第3話  車内~現場

「あのー。学校まで来るのやめてもらいます? 連絡なら電話かメールかラインで済みますよね」


 助手席に座り車内から見る、高速で過ぎ去っていく街の風景をぼうっと眺めながら俺は隣で運転している黒ずくめの男に向けていった。


「おや、どうしてだい? 折角来たのに? ははん、さては思春期だな」


 長髪丸サングラスの不審者は俺の話を聞いてそんなふざけた回答をした。


「貴方と関係者だと思われたくないんで」


 聞いた怪人は、酷い話だ、といった。


「そんなこと言ったってすでに周知の事実だと思うのだけれども。何か、ご不満?」


「本気で言ってます?」


 私はいつだって本気さ、と怪しい見てくれのその人物は言い放ち、それを聞いた俺はため息をこぼした。


 さて、先ほどから登場している不審者ではあるが、悲しいことに当人が言っていることに違いはなく、俺の関係者であり俺の所属している事務所の、これまた不思議なことに副所長である三崎光輝という怪人なのであった。


 見てくれは前述に散々。性格は御覧の通りにまともでなく、辞書で引けばおよそ一般人は真逆の意味合いで出てくる、どこに出しても恥ずかしくない頭のおかしな人なのである。


「それで、今度はいったい何が起きたんですか?」


 ノリでドライブにでも誘いに来たような雰囲気で現れた三崎さん。さすがに本当にノリで現れているという訳でもないだろうが。や、来るか来ないかでいえば来かねない人物ではあるが。

 もっとも、仕事に関して言えば依頼があればメールで連絡をよこすので、この場合本当に何か起きている可能性が高い訳ではあるのだが。


「それが何とも」


 三崎さんから出た言葉は何とも頼りのない話だった。


「何とも?」


「私も詳しくは知らないのだけれども、我らの監査官殿からの直々のお呼び出しでね」


 訂正。明らかに厄ネタだこれ。


「うわ、露骨に嫌な表情」


 それはそうなる。吾妻監査官からの直々の招集命令なんぞ大体がろくでもない話だ。


「いや、だって絶対にまっとうな話じゃないですよね、それ」


「そうとも限らないんじゃないかな、少年。意外と早合点かもしれない」


「そうとも限らなかったことは?」


「ないね」


 自分で言っといて速攻で断言しやがったよこの人。


「それと、なんだってまた俺に声がかかるんです?」


「何故?」


「俺と翔さんは昨日仕事だったわけでしょ。他の人いるでしょ」


 その辺律儀というかしっかりしている監査官殿。基本回りはしっかり確認する人なのだが、その事実が嫌な想像を加速させる。


「他の人がいないからだよ」


 三崎さんの回答は実に端的だった。


「他の人って赤城さんとか、綾瀬さんもほかに仕事が?」


「それと百瀬ちゃんと翔君も出払ってるね」


 翔の方にも声がかかっているのか。それより。


「それってほぼほぼ全員で払ってますよね。なんだってそんな事件が一気に?」


「そりゃその全員が呼び出しかかってるからね」


「とびっきり厄ネタじゃねーか」


 思わず切り返した。やっぱりろくな話じゃなかった。


「もうそれって問題ありですよ、って証言してるようなもんじゃない」


「いや、単純にみんな知らされてないだけで実は迷子の猫を探すだけって話の可能性も」


「ある訳ないでしょ、そんなこと。いつからうちは体裁だけじゃなくて興信所に化けたの?」


「今日から?」


 …………頭痛い。


「まぁ、事が始まる前からいやいや考えていたってしようがない。始まれば成り行きで進んでいくから、とりあえず軽い気持ちで行こう、少年」


 そう簡単に言ってのける副所長を横目に痛み出したこめかみを押さえ、売られていく子牛の気分で窓の外を眺めた。



「うわ、本当にほとんどいる」


 マンションの敷地に入り駐車場にたどり着くと、すでにそこには“事務所”のメンバーがそろっていた。どこで拾ったのか、ボロボロのパイプ椅子に座ったチンピラ然としたガラの悪い茶髪の男がこちらに気付き、一瞥をくれた。


