第2話 学校
「よぉ“丘太郎”。相変わらず大物だな」
現国の時間思いっきりいびきをかいていたところに教科書の一撃を喰らったことを言っているのか、近づいてきたくせ毛の生徒がにやけながら言った。ちなみに、丘太郎とは不本意ながら俺のあだ名だ。
「…………うっさい。なんか用か、大介」
やや不機嫌に答える。こちらは寝不足だっていうのに阿呆の相手をしたくはない。
一方でそんな気持ちなぞお構いないしに、くせ毛の男こと海道大介は俺の前の席にドカンと座り込んだ。
「そうつっけんどんにすんなよ、丘太郎。また“仕事”だろう。ねぎらってやるってんだ」
そういって他人事のように大介は言った。
「いらない。大体、好きでやってる訳じゃないし」
心底面倒くさそうに答えた。大体、誰があんなびっくり人間達を好き好んで相手にするものか。
「じゃあやめれば?」
人の気を知らないこいつはいつだって端的だ。
「それが出来たら苦労しないよ」
吐き捨てるように言った。聞いて大介は笑った。
「喧嘩売ってんのか、お前?」
「わざわざ買うのか? 大盤振る舞い投げ売り大セールって言われてる俺の姿勢」
それを自信満々にいうお前はどうなんだ、と思うがそれを言うだけ馬鹿らしい。そして、当人の言う通り都度反応するものあほらしい。手腕をひらひらとさせて否定の意を示した。
さて、この愉快な生徒こと海道大介は不本意ながら俺の友人枠にあたる人物だ。いや、どちらかといえば保護者。もちろんこちらが。
天真爛漫、簡単明瞭、支離滅裂。見た通り人懐っこく、人当たりもよく、快活な性格の、そして傍から見ている分には愉快な性格の持ち主。つまり、当事者はたまったものではない。
裏表もないから心の言葉と実際の言葉が一致する、およそ空気を読むということを知らない、目の前の地雷を進んで踏み抜きに行く好奇心旺盛なトラブルメーカーである。
「で、昨日は何があった訳よ?」
それはそれとして、といった風に昨日の話を聞いてきた。
「世界記録を狙えるトップアスリートがしでかした銀行強盗の解決」
聞いた大介が口笛を吹いた。
「そりゃ随分とベクトルのカッとんだ御仁だこと。素直にオリンピックに出りゃよかったのに」
「能力者だからな、出場権はないよ。スポーツマンシップ国際基準とかいう御大層な名前の規約にもしっかり規定されるし、能力者の国際大会の参加制限ってね。ありがたいルールだよ」
世知辛いねぇ、と大介。まったく同意だ。
「だからって銀行強盗ねぇ。極に振りすぎじゃない」
「追い込まれた人間何をしでかすかわからないよ。ま、特性を生かして生きれりゃそれに越したことはないが、如何せん個性が強すぎるとどうにも手に余る」
特に、強力な能力を持ったものはそれを使いたがる傾向にある。
「丘太郎も自分の能力を持て余してんのか?」
こちらを逆手で指さしそんなことを聞いてくる。
「だったら最初から使わんて」
大体、なくても困らないのだから。
「へー! 言ってみたいもんだ。あるものはないものの心を理解できないのだ」
口をとがらせて大介はそんなことを言う。それを言うなら。
「逆もしかり。持って困ってる連中のことなんざ一抹も考えたことないだろう」
こいつのお陰で今までどんなに迷惑をこうむったか。
よく言うよ、みたいな感じで鼻で笑う大介。もっともこいつ、実際のところそこまでうらやましく思っちゃいなんだが。
「結局、隣の芝は青く見えるって話だな」
奴の言葉に、そうね、と返した。
「で、だ。結局その強盗はどうやって捕まえた訳?」
話を戻した大介。どうといわれても。
「地上を走られると厄介だから空で落とした。幸いにアイツ、逃げる時は必ず屋上から跳んで逃げてたから、はってたら案の定」
もっとも、2回立て続けに逃げてるし3回目もワンチャンあるかな、って軽い気持ちだった感は否めない。
それを聞いた大介は渋い顔をしていた。
「その、もうちょっと手心というか。あのさ、聞いた話だと、こう、地上でね、車よりも早い速度で走って逃げる犯人をお前が空を跳んで追いかけるという、そんな絵になるような逃走劇が繰り広げられるのが普通じゃない。それを一撃って」
ハリウッドばりの逃走劇を期待してんのか、大介はそんなことを言った。
「アホか。構ってられるか」
正直、そんなイベントに付き合う奴の身にもなってほしいね、本当。
◆
放課後。夕暮れの校内、行きかう生徒を余所に俺と大介は帰路についていた。
「この後どうするよ」
隣を歩いていた大介が聞いてくる。どうするって言われても。
「帰って寝る」
こっちは徹夜してんだ付き合ってられるか。
そういうと、大介は信じられないようなものを見るような目をしていた。どういうことだよ。
「授業中あんだけ寝ていたのに?」
その後の授業もたびたび舟を漕いでは注意されているのを言ってるのか、思いきり睨み返した。
「冗談よ、冗談」
両手を上げて苦笑する大介。冗談じゃない。
「それよか遊びに行かない?」
人の話聞いてた、こいつ?
「なぁ、俺疲れてんのよ?」
知ってる、と大介。やっぱりぶん殴ってやろうか、こいつ。
「ちょっとだけ。ちょっとだけだから」
うん、絶対ちょっとじゃすまねー。
そういう大介を尻目に手をひらひらとさせて拒否の意思表示。
「いいじゃんかよー。少しだけ遊んでくれよぅ」
そういって急に抱き着いて頬ずりを始める大介。
「ひっつくな! やめろ気持ち悪い!」
顔面に手を伸ばし、身体を足で押す俺。それにひるまず近づこうとする野郎。
その押し問答を少し続け、
「…………少しだけな」
溜息交じりに諦めた。
さっすが、と肩に手を伸ばしでバンバン叩く我が悪友。早く帰れるといいなぁ。
どこ行くよ、カラオケでいいんじゃない、とそんな会話を繰り広げていると何やら校門の方の様子がおかしいことに気付いた。何やら出入りする生徒が一瞬驚いていたり、校門から通りすがる生徒がこちらを憐みの視線を向けている。
…………無性に嫌な予感がする。それは隣の快活な奴も感じているのか。さっきまで騒いでた輩が無言で隣を歩いている。
とぼとぼと嫌だが校門に向かっていると、事前に立っていたジャージの体育教師がこちらに気付いて親指で外を指す。おそらく意味はさっさと行け。
ここに来て嫌な予感が最高潮。思わず振り返って塀を飛び越えて帰りたかったが、ほんのり教師の数が増えて心なしか進路を塞いでいる様子を見てあきらめる。仕方なく、意を決して敷地を出た。
そして案の定、校門の外に通りすがる生徒に避けて歩かれる黒服の不審者が、カードレールに腰を掛けている姿を見た。そして、そいつが俺に気付く。
「やぁ少年。元気?」
実に親しげに挨拶をしてきた。
「…………うん。まぁ、がんばれ」
それを見てげんなりしている俺の肩を大介が叩いた。
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