山札

雪国匁

第1話

『わぁ、久々じゃん!』


『おはよう、久しぶりだね。今日何かあったりする?』


『今日は……あ、数学のテストだよ』


『えぇ……。流石に、点数低くても怒られないよね?』




私は、誰だろう?

目が覚めたら、ここにいた。ただ座って、目の前のスクリーンを眺めていた。

映画館にいるようなものだけれど、映画館なら一面暗いはずだ。

今の私の目の前は、スクリーンを除いて真っ白。とても、映画館とは思えない。


映ってるのは?

知らない人の笑顔が、スクリーンに閉じ込められている。

主人公らしき人の顔は見えない。というより、その人の目線な気がする。

いわゆる、一人称視点というやつなのだろうか。



「ああ、気付いたのか」

男の人の声が聞こえて、その人はそのまま私の隣に座った。

顔は見えない。というか、私が見ようとしてない。

“横を向く”なんて動作が、今の私には存在しないらしい。

「……君は、誰?」

私が発したのは高かったので、私は女なのだろう。そういう声だった。

「そっか、そうだよな。まぁ、知らないか」

彼は、1人で納得したようだった。

そして、座ったまま特に動こうともせず、ただ映画を観ていた。

私もすることがないので、とりあえず目の前を向いたままでいる。


「もしかして君は、私のことを知ってるの?」

「知らない。俺は君とは、人生で会うのは初めてだ」

違ったようだ。彼の声に何か覚えがあったのだけれど、どうやら外れだったようだ。

「そっか。じゃあ、私も君のことを知らなくて当然かぁ」

「……けど、俺はお前を知ってる」

「……話すの、勉強中なの?」

「“論理が破綻してるよ”、だろ。はぁ……全く、聞き覚えのある言い回しだ」




『え、何この問題。どうやって解くか、見当もつかないんだけど』


『ふっふっふ、いない間に結構進んだからね! また今度、教えてあげるよ』


『本当? じゃあ、頼っちゃおうかな』


『任せなさいよ! ……あとで、教科書確認しておこっかな』




「私は、誰なんだろうね」

「知るかよ。俺は、君を知らないんだから」

「でもさっき、知ってるって言わなかった?」

「……ああ、俺はお前を知ってる」

「……現代文って、難しいんだね」

「“意味分かんない”、だろ。これまた、らしい言葉選びだな」

【頬杖をついて、ため息をつく】。そんなカードが、回ってきた。

「仕方ねぇから、最終段落の内容だけ言うぞ」

「ありがたいね」


「俺が知ってるのは、君によく似た人間だ。外見も同じ、内面も同じ、言い回しまで同じの」

「……じゃあ、私なんじゃないの?」

「いや。それが絶対、違うはずなんだよ……。第一、そんなに自分のことを知りたいか?」

「今の私は、持ってる手札が少ないんだよ。早く手札を増やして、早く色んなこと知らないと」

別にここについて詳しくなる義理はないが、でも知っておくことに損はない。

何も知らない私にとっては、少なくとも有益なものになるだろう。

「そうかよ」

彼は軽くだけ返事をした。


「ああ、ほら」

彼は、スクリーンを指さしたらしい。

「映像が変わるぞ」




『調子、どう?』


『そこそこかな。休んでた分のブランクは、ちょっとしたら取り返せそう』


『良いじゃん! 完全復活の時も、そう遠くないってわけだ!』


『あはは、まぁ大会には合わせるために頑張るよ』




また、一人称視点だ。

また、笑顔が映し出された。



「あ、そうだ。聞いてなかったけどさ、君は誰?」

聞かないのも失礼かなと思って、聞いてみた。

「……そうか、覚えてないのか。名乗るほどのことじゃないけどな」

「それは私が決めることで、私は名乗るほどのことだと思ってるよ」

「……別に、知りたいか?」

「私は君のことを知らない、君は私のことを知ってる。じゃあ、情報交換はするべきだよ」

「ああ、そう。そこまで言うなら教えてやるよ」

【椅子に腰をかけ直した】。そんなことが書かれた札を、私は引いた。


後野あとの真鶴まつるだ。まぁ、知る由もないだろうけどな」

「うん。知る由もなかった」

