第8話


「聞かせてください!あの怪しい3人のお客さんの正体、そして城嶋さんはなにに巻き込まれているのか。詳しく!!」



目を輝かせている彼女を見て、ついつい結論を口走りそうになる。

だがそれでは面白くない、お互いにとって。

推理っていうのは最後に結論を言うから盛り上がるんだ。俺は問題のテーブル席に座り込む。



「まず初めにだけど、おそらく城嶋さんは、何の事件にも巻き込まれていないよ。」



「え?そんなはずないですよ。だって怪しい人が3人も…」



少し割って入る。



「そこだよ。城嶋さんをなにかしらの事件に巻き込むために3人も怪しい人間がカフェに来た、となると変だ。1人でも印象に残るのに、3人も来てしまったら店員はおろか他のお客さんの印象にも残りかねない。そのうえ事件なんて起こそうもんなら、自分達が犯人ですと言っているようなものだ。」



「確かにそうかもしれないですけど…じゃああの3人は城嶋さんとは無関係だったってことですか?」



「いや、それは違う。その3人は城嶋さんと深いつながりがある。」



「じゃあ一体あの3人は…。」



「そうだね、なら3人の正体から深掘りしていこう、それが一番早そうだ。」



3人の客の正体、それが今回の件の最大の謎であり、逆に言えばそれさえわかればあとの謎は大体説明がつく。



「梓ちゃん、3人に共通した不自然な点って何だと思う?」



漠然とした質問を投げかける。少し目を細めて考える彼女だったが、数秒後には首を傾げてこちらの解答を待つ構えになっていた。



「それはもちろん、”梓おすすめメニュー”を頼んだことだよ。」



「私のおすすめを頼んだことがそんなに不自然だったってことですか?」



盛大な勘違いで目の前の彼女はなぜか落ち込んでいる。コップの縁をなぞるようにして、目を落としている。

そうではない。あの3人の客が、梓おすすめメニューを頼むこと自体に違和感を覚えたんだ。



「違う違う、考えてみて。”梓おすすめメニュー”を頼むには普通どうしないといけない?」



「それは、看板を見てメニューを確認して...ってもしかして初めてのお客さんだからそれに気がつくわけがないってことですか?

そんなことないですよ。初めてでも看板を見ておすすめメニューを頼んでくれる方はいらっしゃいますよ、緋村さんと違って。」



うん?最後の必要だった?

身に覚えのない恨みをぶつけられた気分になった。

でも今の俺は推理優先。多少の悪口は気にしない。



「俺が言いたいのは、3人の恰好が看板の内容に気づくのは至難の業だったってことだよ。」



梓ちゃんは頭にクエスチョンマークを出しながら考える。


答えが出る前に俺の口が開く。



「サングラス男、髪の長いフードを被った女、帽子を深くかぶったこれまた髪の長い男。恰好から、3人は相手からの視線を気にしているのが分かる。ただ、相手の視線を遮るということは、自分の視線も制限されていることになる。」



梓ちゃんからハッという声と、ピコン!という効果音が聞こえてきそうだったが、気にせず続ける。



「看板におすすめメニューが書いてあることを知っているならまだしも、初めてのお客さんでそれを見ていたなんてちょっと都合が良すぎる。しかも3人も。」



「つまりは3人のお客さんはおすすめメニューを知る術がないのにそのメニューを頼んだ。そういうことですね?」



爽快感のある声に、俺はゆっくり頷く。



「じゃあなんで3人はおすすめメニューを頼めたか。」



さっきも言ったが、可能性は1つしかない。



「それは、最初から看板に書いてあることを知っていたからだよ。」



「それじゃあ、3人は新規のお客さんじゃなかった、そういうことになりますね。」



そう考えるのが妥当だろう。



「それに関してはもう1つ根拠がある。マナ悪女の喫煙だ。こいつは注文もせずに喫煙をしに行ったんだよな?

それは頼む前に喫煙をする必要、いや、外に出て看板を見る必要があったからだ。おそらく髪が長くて視界が悪く、うっかりおすすめメニューを見るのを忘れてしまったんだろう。メニューを頼むときになってそれを思い出し、確認しに行った。それならしっくりくる。」



これで、1つ目の謎はクリアだ。

梓ちゃんも納得している様子だ。

なんだか右足で何かが揺れているようだが今は推理中だ。気になるが邪魔されるような要素にはならない。



「それで2つ目の不自然な点なんだけど、それは”声”だ。」



「声ですか?でも、サングラス男以外の声は私聞いていません。」



「いやいや、梓ちゃんが聞いていないのが肝なんだ。なぜ、マナ悪女と携帯男は指差しと携帯の文字、なんていう非効率的な方法で注文をしたのか。」



「うーん、声が出せない状況だった、とかですかね?喉を痛めていたりとか、声にコンプレックスを持っているとか。」



「声が出せなかったのは間違い無いだろう。ただその理由は、君に声を聴かれたらまずいからだ。」



「マズイ?私、人の声聞いて悪口とか言いませんよ?」



この少し天然な感じは素なのだろうか。目の前の好奇心溢れる目線を疑うようなことはしたくないので答えを言う。



「俺は入り口で携帯男の声を聞いたんだ。一言だったが、彼は声が出なかったり、喋れなかったりするわけではない。それなのに話さなかった。その理由は1つしか考えられない。」



入り口で聞いたあの声、1度聞いたような声だった気がする。と今になって思う。それはきっと...


緊張感が走る中、マスターが流す水の音だけが聞こえてくる。




「ーーー3人のお客さんの正体が、全員城嶋さんだからだーーー」

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