非現実主義

わーだ

非現実主義

七月の中旬だというのに太陽が強く照り付けてきて、気温が高い。

汗でワイシャツが肌に引っ付き不快な気分になる。

そんな私たちなどつゆ知らず二羽の鳥が空高く気持ちよさそうに羽ばたいている。

それを見たからだろうか。

「大きな鳥になって大空を優雅に飛び回りたいなぁ」

学校帰りに二人きりの河川敷に寝転がり、空を見上げながら美咲がつぶやいた。

「無理に決まってるでしょ。」

私は現実味のなさすぎる美咲の発言に冷たい言葉を返した。

「もしかしたらなれるかもしれへんわ?」

川瀬美咲(かわせみさき)はいつもおっとりとした表情をしていて

特徴的な方言で現実味の無いふわふわしたことばかり言っている変わった娘だ。

それが原因で彼女はクラスに居場所がない、いわゆる「はぐれ者」だ。

かくいう私、池須蒼花(いけすあおか)も現実主義すぎるがゆえに

クラスでは少し浮いている。

類は友を呼ぶとはまさにこういったことなのかもしれない。

美咲とは「変わり者」同士、気づいたら一緒にいるようになっていた。

本来ならば楽観主義は相容れない性格であるはずなのだが、

彼女は度を過ぎた楽観主義、もはや非現実主義とでも言えるかのようなレベルなので逆に嫌悪感を抱くことなく一緒にいることができている。

なぜだろう、絶対にあり得るはずがないことを言っているのに、

どうして一切曇りのない芯の通った強い瞳をしているんだろうか。

私には絶対分かり得ない感情だ。

「なんも考えんと空を自由に飛べるなんて素敵なことちゃう?」

そんなの当たり前だ。

「それはもちろん幸せだろうけど、流石に鳥にはなれないでしょ。」

「そうかもしれんけど、ありえん夢の一つくらい無くちゃ人生苦しくならへん?」

あまりに的確過ぎる発言に言葉が詰まってしまった。

「、、、そうかもね。」

しばらく無言の時間が続いた。少し気まずく感じたが、美咲は一切気にしていない様子だ。

「勉強もせなあかんし、いのっか」

美咲の一言で私たちは立ち上がり、スカートについた草を手で払った。


次の日の放課後、教室に明かりがついている。

誰かいるのだろうか。

「川瀬ってなんか気持ち悪いよね」

「それなぁ」

クラスメイトの女子たちが美咲の陰口を言って騒いでいる。私はドア横の壁に張り付いて聞いていた。

「おおきにぃ~」

「似てるわ」

彼女の特徴的な方言のせいで悪口を言われているようだ。

これが陰口だけならまだしも、本人がいる前で敢えて大きな声で話したりしているのである。

私はそれをやめさせたいと思っている。

思っているのだが、どうしても実際に行動に移すことができない。

ただ単純に怖いのである。

私も「はぐれ者」になってしまうことが。

そしてそんな自分が情けなくて、悔しくて悔しくてたまらないのだ。


美咲と二人で帰っていた時だった。

さっきの出来事のせいで頭の中がもやもやして仕方がない。

信号が変わるのを待っていると、美咲が口を開いた。

「うちってみんなから変に思われとんなぁ?」

「っ、、、。」

突然のタイムリー過ぎる発言に一瞬言葉が出なくなる。

「なんで?何でそう思うの?」

やはり教室でのクラスメイトの会話からだろうか。

「何となくみんな見てて思うただけやで」

鋭いんだろうか。

いや、あれだけ分かりやすく会話していて気が付かない方がおかしいか。

そこで私は少し躊躇した後思っていることを率直に伝えた。

「確かに少し変かもしれない。でもっ、考えに芯があるところとか、

なんにでも強い意志を持っているところとか、

少なくとも私はかっこいいと思ってる!」

思ったよりも大きな声が出てしまい、自分で驚いてしまう。

美咲も一瞬驚きの表情を見せたがすぐに

「あんたってほんとおもろいやんな」

と言ってクスッと笑って見せた。信号が青になり美咲は歩き出す。

その微笑んだ横顔はどこか寂しそうに見えてならなかったが、

やはりその瞳だけは本当に美しかった。

その日の夜、日中のことが脳裏を駆け巡り、

どうも寝付くことができなかった。あの言葉はきっと私の本心だ。

実際にはじめは美咲のことを変だと思っていた。

でも今は、彼女のことを心底かっこいいと思う。

実現不可能なことも確かな芯を持って信じ続けている。

それはあのおっとりとした表情に相反した美しい瞳が全て物語っている。

あれほどの非現実主義の姿を見ていると鳥になることも不可能ではない

のではないかと思えてくる。

「自分を信じるから自信か、、、」

あの様な自分に正直な人間になりたいと思ってしまった。


数日後、教室での出来事だ。

またもクラスメイトが聞こえるように美咲の悪口を言って笑いあっている。

教室には本人もいるというのに。

私は大きく深呼吸をし、少しいつもより低い声で

「、、、やめなよ」

とクラスメイトに言い放った。

クラスメイトは馬鹿にしたような表情で

「は?何?」

と返してくる。少し怖気ずいたが、平静を装い