「おせーんだよ」


 そして気付くなりガラの悪い男こと赤城 誠(あかぎ まこと)は威嚇するように言った。


「いや、赤城さん。俺、普通に学校だし」


「こいつだって学生だぜ」


 そういって赤城さんは隣に体育座りをしていた、火の付いていないタバコを咥え、死んだ目をしている大学生こと天上 翔(あまがみ しょう)を指さした。もっともこの人、大体目は死んでるけど。


「一日二十四時間三百六十五日毎日土日生活をしていたら時間だけ余り余って仕方ないでしょうね。なんだったらバイトしたら? 副業、認めてない訳じゃないでしょ。まぁ、他のメンバーからしたらこれが副業に近いけれども」


 そんなやり取りを見て、車に寄りかかっていたセミロングのトレンチコートの女性は赤城さんに向かっていった。


「なんだ綾瀬、このクソ女。そりゃどういう意味だ?」


「視た通りの事実を言っただけだけれども? ああ、事実も名誉棄損になったかしら」


 ごめんなさいね、とまったく謝る気のないトレンチコート、もとい綾瀬 紗稀(あやせ さき)は明らかに挑発していた。


「上等だこのアマ。こちとら昨今の社会通念から男女平等を謳ってんだ。関係なく全力でぶん殴る用意は出来てんぞ、このクソが」


「まるでチンピラね。いや、チンピラそのものかしら?」


 上等だ、と立ち上がった赤城さんを見て、綾瀬さんは無表情のまま鼻で笑った。あと、そこで綾瀬さんの陰に隠れるように立ってる、小動物のような百瀬 琴葉(ももせ ことは)さんに気付いた。


「んー、なんかいつもの事務所って感じがするね」


 その様子を見て三崎さんが口元を吊り上げてこぼし、当事者同士に睨みつけられた。


「あのー」


 そこで、話を割るように翔は手を上げて言った。


「何だい、青年?」


 三崎さんが聞く。


「こんなに人いる? ほぼ総出だよ。また“怪獣”でも出た訳?」


 心底うんざりしたように翔が聞いた。その言葉にいがみ合っていた二人も、俺も三崎さんを見た。

「さぁ。知っての通り私も存じてないけど、青年はご不満?」


 聞いたメンバーはため息をこぼし、さらに翔は力なく手を振る。


「眠い。つか、シンプルに帰りたい。ご承知の通りですがワタクシ、昨夜お仕事でして」


 三崎さんの言葉に対して翔は心底気だるそうに言った。右に同じ。


「当然、必要があっての招集だ、天上。私とて無駄にお前たちの頭数を揃えん」


 そうこう話していると、我が監査官殿も現場に到着した。


「その必要っていうのが厄介なんですよ、吾妻さん。今度は妖怪かロボットでも出ました?」


 ピシッとスーツで決めた、眼光鋭い眼鏡の御仁こと我らが監査官、吾妻 紫苑(あづま しおん)に心底うんざりしたように翔が聞いた。


「そこまで急を要する話ではない。あくまで念を押して、だ」


「その念を押してが、一等一番胡散臭いんだよ」


 聞いた赤城さんが吐き捨てる。


「とある情報スジから連絡があってな。“組織”に関する話だ」


 三崎さんを除くその場の全員が嫌そうな表情を浮かべていた。


「やっぱりろくでもない話」


 紗稀さんが言った。


「それこそ警察か統制局にやらせりゃいいだろう。俺たちの仕事か?」


 不快そうに赤城さんが吾妻さんを指さしていう。


「違いはないが体裁の問題があることが否定できない。そもそも、お前たちの存続もただではないのでね。ある程度の成果というものが必要なんだ」


「頼んで続けてもらってる訳じゃないけれど」


 聞いた紗稀さんがため息交じりに言った。


「じゃあ“商会”あたりにやらせりゃいい。あいつら二つ返事で頷くぜ」


「生憎と彼らは管轄外だ」


 クソったれ、赤城さんは悪態をついた。


「少し気になるんですけど」


 手を上げて言う俺に、なんだと視線をくれる吾妻さん。聞いて気になったのだが。


「赤城さんも言った通り“組織”って根本的に公安とか統制局の仕事なんでしょ。なんで俺たちの仕事になってるの? 言ってることはわかるけれども、それこそ管轄外なんじゃないんです?」


