第4話

「城嶋さんが来なかった初日、もう見るからに怪しそうな人が来たんですよ。」



客に向かって随分な言い草だな。俺以外の客には言っていないことを祈る。



「サングラスを掛けた髭の男、服装は黒めのスラックスに大きめのアウターを着ていたと思います。曇ってたのに、店に入ってもずっとサングラスしてました。あと、すっごく声は枯れてました。」



一度植え付けられた人間の印象を変えることは難しいということがよく分かる。梓ちゃんの口から出る言葉は、なんとなくマイナスなイメージが込められているように感じる。



「それと会計の時私に、「テーブルが少し汚れている」と言ってきたんですよ。いつも開店前にあんなピカピカに磨いているのに、ショックでした...。

その後、珍しくお客さんがたくさん入ってきて軽くしか磨けなかったので、客足が止まったタイミングで20分ほど磨いていました!」



たかだかバイトなのに、精が出るな。うちのインターン生と似たものを感じる。



2杯目の水を頼んだものの、体温は随分と下がったし、お腹の方もだいぶ水分で溢れてきた。もはやコップを握ることしか出来ない。



「それで、2人目は?」



「2人目は城嶋さんが来なくなってから2日目に来ました、髪が長い金髪の女性です。なんか金髪貞子みたいな感じでしたね、顔も髪で大半が隠れてました。日の当たる席に座られたので、日よけのためにかずっと大きめのパーカーのフードも被っていました。下は、ルーズパンツだったような...。

いやそんなことよりこの人、凄くマナーが悪かったんです!そればっかり記憶に残っちゃってるんです!!

入ってきたと思ったら何も頼まず、すぐお店を出て煙草を吸ったり、注文を指さしで済ませたり、会計は乱暴に小銭を投げ捨てていくように出ていくし、それはもうひどかったですよ!

たしか、朝食を急いで済ませながら何かの資料を見ていました。その資料を見ながらイライラと頭を搔きながら..。あ!そんな怒った拍子に、城嶋さんは...。」



サクッとやってしまったとでも...?


俺は大きく背筋を伸ばした。梓ちゃんがどこまで本気でこの話をしているのかは分からない。サングラス男にマナ悪女。

2人の変な客について聞いた俺は、8割方の確信を得ていた。



ーーーこの話、真剣に聞く必要はなさそうだーーー




「うん、3人目は?」



「3人目は今日です。それこそ緋村さんと入れ違いに出ていかれたお客さんです。すれ違いましたよね?」



あぁ、あの髪の長い帽子の男か。確かにあの男は怪しさの塊のような人間だったな。俺は入店した時のことを思い出す。

威圧的に店を出ていくわりに、その背中は妙に小さく感じた。それは部屋着のようなゆったりとしたジャージに、ヨレヨレのTシャツを着ていたのもあったのも影響しているだろう。どことなく頼りなさそうな背中は、少なくとも自信に満ち溢れているようには感じなかった。



「その人は、携帯で会話をしてきました。私、初めてでした。わざわざ携帯に文字を打って会話をする人。すごくテンポが悪くて、口で話してくれればいいのにとずっと思ってました。コーヒーとナポリタンはおいしそうに食べてくれましたけど...」



文明の利器に頼りすぎて逆に生活の効率を下げる。目も当てられない状況だ。

そこまでして話したくないほど梓ちゃんが威圧的に見えたのか、声が出せない人間だったのか、どうでもいいか。

さっきから梓ちゃんの客への本音が見え隠れするのは、俺が信頼されているから、で合ってるよな?そう思い込むようにしているが、実は俺も裏では悪口言われてたりするんだろうか。

ちょっと気を付けよう。



「その人は帰り際、「ハンカチの落とし物はないか。」って携帯の文字で訊いてきました。

でも、その人がどうみても初めてのお客さんで私、「顔をよく見せてください」と、言ったんですよ。忘れ物を持ち主以外に渡すわけにはいきませんからね。そしたらそのお客さん、慌てて出ていかれました。やっぱり怪しいです。間違いなく城嶋さんを拉致した犯人ですね。」



いつ、どこで城島さんが拉致された話になったんだ。彼女の頭の中で、事はどんどん膨らみ大きなものになっているようだった。

言葉数が多くなった彼女の元にも水が差し出され、話し疲れたのかそれを一気飲みする。



「よし。」



話に一区切りついたようだったので、俺は席を立つ。

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