「正直でよろしい」

そう言って、彼は口を閉じた。

「……動くの、嫌いなの?」

「“口数少ないね”、だろ。同じやりとりを何度もしてたら、飽きてくるぞ」

そんなことを言って、彼はまた黙った。


「ところでだけど。苗字で呼ぶか、名前で呼ぶか、敬称付きで呼ぶか、どれで呼んだら良いかな?」

「好きにしてくれ。俺は特に気にしないから」

「そう? 呼び方呼ばれ方って、結構大事だと思うけどなぁ」

「俺は自分の名前がそんなに好きじゃないから、どうでも良いよ」

「へぇ。なんで?」

「……なんか、虚しいじゃんか」

真鶴が発した悲しそうな声が、いやに私の耳元に張り付いた。



……あれ。なんで私は今、彼のことを“真鶴”と呼んだんだろう。

言いやすかったのかな。あとの、より。まつる、の方が。そんな、どうでも良い理由な気もする。

でも、初めて会ったのだし。最初は苗字から呼ぶのが定番な気がする。

もしかしたら私は、初対面の人にも馴れ馴れしい性格だったのかな。

そんな性格、持ってない気がするけど。人は、見かけや中身によらぬものだ。


疑問が、大きくなっていた。

私は、一体なんなのだろう。




『ナイスプレー! 久々に見たなぁ、そのスパイク!』


『いやいや、パスのおかげだよ。でもまぁ、久々に打てて気持ちよかったのはあるね』


『この調子じゃ、試合には十分間に合うんじゃない? 楽しみだなぁ』


『うん。もう少しで、休む前の動きに戻せそうかな。このまま、頑張るよ』




「……君は、何なんだろうな」

「知ってるんじゃなかったの? 少なくとも、私によく似た人のことは」

「ああ、知ってるよ。けど、君は知らない」

「それって、そんなに大事なことなの? 君の話を聞く限り、私は君の知ってる人のように思えるよ」

「いや、でも……」

今までの真鶴にしては珍しく、言葉に詰まったらしい。

【私の横顔を見つめる】。こんな効果の札が、場に出された。

「……ひょっとしたらさ」

「うん、聞くよ」


「俺は、君を俺の知ってる人だって認めたくないのかもな」

「……変な方向に、ボール打たないでよ」

「“話が急に分からなくなったね”、だろ」

そう言って、真鶴は顔を手で覆って空を仰いだ。らしかった。


「俺が君のことを知ってる人だと思ってしまったら、お前が誰かが分からなくなるんだよ」

「……というと?」

「君は、お前にそっくりなんだ。さっきも言ったけど、一目見ても百度見ても同じだ」

そこで、真鶴は少しだけ大きく息を吐いた。そんな音がした。

「だからこそ、分からない。俺が君のことをそう思って良いのか、それが分からないんだよ」

「へぇ……。なんとなく、分かったような分からないような、だね」

「……まぁ、そんな理解でいいよ」

真鶴は、私が自分の知り合いであって欲しくないらしい。


「でもさ、不思議な話だよね」

「……何が?」

「だってさ、私がもし君の知ってる人なんだったらさ」

私は、安易にその思いつきを口にした。

「私は君を知らないんだから、今の私は君の知り合いじゃないってことになるんだけれど」



「じゃあ、君の知り合いはどこに行っちゃったんだろうね」



「……また、変わるぞ」

スクリーンを、指さした。




『ただいま』


『おかえり、お姉ちゃん! 今日は何かあった?』


『別に、いつも通りだよ。それが1番良いんだからね』


『うん、そうだね! それでね、私はねぇ、今日は図工の時間が楽しかったんだ!』




「君は、どんな人なの?」

これも、唐突に聞いてみたくなった。

「……ますます、知る必要がないことになってきたな」

「世間話だよ。初対面との世間話」

「……高校3年生、男子。2組の、出席番号は1番」

「わぁ、早いね。流石は後野」

「特に良いことはないぞ。いつも最初に、俺の番が来るし」

【言葉通り、不満げな顔を浮かべる】。カードには、そう書いてあった。


「好きな物とか事とか、ないの?」

「そうだな……。食べ物なら、蕎麦が好きだな。冷えたやつが良い」

「蕎麦ねぇ。私も好きかもしれない」