「不快だから人の悪口言うのやめろって言ってんだよ!」

と今までのどんな時よりも強い口調で怒鳴ると、

「マジでなんだこいつ。行こ。」

と言い、どこかへ行ってしまった。

教室中がざわつき、いたたまれない空気になってしまったので、

足早に教室を去った。

放課後、ぼーっとしながらいちごオレをストローで飲んでいると、

美咲がにやにやしながらこちらを見ている。

「何よ。」

とちょっとぶっきらぼうに尋ねると、

「いや、今日のあんたかっこよかったで」

と言われたので、少し恥ずかしげに

「そんなことないよ」

と返す。

「ほんでもウチは嬉しかったで」

それに対し私は真剣な表情で

「それなら良かったけど、ただ弱い私が嫌でそれを変えたかっただけだよ。」

といった。

「そっか、ありがとね」

と美咲は本当に嬉しそうに感謝を述べた。


その後、クラスメイト達による美咲へのいじめは段々とエスカレートしていった。

物を隠されたり、悪口を直接言われたりと、

その酷さは誰の目から見ても分かるようなものになって言った。

帰り道、美咲はいじめに対して何も感じていないようだけど、

己があそこで言ったことがここまで状況を悪化させていると思うと、

罪悪感にさいなまれてしまう。

「美咲、あの時私がちょっと強く注意したせいでここまで

酷くなっちゃったと思うんだ。ごめん。」

すると美咲はいつもの笑顔で

「なんであんたが謝るん?あんたは絶対にまちごてへんし、

ウチは嬉しかった。それだけやろ」

「うちは蒼花のおかげで救われてんねん」

突然名前で呼ばれて驚くと同時に涙が出そうになる。それを堪えて

「そっか、そうだよね。ありがとう。」

と感謝を伝えた。

私は美咲に謝ることで自責の念を晴らそうとしていただけなのかもしれない。

それでも美咲はそんな私にも優しい言葉をかけてくれる。

そしてそれはお世辞とか思いやりとかを一切抜きで本心を伝えてくれている

のだと思う。彼女は瞳だけでなく、心まで曇りひとつなく本当に美しいのだ。


7月21日。

放課後一緒に帰る約束をしていた美咲が教室に居ない。

LINEをしても返事が返ってこない。

「、、、先生とでも話してるのかな。」

仕方が無いので教室で待つことにした。数分後、外から悲鳴が聞こえる。

何があったのかと外を見てみると屋上にいくつかの人影があるではないか。

うちの学校では生徒は屋上に入っては行けないはずだが、誰だろう。

目を凝らしてみるとそこには美咲とクラスメイトの姿があった。

「美咲、なにして」

次の瞬間、クラスメイトの一人が美咲を突き飛ばしたのだ。

「っ!!!」

私は思わずぎゅっと目をつぶった。

目を開けると、何だろう、小さい何かがこちらに向けて飛んでくる。

その正体はとても小さく、とても美しいカワセミだった。

カワセミと目が合って絶句した。

それは何度も見てきた、何よりも美しいと思っていた、

あの曇り一つない瞳だった。美咲はカワセミになってしまったのだろうか。

絶対にありえない、ありえないはずなのに、そうとしか思えない。

彼女は鳥になってしまったのだ。


その日の夜、夕食は思うようにのどを通らず、自分の部屋にこもった。

意味が分からない。なぜ美咲が鳥になってしまったというのだろう。

非現実的すぎて状況がよく呑み込めないが、いつもの彼女を見ていればわかる。

あれはきっと美咲の決意、不安、勇気、希望そして正直さがもたらした結果だ。

「にしたって、空を優雅に飛び回るって感じじゃないじゃんかよ、」

「なんで、なんでだよぉ、、、うぅ」

涙があふれて止まらない。カワセミの鳥言葉は「夢のような美しさ」だそうだ。

やはり彼女は本当に美しいということだろう。

この出来事がすべて夢の中の話だったら、どれほどよかっただろう。


次の日、私は学校を休んだ。何も手が付かなかったからだ。

その翌日、私は学校へと向かった。

美咲が行けと言っている気がしてならなかったからだ。教室からは

「あいつ来たよ」「マジで?」「よく来れるな」

など私に向けての言葉が飛び交っていたが、そんなことどうでもよかった。

やはり、美咲のいない学校に私の居場所はないのだ。

一日中、授業も、休み時間もまるで魂が抜けたかのように過ごしていた。

放課後、立入禁止と書かれている看板を迷わず無視して屋上に行く。

これが美咲の見た景色かと思う。そこからは二人の思い出がたくさんある場所がよく見えた。

「ここからあの河川敷見えたんだ」

今思えば、美咲といた時間だけが私が生きていた時間だった。

「ねぇ美咲、、、私も鳥になれるかな」

そこから一歩踏み出すのには何の躊躇いもなかった。

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非現実主義 わーだ @waada428

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