「なかなか鋭いね」


 こちらを指さして言った三崎さんを吾妻さんが一瞥くれて、すぐに溜息をこぼした。それを見た三崎さんを除く俺を含めた全員が再びうわって顔をしていた。

 何か考え込むように眼鏡をはずして眉間をつまむと、また溜息をこぼしてポケットからスマホを取り出した。少し画面を操作した後こちらに画面を見せた。そこには非通知の文字。そこでみんなが察する。


「おいおい冗談だろう?」


 呆れたように赤城さんは言う。


「…………最悪」


 綾瀬さんはこめかみを手で押さえて俯いた。


「それ本当に大丈夫なの? ただのいたずらってことは?」


 死んだ目をした翔は抗議するように言った。


「否定はしきれんが、非通知で私を含めた全員名指しだ。少なからず悪ふざけで収まる話でもないだろう」


「…………絶対に罠ですよね、それ。絶対に」


 ついに百瀬さんも口を開いた。吾妻さんに見られて紗稀さんの後ろに隠れた。


「鋭いな。無駄に脂肪が胸に偏ってるだけじゃねーんだな」


 聞いた赤城さんが口元を吊り上げて、百瀬さんを指さして言う。


「かちん。ああ、脳みそが味噌と区別がつかないような人にまともな思考力があったことが驚きですけど~」


 んだクソアマ! と赤城さん。デリカシーのない人に言われたくないです~、と百瀬さん。歯をむき出して、いー、としている。子どもか。それはさておき。


「そこまで名指しでご指定っていうなら公安も統制局も動くんじゃないですか? どう考えても怪しいですよね、これ」


 そもそもうちの個人情報が駄々洩れって、どういう情報管理してんだ。

 俺の言葉を聞いた綾瀬さんと翔さんがそれぞれ顔を合わせ。


「いたずら電話は公安の仕事じゃなくて警察の仕事だ」


 威圧的に、かつ不機嫌そうなものまねをして見せる綾瀬さん。


「はっはっはっ、吾妻監査官も冗談を仰るんですねぇ」


 張り付いたような笑みを浮かべ、抑揚がない感じでこれまたものまねをする翔。その二つを見て心底不機嫌そうに眉間に皺を寄せる吾妻監査官。


「つまり?」


「門前払いってこと」


 そういって三崎さんは肩を竦めた。


「彼らはこんな確証のない情報では動かないよ、少年。それについては吾妻先生もご理解されている。ただ、さすがに何も無しでことが起こった時に体裁が悪いから報告は入れておく必要がある。そんなところ。こんなんで動いてくれるなら万々歳さ。

 もっとも、彼らは彼らでそれぞれ独自の情報網を持っているし、独自の調査を行っている。今更、野良能力者の首に縄を付けて繋いでまわってる管理局にとよかく言われることはない、ってこと。それはそれとして動向は気になるだろうから監視はしているんじゃない?」


 どこかで、と空を見上げて三崎さんは言った。


「というと?」


「つまり我々は餌って訳。魚が喰い付きゃ儲けもんで、いなきゃいないでそれでよし」


 楽しいね、と三崎さん。全然楽しくねぇのである。


「そういう訳だ。理解したなら行動開始。いい加減、待たしている協力者にどやされる」


 理解はしたが、納得出来るか。どう考えても明らかに火中に飛び込む前ぶりで、それは他の人たちも感じているのか、一人を除いて生返事で先に歩き出した吾妻さんの後を追ったのだった。

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