「覚えてるのか?」

「いや? 私が動かしてるこの私は、なんか好きそうだなぁって」

「よく分からない感覚だってことは、分かったよ」

「……何も、生まなかったかぁ」

「“話が進まなかった”、だろ。別に訂正するほどのことでもなかったけどな」




『はい、これあげる! 今日の図工で、作ったやつ!』


『え、くれるの? えーっと、これは……』


『健康お守り! もう入院しなくて大丈夫でいられますように、だよ!』


『……ありがとうね。これでお姉ちゃん、もう一生元気だよ』




「じゃあさ、他に君は何が好きなの?」

「教科だったら、歴史とかだな。単純に、覚える方が計算するより楽だ」

「でも、覚えるものが多かったらうんざりしてこない?」

「昔、お前から同じことを聞いたよ。答えはNOだ」

「……私にとっては、掟破りな話だよ」

「“理解できない話だね”、だろ。同じことを聞いたことがあったら、訂正が簡単だな」

言い終わった後にちらっとだけ、顔を見られた気がする。どうしたのだろうか。


「……他には、言うんだったらカードゲームが好きだな」

「カードゲーム?」

「子供がするようなやつから、本気になれるやつまで。割と幅広く好きだ」

「へぇ、奇遇だね。私も好きな気がする」

「それ適当言ってるんじゃないだろうな……?」

まぁでも、本当のことだ。本当に、なんとなくそう思う。


「それ、私とかともやってたの?」

「他の人ともやってたけど、大体はお前だったな。むしろ俺が誘われてた側だ」

「あれ、本当に好きなんじゃん。なんかちょっと、嬉しいな」

「なんでだよ?」

【怪訝な顔を浮かべた】。そんな札が、表になった。

「だってさ、普通に。話してる相手が同じ趣味だったら、嬉しくない?」

「同じ趣味っていうか、俺はお前に引き込まれたんだがな……」

そこまで言って、真鶴はハッとした顔でまた私の顔を見た。

「……さっきから、どうしたの?」


「……はぁ。君が、また俺の知り合いに見えただけだ」

「頑なに、認めないんだね」

「ああ。少なくとも今は、絶対に認めてやらねぇ」



「ほら、まただ。映像が切り替わる」

そう言って、何度目かスクリーンを指さした。




『ちょっと、大丈夫? 雨で体冷やさないようにね』


『大丈夫だよ! それに、ちょっとくらい濡れても風邪は引かない!』


『まぁ、それはそうだけど……。ちゃんと、傘はさしてね』


『それはお互い様、だね!』




「……お前は、誰なんだろう」

「本当にね」

沈黙が流れた。

「……晴れてるのが、私は好きかな」

「“鬱屈うっくつなのは嫌だな”、って言えよ……」

【頭をくしゃくしゃに掻く】。



「……宿やどす面影おもかげ宿やどす

真鶴の、響かないくらいの声が、発された。


「ちょっとだけ、認めてやる。お前の名前は、面影宿だ。……多分、な」

なんとも言えない感覚に襲われた。


「……なんだか、聞き覚えがある気がする」

「勘違いであってほしいけどな。少なくとも、俺は」




『トラックのはねた水で全身濡れるって……。そんなこと本当にあるんだね』


『あっははは……。流石に、一回帰って着替えてきてもいい?』


『もちろんいいよ。別に今から行く映画も、時間的には余裕だし』


『もう今の私なら、何回でも一緒に観られるしねっ!』




「君は、私のどういう人だったの?」

「……少なくとも宿は、俺の昔からの知り合いだった」

“宿”。そう呼ぶ時点で、かなり親密なのかもしれない。

「家も近所で、学校も同じだった。異性の中じゃ、まず1番仲良いだろうな」

「普通、そんなに仲良くないものなの?」

「さぁ。子供からの付き合いなら、ある程度は仲良くなるだろ」

「ふーん……」


どうやら“面影宿”と“後野真鶴”は、仲が良かったらしい。


「……本当に?」

「……はぁ?」

疑問をそのまま返された。


「さっきも言ったろ。仲は良いって」

「それだけ?」

【軽く下ろそうとする頭を、驚いて止めた】。そんな感じな、気がした。

「それだけだよ。昔からの知り合い、それだけ」

