第9話

「え?」



予想をしていなかったのだろう。彼女の中の常識がすべて吹き飛んで行ったのか、数秒目が動かなかった。


最初に3人も変な客が来たら怪しまれる、なんてことを言ったが、まさか1人の人間が3人になりきっているとは、想像ができなかったのだろう。



俺もそんな発想はなかった。

だけど梓ちゃんの話を聞いている中で、3人の客の共通点を俺なりに見つけた。

それはごまかせない特徴を必死に隠している点だ。


髪の長さはカツラで、容姿の特徴は服装でなんとかなるが、目元や声といった特徴はなかなかごまかしが効かない。

だがそのままにしていたら、店員が気づく恐れがある。苦肉の策で取ったのが目元も声も出さないようにすることだった。



「城島さん、「明日もまた来るね」と言ったんだろ?それだったら約束も破っていないし、目的も達成できると踏んだんだろう。」



「そこです。あの3人の正体が城島さんなら、一体何が目的でそんなことをしたのでしょうか?」



「じゃあ次は城島さんの目的について考えていこう。まずはサングラス男の言動だ。」



「会計の時に、「テーブルが少し汚れている。」って言われましたけど。」



思い出して少しトーンが落ちる。



「落ち込む必要はないよ。その言葉にそのままの意味は込められていないはずだから。」



「そのままの意味が込められていない?テーブルは汚れていなかったってことですか?」



「そういうこと。本当にテーブルが汚れているのが気になるなら、会計の時じゃなくて注文を頼むときに言うべきだ。会計時に言ったって自分にメリットがないし、店員は客が帰ったらテーブルを掃除するんだから言う必要もない。」



目の前の彼女はうんうんと首を縦に振る。



「つまりはテーブルは汚れていなかった。おそらくこれは、いつも掃除しない部分まで念入りにって意味が込められていたんだ。さっきの言い方じゃ、伝わらないのも無理ないけどさ。」



結果的に梓ちゃんには全く届いていなかったしな。



「いつも掃除しない部分まで?それってどこですか?」



俺はトントンとテーブル裏を叩く。



「ここ。」



音に反応して梓ちゃんはガッと身をかがめながら覗き込む。



「え?テーブルの裏だったんですか?いやでも、気になる汚れなんてないと思うんですけど…。」



すぐさま確認のため、念入りにテーブル裏の汚れをチェックしている梓ちゃん。その純粋さ、探偵としては非常にありがたい。



「もちろん今は無いよ。だってそれは今、テーブルの上にあるんだから。」



「上?その汚れって移動するんですか。」



テーブルの上にあるのは、水の入ったコップが1つと、高級そうなプレゼント用のハンカチ。梓ちゃんの目線はハンカチへと注がれる。



「もしかして、これがあったんですか?」



不思議そうにハンカチを見つめている。そのハンカチ箱を、俺は裏返す。

テープは箱の裏側まで回っている端の部分がペラペラとめくれ、宙に浮いている。



「あぁ、証拠はそのマスキングテープ。裏側はもう粘着力がなくなっているだろ。それは裏側部分がどこかに貼り付いていたってことだ。そしてそれをたまたま来た客が落とし物として届けに行った。多分粘着性が落ちて床に落下してしまったんだろう。」



「なるほどー。サングラス男、城嶋さんは私にそのハンカチを見つけてほしかったんですね。でもなんで?」



「とその前に、携帯男の言動についても考えておこう。」



「「ハンカチの落とし物はないか。」でしたね。今になって考えてみれば、確かにこれも私にハンカチを見てもらうための事だとしたら納得できます!だとすると、マナ悪女は一体なんのために、というより何をしていたんでしょう。」



「おそらく何もしていなかったんじゃないか?」



レシートの件を思い出す。



「サングラス男の会計時間は8時ごろ、それに比べてマナ悪女は8時半前だ。資料を読み込んでいたり、焦る仕草が見られたところからも、この日の城島さんは遅刻しかけていた。慣れない女性のフリや資料の確認なんかで、何かする時間はなかったんだ。」



聞いてみないと分からないが、単純に女性として振る舞うのも大変だったと想像できる。しかも汗が滴るような暑い日に。俺だったら耐えられない。


髪をサラッと撫でると、彼女は携帯男のレシートを指差す。



「そんなこと言ったら、これは8時40分前ですよ?どう考えてもこの日の方が遅いです。その推理は矛盾しちゃいますよ。」



今日の携帯男の様子を思い出す。



「今日の城島さんは普段着で、荷物も身軽だった。どう考えても仕事に行く人の格好ではなかった。」



「仕事に行く気がなかった。お休みだったんでしょうか。それとも辞めてしまわれた?」



「いや、その可能性もあるけど、個人的には家で仕事をするつもりだったと思う。」



最近ではよくある話だ。ましてやエンジニア、家で仕事をしていても何も不思議ではなさそうだ。

俺の場合は仕事場が家なので、言ってしまえば毎日リモートワークといっても過言ではない。


まったくたいしたホワイト企業だ、うちは。正社員は俺だけだが。



「なるほど、リモートワークですね。言われてみれば水曜日はいつも城島さんうちに来るのゆっくりだった気がします。」



その情報を早く伝えておいてくれよ。

いや、それは流石に酷な話か。

常連の来店時間をわざわざ30分単位で覚えておくなんてこと、普通の人間はしない。梓ちゃんはやりかねないけど。



「とりあえず、これで城島さんはテーブルの裏に貼ってあったハンカチを私に発見して欲しかったってことはわかりましたね。」



そういうことだ。ここまで来て、ようやくハンカチに注目が集まる。

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