Episode14:「その捜索届って誰によって出されてるわけ?」
「まず1つ目、あのハンカチがアナタのものではない可能性」
「ハンカチ……」
そうだ。自分はトーコと名乗っているけれど、自分の名前を思い出したわけではない。
唯一の持ち物であるハンカチに名前の記載があったから、自分の名前をとりあえず「トーコ・ホウライ」と認識したに過ぎないのだ。
「私が、トーコ・ホウライさんという誰か別の人のハンカチを持っていた……?」
あのハンカチは、あの日着ていた真っ黒な服と一緒に洗濯し、クローゼットにしまい込んだままだ。ハンカチにまつわる記憶を脳内で検索してみるが、なにも思い出せない。
「だとした場合。アナタのことをずっとトーコと呼んでいたけれど」
リゼットは、シュンとした表情で続けた。
「アナタの名前は、トーコじゃないかもしれない」
分かってはいるつもりだったけれど、やはり記憶喪失というのはあまりにも頼りないものだ。自分の名前すら確定しないのだ。
「うーん……」
(私は、トーコ・ホウライという名前だった?)
自分の心に問いかけてみるが、答えはまったく分からなかった。
トーコという名前だったように思う。
一方で、トーコという名前ではなかったようにも思えてくる。
記憶の頼りなさに苛立ちを感じる。それでも、自分の心に問いかけているうちに、なんとなく自分はトーコという名前だったような気がしてきた。
「私、トーコという名前には、しっくりきてる感じがするんですが……まったく自信はないけれど」
「そうね……まあ、トーコという名前でしばらく生活してるせいかもしれないわね」
リゼットにそう言われると、また分からなくなってくる。
「確かに。うーん……?」
ここで働く中で、リゼットは幾度となくトーコの名前を呼んでくれる。そうやって何度も呼ばれるうちに、トーコという名前に対する違和感がなくなっていったのかもしれない。
―――たとえ、自分がまったく違った名前をもつ者だったとしても。
「その場合、私が持っていたハンカチの持ち主は」
「そうね……」
古びたベージュ地のハンカチのことを思い出す。
「持ち主である、トーコ・ホウライさんという方は亡くなっているかもしれない」
「じゃあ私はどうして、トーコ・ホウライさんのハンカチを持っていたの……?」
少し思案して、リゼットは答えた。
「借り物かしら。それとももしかすると、―――形見」
(……形見か)
そうなのだろうか?
「そうだとすると、ハンカチの持ち主のトーコは、私と近しい人?」
「アナタのご家族や、ご友人とかかしら……」
リゼットはそこでハッとして、警察官の方にグイッと詰め寄った。
「ちょっと待って。その捜索届って誰によって出されてるわけ?」
その言葉を聞いてハッとした。確かに、捜索届が出ているということはそれを出した人がいるということだ。
当然ながら、失踪した本人が捜索届を出すわけはない。一般的に、捜索届を出すのは行方不明者に近しい人だ。
「そうか!そこをたどったら、関係者に行き着く!」
急にパッと道が開けたように思えて、トーコの声がうわずった。
(あのハンカチをきっかけに、なにか情報が得られるかもしれない!)
「……それがですな」
しかし、活路を見つけて明るい表情を見せたトーコに対し、警察官の表情は暗かった。
「失踪の届けは、警察によって作成されとるわけですな……」
「どういうことよ!」
リゼットが怒り口調で問い正す。
トーコは二の句を継げない。
そこに警察が介入している理由はなんだろう。事件や事故のような、ただならぬことがあったんだろうか。ぞわぞわとした恐怖感が続いている。
「ヤミタキ集落のヒイラギ園、というのが失踪場所ですな」
警察官はカバンから1枚の紙を取り出した。どうやら捜索届のコピーらしい。2人は慌ててそれを覗き込む。
「こちらのヒイラギ園というのは、どうも孤児院だったらしいんですな。しかし、3年前にモンスターの襲撃によって、火事になったという記録があるわけですな」
「3年前……?」
「孤児院……」
わけの分からない情報が次々と飛び出す。
「火事って何……」
脳裏に炎のイメージが広がり、トーコは身震いした。私はまさか、火事に巻き込まれて死んでしまったことになっているのだろうか?
