第6話

「これって、なんで220円も割り引かれてるの?」



「あぁ、それは”梓おすすめメニュー”だからですよ。」



「え?あれって、ただおすすめしているメニューってわけじゃないの?」



小さな顔がコクリと頷く。


おいおい、そんな話は聞いていないぞ。

おすすめメニューについては、俺も相当前から知っていた。気まぐれで外にある看板を眺めていた時偶然見つけただけだが、そこにかかれたメニューを常連の客がよく食べていることまで確認済みだ。


ただ、それを見たうえで俺はいつも700円でコーヒーとトーストを頼んだ。なぜなら、その組み合わせが好きというのと、最も安く済ませられる朝食だと思っていたからだ。

なんなら、隣の客が頼むバラエティーに富んだメニューを、よくよだれを垂らしながら見ていたものだ。

ちなみに、商品名のSETというのはScrambled Egg Toastの略だということも知っている。半熟のスクランブルエッグにソーセージも乗っていた。これも美味しそうだったから覚えている。


なのに、おすすめメニューなら220円引きだと?それじゃ今までの俺のこだわりとはいったい...。

長年の恥ずかしさが耳からいっぺんに襲ってきた。頬が少し熱いのを感じる。

すこし黙る。



「こんなに長く通ってくれているのに、知らなかったんですか?」



追い打ちをかけるような梓ちゃんの一言。

してやったり、と言わんばかりの優しいニヤリ顔でこちらを向く。

普段はもっと温厚なのに、いつの間にそんな毒を吐く子になってしまったんだ。



「いやだって、割引なんてどこにも書いていなかっただろ?」



反抗するように、珍しく俺の口から少し大きな声が出る。



「おすすめ自体が看板にしか書いていないですから、見つけて頼んでくれた方へのご褒美ってことで、割引してるんですよ。

緋村さんも、明日頼んでみてくださいね。明日は抹茶ラテと生ハムセットです、いつもより安く済ませられると思います♪」



いつもより、安く。その優しい言葉が妙に嫌味ったらしく聞こえたのは、俺の性格がひん曲がっているからだろう。


生ハムセット、美味しそうだな。




ゴホン。

少しの静寂を感じた俺は気を取り直すように咳払いを挟み、レシートの件へと戻る。



「じゃあ、この4人の共通点としてはみんなおすすめメニューを食べていたわけだ。」



「そういうことになりますね。でも、それ以外に共通点はなさそうですけど。」



俺のノウハウはそこまで劇的な成果を生み出すことができなかったようだ。でも自分でもそこまで期待してたわけではない。調査はいつだって地道なものだ。

ドラマやアニメのように発想の天才がいないのであれば、謎は少しずつ事実を掘り下げていくしか方法はない。



「そもそもなんで、城嶋さんはあの席を選んだんだろうか。本人の言葉から察するに、その席に強いこだわりがあったみたいだが...。」



いつもの席に座れない事情があった?いや、別の席も空いていたはず。あの席に固執する必要はない。

あの席でしかできないこと、もしくはあの席だからこそもたらされる恩恵を城嶋さんは期待していた?

それも違う気がする。あの席はデバフはあってもバフは一切ないだろう。


あの席を指定する理由が分かれば、他の3人との共通点も見えてくるかもしれないんだが。



「この4人以外に、あの席に座った人っていないの?」



彼女は少し唸りながら考えると、頭にエクスクラメーションマークが出たかのように突然話し始める。



「いますいます、あれは、6月3日ですね。サングラス男が帰った後です。でもその方はあの席を指定したわけではなくて、たまたま店が混んでいて空いていたのがあの席しかなかったので、私が案内しましたよ。」



偶発的に指定された席。つまりはたまたまか。



「そういえば、そのお客さんが落とし物を届けてくれましたね。プレゼント用のハンカチ。すっごく高そうなハンカチで、あんまり触るのも良くないと思って、落とし物Boxにすぐしまいました。」



それって。


同じ席にいたことも踏まえると、携帯の男が落とし物として確認していたハンカチということで間違いはなさそうだ。


ハンカチと人気のない席。ようやく点だった事象に線が結ばれ始めた。



「それで、これって結局どうなんですか?城嶋さんはやはり、なにか危ないことに巻き込まれていたりするんでしょうか?殺人や誘拐とはいかないにしても、店に来られないような事件に巻き込まれているというか。」



テーブル越しに接近してくる梓ちゃんの目は、いつも以上にかっぴかれていた。

城嶋さんの事を心配しているんだろうが、この不思議な事象の解明をどこか楽しんでいるようにも見える。



「そうだね、少なくとも3人の客は城嶋さんに危害を加えるつもりの人間ではないことは確かだよ。」



4人が指定した席を眺めながらぼんやりと言う。



「それってなんでですか!」



さらに接近してくる顔。

エプロンを外してワンピース姿の梓ちゃん。こちらに身を乗り出したことで、少し緩めの服と胸元に空間ができる。


視線を戻した瞬間それが目に入る。

俺は賢者の教えのもと、反射的に視線を逸らす。



「ちょっと落ち着いて、梓ちゃん。考えてみて?確かに、普段誰も座りたがらないテーブル席に変な客が立て続けに座ったのは奇妙だ。だけどさ、じゃあその客はどうして城嶋さんのいないタイミングでこのカフェに来たんだ?それじゃあ意味がないし、なんなら自分から怪しまれに行くようなもんだ。」



ちょっといじわるな言い方をする。

梓ちゃんはタコのような口で少し不満げだ。


常連さんが事件に巻き込まれていなかったんだぞ、そこは喜ぶところだ店員よ。


なんとなく今回の一連の事象については掴みかけている。あとはなぜそんなことをしたのか、動機さえ分かればピースはピッタリはまるだろう。


ではでは、その動機になりえそうな一番の要素を見せてもらおうか。



「梓ちゃん、さっき言っていたハンカチ、見せてもらうことってできる?」



「え?ハンカチですか?分かりました、今持ってきます。」



ボヤっと考えていた梓ちゃんはすぐにキッチン裏へと向かった。

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