「本当にそれだけなら、もっと綺麗だよ」

「……いつもみたいに、反対にしろよ。何言いたいか分かんねぇ」

私は普段から、反対にしていたらしい。



長い時間が経った。



「この映画も、いつまで続くんだろうね」

「……結構進んだし、もうすぐ終わる。次で、最後」

また、真鶴はスクリーンを指さした。


映像が、変わった。




『……あれ、良かった。……成功した?』


『うん。無事に手術は、終わったよ。お疲れ様』


『私は、何も疲れてないけど。……でもなんだか、久しぶりに元気な気がする』


『うん。…………お疲れ様』




「宿は、変な奴だった」


「いつも逆張ってるみたいな性分でさ。見たものを、反対にして口にする。

まぁ普段は、こんなに連発もしてなかったけど」


“面影宿”らしき私は、それを黙って聞いていた。


「宿は、何を考えてるかいつもよく分からなかった」


「言葉を、適当に発してるというか。端的すぎて、何がこもってるか分かんなかった」


「まぁ本人に思惑はあったんだろうけど。でもいやに、核心をついてくる」


私みたいな人のことを話してるらしいし、思い当たる節はあった。


「宿は、カードゲームが好きだった。好きすぎて、例え話にもよく使ってた」


「どんなのでも、好きだった。俺も付き合わされて、数え切れないくらいやったよ」


「数え切れないくらいお前に勝ったし、数え切れないくらいお前に負けた」



【静かに、淡々と口を動かす】。


「そんな身勝手な奴だったけど、悪い奴じゃなかった。むしろ、良い奴だった」


「人助けが、宿は好きだった」


「あんな性格なのに、人が笑ってるのが好きだったらしい。不思議と、違和感はなかった」


「……それが、私?」


真鶴は、口を止めた。




「そうだよ」

動かした。



「他でもないお前、面影宿は、大体こんな奴だった」


「自分で自分を他人事みたいに知ったお前なら、俺に共感してくれると思うんだよ」





「……死ぬべきじゃ、絶対なかったって」




『……誰が、私を助けてくれたの?』


『分からない。そういう情報は、伏せられるんだって』


『そっか。なんだか、申し訳ないな』


『……でも、きっとさ』






『「良い人だろうね」』






「自分自身と同じように、自分の一部にも自分が宿ってるって話がある。

記憶や性格、趣味、嗜好、習慣の一部が、提供された人に移ってしまうんだと」


「……不思議な話だね」


スクリーンを指さした。


「だから、あれはお前だ。お前が自分の意識で見てる映像だ。

お前と混ざった色んな人が、見てる“日常”」



「お前も見るはずだった、“日常”だよ」




「私が死んだのが、寂しいの?」

宿は言った。

「寂しいよ」

俺は、そのまま言った。



「お前は人助けができて、嬉しいか?」

「うん、嬉しい。とってもね」

宿はこっちを見て、言った。

「私も別に生きたかったけど、死んじゃうのは仕方ないしさ。

だってさ、私1人がこんなに人を助けたんでしょ? 私は、嬉しいよ」

宿は、言葉を重ねた。



「真鶴は?」

















「………………嬉しいわけ、ないだろ」







「長生きしてよ、真鶴。真鶴は、自分の一部なんて他人に渡せないくらいには、長生きしてね」


「あっちの事情はあんまり知らないけどさ。見れるんなら、ずっと見とくよ。真鶴のこと」



「じゃあね。元気でね」
















本望だっただろう。少なくとも、宿にとっては。人に秘密の善意が好きだったし。

救われた人が、救った人の名前も知らないこの結末は、宿にとっては最高の結末だ。



アイツは手札を全部使い切って、上がった。







俺の心は、一向に上がらなかった。

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山札 雪国匁 @by-jojo8128

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