「うーん、火事も気になるけど……じゃあトーコ・ホウライさんは孤児ってことかしら?……あ、そもそも」
リゼットは警察官の手から紙を奪うと、その内容を仔細にチェックした。
「トーコ・ホウライさんって子供なの?それとも大人?何歳で失踪してるのよ」
そう言いながら書類を指でなぞっていく。その指が、紙のある一点でぴたりと止まる。
トーコはその指の示す文字を読み上げた。
「15歳」
ここまでに分かったのは、3年前にヒイラギ園という孤児院で火事があったこと、15歳のトーコ・ホウライという人物の死亡届が出されているということだ。
「例えば」
思いついてしまったほかの仮説を、ゆっくりと言葉にしていく。
「3年前に捜索届が出されているというトーコ・ホウライが、もし」
言葉にしてしまっても大丈夫なのだろうか、と思う。しかし、思考は止まらない。
「生きていたとしたら今は18歳で、だいたい私くらいの……」
年齢的には、計算が合うように思う。
そう、合ってしまうのだ。
「そうね。さっき言ってたのとは別の可能性よ。つまり、あのハンカチは確かにアナタのものという可能性」
その仮説について考えてみる。
自分はトーコ・ホウライ。
孤児院にいたのかもしれない。
そして、15歳で行方が知れなくなった。死んでいる可能性もある……?でも、
「でも生きてます」
「それは分かってるわよ」
リゼットがまた肩をぽん、と撫でてくれて少しホッとした。
しかし、どうやら状況はあまり芳しくないらしい。
「……仕方ないわね。ほかに情報は?」
リゼットが少しイライラしながら尋ねた。
「ええ、捜査できたのは、以上なんですな」
ネコワタリが急に話を切り上げたから驚いた。
「そんなわけないでしょ」
リゼットが反論する。
「戸籍情報が分かれば家族も所属も学籍も、何でも判明するわよ。まだ調べてないってわけ?」
そんな風に詰め寄るが、警察官は動じない。
「それがですな、その先の情報が得られないんですわな」
警察官はそう言いながらカバンをまさぐり、また1枚の紙を取り出す。たたんである紙を広げながら言った。
「こっちが戸籍ですな。出生の住所は北の森町9番となってますな」
どうやら紙は戸籍情報をコピーしたものらしい。2人は慌ててその紙を凝視する。
「出生届が北の森町?で、失踪がヤミタキだっけ?……あっちのエリアは田舎っていうか、夢幻の森に隣接してるからそもそも人口がかなり少ないわよね」
リゼットが言うと警察官は頷いた。
「まあ、北は住むには物騒ですわな」
「物騒?」
トーコが聞き返す。
「モンスターが出やすいのよ。っていうか、昨日行ったでしょ」
「ああ」
言われて把握した。あの暗い森の方角か。
「いつ襲撃を受けるか分からんようなところに住む人間は奇特ですからな。実際のところ、北の森町あたりには現在、住宅はないわけでしてな。あのあたりは何度もモンスターに襲撃されてますから、今は焼け野原なんですな。聞き込みをするにも人は住んどりませんし」
「そうか……」
せっかくの貴重な情報だったのに、とガッカリする。昔はその場所に住宅があって、自分が住んでいたのかもしれないけれど……。
そして―――
「学校に在籍した形跡がない?」
「そういうわけなんですな。国内の学校に、トーコ・ホウライという名前の子供が入学した記録はないわけでして」
「変じゃない。だって……」
リゼットが憮然とした態度のまま、トーコに向き直って説明する。
「あのね、トーコ。この国では子供のほとんどは学校に入るのよ。魔力をもつ子供は魔術科のある学校へ入るし、そうでない子供も普通科で学ぶわ」
この国の教育水準は決して低くないのだ。
「はるか昔、それこそ人が魔術を使えるようになった頃だと、学校に通えない子供もたくさんいたって聞くけど」
トーコは昨日教わったことを思い出す。確か、人が魔術を使い始めたのは80年ほど前と言っていたような……。
「学校か……」
トーコは記憶を一生懸命掘り起こしてみる。しかし、自分と学校を結びつける記憶はひとつも見当たらなかった。
警察官が最後に示したのは、森の奥地にある孤児院「ヒイラギ園」の火事に関する警察の捜査書類だった。
「出火原因はなんらかのモンスターの炎術とみられていますな。過疎地域なので、孤児院の子供の数は5人ほどだったようなのですが、孤児院の管理者だった牧師ともども、行方が分からんようで。炎の回りが激しかったようで、鎮火してからも周辺にはモンスターが多く出現していて、遺体が何体あるかすら、捜査するのが難しかったようで…………」
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