平だろう」
そんな俺たちのやり取りを見ていた磐田刑事が呆れたように言った。それを聞いた赤城さんが少し考えて、不承不承といった様子でポケットをまさぐる。
「…………お前、煙草ある?」
なかったのか、近くにいた翔に尋ねる赤城さん。聞かれた翔は、なんで俺? と答えてポケットから煙草を取り出す。
赤城さんは小林刑事に声を掛けてペンを借りて、取り出した煙草に文字を書きだした。おそらく、くじにするのだろう。
まぁ、確かにそれなら公平にはなるだろう。ただ、そうなるとわが身かわいさが出てくる。
できるなら吾妻さんの言葉通りが無難で安全なのだが…………。
そういえば、吾妻さんは何も言わないのだろうか。
基本的にかっちりしたタイプだからこういう運否天賦で決めることはよく思わないだろうに。
そう思って吾妻さんを見ると気にしている様子は見られなかった。意外なこともあるもんだ。興味がないのか、赤城さん達を見ずにこちらを見ている。というか、何を見ているんだ。
視線を追う。その先に百瀬さんがいた。
見られている百瀬さんは猛獣に睨まれたウサギのようだ。綾瀬さんの陰に隠れて恐る恐る様子を伺っていたのだが、ふと何かに気付いた様子だった。
俺は振り返ってみる。いつの間にか壁に寄りかかっていた吾妻さんだったが、よくよく見ると眼球だけで赤城さんと百瀬さんを交互に見ていた。
視線を戻すと、相変わらず綾瀬さんの陰に隠れたままの百瀬さんだったが、しかし、悪い顔をしていた。
…………なんとなく、意図が伝わった。それは、周りの人たちも同様か、妙に黙りこくっている。
ちゃんと返してよ、と疑う翔の声を聴く。わあっているよと、答える赤城さん。当事者はある程度公平に思っているのだろうが、結果は想像に難くない結果になりそうなのは明白なのであった、まる。
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