第10話

「じゃあなんでこのハンカチの存在に気づいて欲しかったか、今回の件はそこに帰結するだろう。」



「うーん、そもそもテーブルの裏にそんなものが貼ってあったのが不思議です。」



テーブルの裏を覗き込むようにそう言う。



「それはもちろん城島さんが貼っていたんだろう。じゃないと今回の行動に一貫性が持てない。」



「なんのために?」



「それは梓ちゃんに気づいてもらうためだろう。」



「テーブルの上にあっても気づきます!というか絶対上の方が気づきますよね?」



もっともな理由だ。


少し話が変わるが、”気づいてほしい”という点では1点腑に落ちる点もある。

それは指定した席だ。

人気のない席を4人が指定することで、店員である梓ちゃんに注目させる狙いだった。これは分かりやすい。


そう考えれば、テーブル裏にハンカチを貼り付けたのにも、城島さんなりの考えがあったわけだ。正直この辺の推理は少し曖昧だ。咄嗟にテーブルの裏にハンカチを貼り付けた男の気持ちになりきる。



「テーブルの上だと忘れ物だと思われてしまうんだ。城島さんは、これを梓ちゃんに渡したかった。しかもそれを直接ではなく間接的に。」



「回りくどいやり方ですね。意図がつかめないです。そもそもこれが私へのプレゼントってなんでわかるんですか?」



これが梓ちゃんへのプレゼントということは間違いない。俺は裏側の文字を指差す。

マスキングテープだったので粘り気なんかは残っておらず、箱のサラサラとした触り心地が残っている。



「TOAI。さっきまでこれが何を示しているのかわからなかったけど、梓ちゃんの苗字が”井上”ってことを聞いてピンときたよ。」



「私の苗字が関係している...。というと、どういうことでしょう?」






「これはTo A.I(あずさ.いのうえ)ってことだったんだろう。」



ファーストネームとラストネームの間のドットが消えていたのと、oが大文字なのか小文字なのかわからない大きさだったのが紛らわしくその結論には至れなかったが、普段誰も座らないテーブルの裏、触れる機会があるのは店員くらいだ。

その情報に頭文字が”A.Iで始まる人間”が加われば送り先は1人に絞られる。



「むむむ。確かに言われるとそんな気がしてきますね。そもそも店員はマスターを除けば私しかいませんので、送り先は私になりそうです。でもやっぱり、なんでこんなまどろっこしいやり方を選んだのかは分からないです。」



間接的にハンカチを渡したかった。そうなんだが、それだけではない…。



「おそらく、城島さんは梓ちゃんにハンカチだけではなく、別のものも同時に送りたかったんだ。」



それは彼女が何よりも好きなもの。今こうやって自分の時間を割いて行っているこの行動こそが、答えだろう。



「それは、謎、ミステリーだ。」



「な、謎?」



ここまで俺が謎を解いてしまうのは、おそらく城島さんの真意ではない気がするので気が引けるが、俺は頼まれた以上任務を全うする。



「まず、城島さんは日曜日に店に来店。いつもとは違う席を指定し、プレゼントのハンカチをテーブル裏に貼り付ける。

ただ、次の日になっても梓ちゃんに自分の意図が伝わっていないことを知って、変装して店に入り現状を確認した。

サングラス男で変装したら、まだそこにはハンカチがあった。梓ちゃんに気づいてもらうためにテーブルの清掃をくまなくするように伝える。」



「マナ悪女に関しては話すことがあまりない。変装に時間がかかってしまって店への来店が遅れ、さらには不自然な動きで不審者扱いされることになるのは、城嶋さんにとって想定外の出来事の1つだったのかもな。」



あ、これだけは重要なので話す必要があるな。



「さらに城島さんにとって想定外なことが起こった。普段は誰も座らないテーブル席に客が座り、その客が忘れ物として梓ちゃんにハンカチを渡してしまった。

次の日確認してみると、テーブルの裏からハンカチが消えていた。しっかり梓ちゃんにプレゼントは届いたはずなのに、梓ちゃんは気づいている様子がなかった。」



「時間がなかったからマナ悪女で聞くことはできなかったが、本日の変装、携帯男で先日確認できなかったハンカチについての事情を梓ちゃんに聞いた。こうすることで、ハンカチを意識させるっていう狙いもあっただろうな。ハンカチが梓ちゃんの元にあるかは、半信半疑だっただろうけど。」



整理すれば大した話ではなかった。要は1人の客が奇妙な動きをしていた。それだけのことだったんだ。俺は両手を頭の後ろに回して椅子にもたれかかる。

梓ちゃんは俺の言葉を頭の中で噛み砕くように一点を見つめる。



「城島さんは、どうやって私が謎に気付けたかを判断するつもりだったんでしょう。」



「それはおそらく、箱の中に答えがあるんだろう。」



謎の客3人に謎のハンカチの存在。

運悪く、城嶋さんの思い描いていたシナリオ通りに全く進まなかったのが、今回の話をややこしくした原因だろう。

まぁ話はややこしくなってしまったが、城島さんがプレゼントした”謎”はそんな複雑なものではない。


謎のプレゼント用のハンカチがテーブル裏に貼ってあり、それが城島さんから自分に宛てられたプレゼントだった、それだけのこと。

単純ではあるが、テーブル裏にプレゼント用のハンカチがくっついていたらそれだけで十分謎だし、自分から梓ちゃんへのプレゼントであることが明確に伝わらないといけないのだから、ちょうどいい塩梅だったと言えるだろう。


もしかしたら、AとIの間にドットがなかったのは、多少なりとも謎っぽくしたかった城嶋さんの悪あがきだったのかもしれん。梓ちゃんは全然気づいていなかったし、順当に見つけていれば面白い謎になったのかもな、順当にいっていれば...。



ここまで推理すれば、解答は”プレゼントの開封”と予測がつく。



梓ちゃんは柔らかそうな手でそろりと跡をつけないように箱を開ける。神妙な面持ちになった彼女を、俺は無言で見守る。


中にはハンカチと一枚の紙切れ、いや手紙が入っていた。男の適当さを凝縮したようなチャチな紙にはなかなかの長文が書かれているようだった。チラッと最初の文章だけが見えた。



ーーー梓ちゃん、誕生日おめでとう!!ーーー



今回の一件は、城島さんが梓ちゃんに送った誕生日プレゼントだった。


梓ちゃんの誕生日がいつかは知らない。しかし、お祝いをしていない身としてはその話題が出るのはなんとなく気まずい。俺と梓ちゃんは客と店員。お祝いする義理はないと思っているが…。



今の推理でチャラにしてくれるかな。

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