第7話

短針は10時を示そうとしていた。そろそろ帰らないと、またうちのインターン生にどやされることになる。

一定のリズムでテーブルを指で叩いていると、梓ちゃんが裏に保管されていたであろうハンカチを持ってきてくれた。



「これです。なんか凄く高級そうでしょ?」



それは慎重にテーブルに置かれた。

梓ちゃんが持ってきたそのハンカチは、少し硬めで紺色の正方形の箱に入っている。右上と左下には、黄金色のリボンで斜めがけの蝶結びが施されている。真ん中だけが丸い透明のフィルムになっており、中のハンカチがどんなものか見える。


淡いピンク色で優しい印象を受ける。

ブランド名は、”JS”と書かれている。これはおそらくJelly Sparkleの略だろう。男の俺でも知っているほどの人気ブランドだ。


この箱の様相も相まってか、確かにとても高価なものに見える。



ただ1点を除いて。



「このマスキングテープ、これも付いてたの?」



少し慎重に箱を持つ。

高級感をぶち壊すように、箱の真ん中を1周するように絵柄のない黄色単色のマスキングテープが巻かれている。少し太めで、箱のデザインとはどう考えてもミスマッチになっている。箱の裏側に回っている部分はかなり粘着性が落ちており、限界と言わんばかりに勝手にめくれていく。


ん?



「何か書いてありますね。」



同じタイミングで梓ちゃんも気が付く。

めくれた部分には、何か文字が書いてあった。

達筆ではないが、とても慎重に、丁寧に書いたことが見て分かる堅苦しい文字だった。



「TOAI」



堅苦しいと言ってもそれだけだった。



「なんでしょうか?これ。」



分かるわけがない。「とあい」?そんな日本語は知らない。

じゃあ前の文字が消えて「~と愛」になってしまったとか?でもそれだったらわざわざローマ字で書く意味が分からない。



「とあいって言葉、何か心当たりある?」



答えは予想できるが、”とあい”が分からな過ぎたので他人の意見が欲しかった。



「いえ、聞いたことありませんねそんな言葉。」



俺は2つ頷いた後、大きく息を吐く。

素早くポッケから携帯を取り出し、ネットで”とあい”と検索をかけてみる。

引っかかる検索結果は出てこない。

だいたい、そんな単語をプレゼント用のハンカチに書く必要性がどこに…


俺は梓ちゃんとの会話での違和感を思い出す。



「梓ちゃん、さっきこれのこと「プレゼント用のハンカチ」って言ってたよね?それってなんで?」



目の前の顔がキョトンとしている。まるで、「こいつはいったいなにを言っているんだ?」と言いたげな顔、それは俺の被害妄想か。



「まぁ絶対とは言えないですけど、普通自分用のハンカチにそんな豪華な箱を付けてもらうわけないよなぁって思ってただけですよ。」



「え?」



朝という事もあり、自分でも予想外なほどのマヌケな声が出た。

あぁ、確かに。

この箱は、おそらく梱包としてオプションで付けてもらったものだ。傾けるとハンカチが少し動く。つまりはジャストサイズではないのだ。


自分でも気が付くと、またもや少し頬が熱くなる。

いや待て。なぜ梓ちゃんはそれに気づいた?だってデフォルトで付属の箱かもしれないじゃないか。しかも梓ちゃんは振ってもない。

気づく方が変だ、普通。


ただ、それについては聞かなかった。

もし俺が大いなる見落としをしていた場合、今度は赤っ恥を通り過ぎて真っ赤っ恥になるからな。



「私、そのブランドが好きなんですよ。それで前、同じ箱がオプションで付けられるのを見てたんで、分かったんですよ。」



心を読まれたのか、聞いてもないのににこやかな笑顔で回答が返ってきた。



「な、なるほど。じゃあ箱にこのマスキングテープがもともと貼られていたかどうかも分かるってこと?」



「そんなものは貼ってありませんよ、さすがに。」



そこは俺の解釈と一致だ。もし、このマスキングテープがデフォルトでついていたなら、俺はもう日本のトレンドにはついていけないと確信してしまうところだったので少し安心した。



外を覗き込むと、黒い雲は東の方へと流れ、気持ち雨は弱まってきているように感じる。


俺は上唇を噛みしめ目を瞑る。




…プルルルル、プルルルル。




雨の音に重なって聞こえてきたのは、いかにも電子的なコール音だった。

俺はビクッと肩を上げる。鳴ったのは梓ちゃんの携帯のようだ。



「すみません、ちょっと出ます。」



俺は掌を見せ、了解の意を伝える。



「はいもしもし、井上です。はい、はい...」



あ。

長い時間探していた失くしものが見つかった時のような爽快感だった。そうだそうだ、梓ちゃんの苗字、井上だったな。


同時に俺は勝手にうんうんと一人頷いていた。口角も限界まで上がっていたと思う。



少し目が死んだように見える梓ちゃんは電話を切り、はぁとため息をつく。



「また営業の電話です。最近すごく多いんですよ、携帯のキャリアだったりジムの勧誘だったり。って、緋村さん?なんかすごくうれしそうですけど、もしかして!」



梓ちゃんの期待の言葉に合わせて、俺は鼻で思いっきり息を吸う。



「あぁ、分かったよ。今回の一連の出来事の真相がね。」



俺はもう一度、あの席を眺める。


この謎、常識を取り払うことで真実が見えてくる。

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